経営管理(MGM701)8クレジット

金融商品を巡るトラブルの実態と過去の判例

Rushmore University

Global Distance Learning DBA

大國

金融商品の販売等に関する法律(以下、金融商品販売法と略す)および消費者契約法が平成13年4月1日より施行される。

両法はいずれも消費者保護を目的とした法律で、金融商品販売法はほとんど全ての金融商品の販売について、消費者契約法は全ての消費者契約について規制する法律である。従来の消費者保護は主に業法に頼る部分が大きく、消費者保護は十分とは言い難かった。経済の自由化に伴って個人消費者の経済に占める役割が重要視されるに従い、横断的な消費者保護政策が望まれ、その一環として両法が制定された。

本論文においては、まず両法制定前の消費者トラブルの推移及び現状について国民生活センターの資料を使って概観する。

そして、実際に訴訟となった事例について、ワラント、変額保険、外貨建て借入れに関する訴訟を取り上げ、どのような事実認定を経て判決に到ったかをたどる。両法施行後も、訴訟における事実認定の傾向は踏襲されるものと予想されている。

さらに、それら認定、判決理由を、金融商品販売法、消費者契約法との関係において位置づける。事例によっては、判決における認定が両法における条文より踏み込んだかたちで判決に到っていると思われる。

最終的に、金融機関における今後のコンプライアンスのあり方についての結論を得ることを目的とする。


目次

1.はじめに

2.金融商品を巡る消費者トラブルの実態

2.1苦情の内訳

2.2個別の苦情例

2.2.1証券会社の事例
2.2.2紛争の解決
2.2.3顧客特性の把握

2.3潜在的な苦情

3.過去の訴訟事件

3.1ワラント事件

3.1.1ワラントとは
3.1.2ワラント事件判例

判例1 勝訴例
判例2 勝訴例
判例3 敗訴例
判例4 敗訴例

3.2インパクトローン

3.2.1インパクトローンとは
3.2.2インパクトローン判例

判例5 勝訴例
判例6 敗訴例
判例7 敗訴例

3.3変額保険

3.3.1変額保険とは
3.3.2変額保険を利用した相続税対策
3.3.3変額保険判例

判例8 勝訴例
判例9 勝訴例
判例10 敗訴例
判例11 敗訴例

4.金融商品販売法と消費者契約法

4.1金融商品の販売等に関する法律

4.2消費者契約法

4.3金融商品販売法と消費者契約法の内容

4.3.1損害賠償と取り消し
4.3.2時効
4.3.3説明義務
4.3.4適合性原理
4.3.5説明の省略
4.3.6契約・説明書面

5.結論
1.はじめに

日本においても金融ビッグバンを契機として、金融商品販売業者等の取り扱う商品も投資信託、各種デリバティブ組み込み商品、ワラント等と多岐に渡るようになり、金融商品の販売、勧誘を巡るトラブルも多発するようになった。金融商品の販売に際して金融商品販売業者等が充分な説明をしなかったり、顧客が充分にリスクを理解できなかったりしたことにより、元本割れなどの顧客にとって予想外の損失が発生したとして紛争になっている。顧客に対する説明義務は多くの場合法律上に明記されていなかった。

金融商品販売業者等に対する規制法は多くの場合いわゆる業法に頼る場合が多かったが、業法が存在しない金融商品を購入した顧客・消費者の保護に対しては当然無意味であるし、また顧客の救済規定がない場合も多かった。裁判による救済を求めた場合、金融商品販売業者等の説明義務の有無や、損害の因果関係の立証責任が原告側にあるなど、極めて不利な条件が課されていた。多くの場合、裁判は長期化し、結果的に泣き寝入りを強いられた顧客も多かったと思われる。

2.金融商品を巡る消費者トラブルの実態

多様化・複雑化する消費者問題に対処するため、1984年に国民生活センターと都道府県・政令指定都市の消費生活センターをオンラインで結んだ「全国消費生活情報ネットワーク・システム(PIO-NET)」が誕生した。

現在全国に端末設置自治体を59個所持ち、6種類(消費生活相談情報、危害情報、消費者判断情報、商品テスト情報、商品テスト情報、生活問題専門家情報)のデータベースを持つシステムである。

1は地方自治体の消費生活センター等相談窓口および国民生活センターの相談部が受け付けた消費生活相談の件数を集計したものである。なお、統計は商品別(商品の販売に係るもの)と役務別(商品ではなく、サービスの提供に係るもの)に別れているが、金融商品は金融・保険サービスとして一括して役務別の統計に含まれている。

金融・保険サービスに対する相談件数は一貫して増加している(1985年10,033件、1999年77,528件)。また、その全体の相談数に占める割合も1985年(377,135件)の2.7%から1999年(686,369件)には11.3%を占めるまでになっている。内容的には、契約・解約に係る相談が最も多く(1999年58,605件)、金融・保険サービスに係る相談の4分の3を占めている(国民生活センター(2000)『消費生活年報 2000』国民生活センター)。

1 役務別の分類件数の推移

 

1985

1990

1995

1996

1997

1998

1999

クリーニング

12,583

15,841

15,124

14,974

14,102

13,574

13,005

レンタル・リース・賃借

3,563

9,466

19,236

23,420

23,653

25,582

28,325

工事・建設・加工

3,172

7,937

16,353

18,666

18,800

19,176

19,871

修理・補修

3,993

4,324

7,502

7,482

7,886

9,099

8,804

管理・保管

239

296

460

515

585

652

690

役務一般

218

73

3,386

2,906

2,712

3,025

2,940

金融・保険サービス

10,033

16,982

37,823

47,230

63,356

68,534

77,528

運輸・通信サービス

4,139

6,383

9,886

16,808

24,574

26,086

32,746

教育サービス

1,049

2,247

3,888

4,438

5,300

6,093

6,775

教養・娯楽サービス

14,857

22,982

51,504

40,854

39,480

47,239

54,778

保険・福祉サービス

6,058

11,323

15,820

18,014

20,385

22,579

24,928

他の役務

9,308

8,186

13,587

13,270

15,791

15,550

17,456

内職・副業・相場

32,763

5,026

11,662

15,335

18,798

19,721

21,262

他の行政サービス

720

657

1.268

1.315

1.282

1.543

1.576

役務合計

102,725

111,723

207,499

225,227

256,704

278,453

310,684

総合計数(商品を含む)

377,135

342,601

510,566

577,863

611,154

626,640

684,369

(出典 国民生活センター(2000)『消費生活年報 2000』p150より抜粋)

2 内容別分類件数(1999年度)

総合計数(商品を含む)

総合計数(商品を含む)

役務合計

他の行政サービス

内職・副業・相場

他の役務

保険・福祉サービス

教養・娯楽サービス

教育サービス

運輸・通信サービス

金融・保険サービス

役務一般

管理・保管

修理・補修

工事・建設・加工

レンタル・リース・賃借

クリーニング

 

636,050

310,684

1,573

21,262

17,456

24,928

54,778

6,775

32,746

77,528

2,940

690

8,804

19,871

28,325

13,005

相談件数

16,382

3,437

27

23

245

1,647

147

13

98

65

0

13

165

465

327

232

安全・衛生

93,753

39,149

111

1,947

2,101

4,446

3,764

740

2,555

2,217

105

128

2,907

5,875

2,405

9,848

品質・機能

24,524

15,516

230

395

547

904

1,247

268

1,444

5,744

70

54

216

600

2,716

1,081

法規・基準

79,911

41,774

59

1,461

2,199

4,237

4,983

873

6,377

5,500

311

149

3,074

3,962

8,022

567

価格・料金

876

191

2

3

20

23

22

4

25

17

1

2

12

30

23

7

計量・量目

17,329

7,388

7

1,834

634

617

1,503

249

600

1,236

17

22

164

223

134

152

表示・広告

219,868

85,044

27

11,169

4,890

7,494

32,320

1,711

7,485

8,109

1,878

78

1,679

5,421

2,302

491

販売方法

381,420

202,355

200

12,038

10,469

15,741

32,629

4,741

24,018

58,605

2,157

338

3,911

11,696

21,477

4,335

契約・解約

54,985

31,185

180

985

2,317

2,300

3,321

599

4,070

5,878

193

127

1,676

3,009

2,540

3,990

接客対応

510

62

2

3

9

7

9

0

17

4

1

0

1

2

4

3

包装・容器

729

389

23

11

34

37

51

4

33

16

0

19

19

48

91

3

施設・設備

15,189

7,945

24

1,233

833

730

1,710

361

482

1,493

31

19

221

537

215

66

買物相談

12,550

6,014

263

244

647

562

366

83

327

2,568

22

11

82

251

475

113

生活知識

12,884

8,108

543

448

518

868

604

144

344

3,756

31

30

88

251

361

122

その他

(出典 国民生活センター(2000)『消費生活年報 2000』p152より抜粋)

2.1苦情の内訳

国民生活センターは金融商品に係る苦情につき、より詳細な分析を行い、公表した。表3は業種別の苦情を内容別に分類したものである。

証券会社、銀行、生命保険会社を通じて苦情が最も集中しているのは、説明に関する苦情である。証券会社では合計47.3%、銀行で40.0%、生命保険会社で40.4%を占め、その他の苦情を圧倒している。内容的には、証券会社では不実告知とリスク説明無し、銀行では商品説明無し、生命保険会社ではリスク説明無しの項目が多い。細かい違いについては、証券界社と銀行がほぼ同じ商品群をカバーしているのに対して、生命保険会社では変額保険のみに対する苦情を分析していることも影響していると思われる。

証券会社と銀行においては契約・解約に関する苦情が第2位を占めているのに倒して、生命保険会社では適合性に関する苦情が第2位を占めている。これは、変額保険の勧誘において、相続対策を絡めて借入れを起こして変額保険に加入させた事例が多数見られたこと(いわゆる変額保険事件)が影響していると思われる。

また、勧誘に関する苦情が証券会社において少数ながら見られるのは注目に値する。特に、他業種では数値として全く統計上表れていないのであるから、証券会社の勧誘姿勢を評価する上で興味深い指標といえるだろう。

4、5において、PIO-NETに申し立てられた苦情を申し立て者の年齢別、職業別の構成を示した。証券会社において、年齢構成において60才以上の高齢者が46.3%と約半数を占めること、職業構成においても、家事従事者と無職で67.2%を占めることが特徴である。年齢構成については、表からも年齢構成が高いことが伺える。また、表3においても、高齢者取引が銀行や生命保険会社と比べて高いこと、またPIO-NET全相談と比べても年齢構成が高齢に偏っていることが、傾向として伺える。また、職業構成においても、証券会社においては一般的に個人の自由になる多くの収入を見込めない家事従事者、無職といったものの比率が際立って高い(67.2%。銀行36%、保険会社40.4%)ことが特徴である。もちろん、ここに含まれる無職の消費者は、一般的な無職の人間ではなく、資産家、あるいはその家族といった消費者像であると思われる。

3 業種別の苦情                                        (%) 複数回答

販売形態

件数

説明に関する苦情

適合性に関する苦情

断定的判断

不実告知

商品説明無し

リスク説明無し

目的外投資

理解不可

資金面に問題

証券会社

654

11.0

15.4

6.1

14.8

3.7

6.4

0.2

銀行

25

4.0

8.0

28.0

4.0

0

12.0

0

生命保険会社

52

7.7

5.8

3.8

23.1

1.9

1.9

28.8

販売形態

件数

勧誘に関する苦情

契約・解約に関する苦情

苦情処理

高齢者の取引*

威迫的な行為

再勧誘

長時間勧誘

無断契約

解約拒否

苦情処理

証券会社

654

0.2

2.9

0.3

12.2

14.7

11.8

9.0

銀行

25

0

0

0

0

16.0

12.0

4.0

生命保険会社

52

0

0

0

1.9

0

7.7

3.8

70歳以上の消費者に信用取引、株式投資信託、金融先物取引、ワラント、オプション取引等リスク・リターンレベル(RR)3以上の商品(RR3:値上がり益・利回り追求型、RR4:値上がり益追求型、RR5:積極値上がり追求型((社)証券広報センター「投資信託ガイド」より)及び外国証券、外国投資信託等の為替リスクの伴う商品や変額保険を勧誘(訪問販売、電話勧誘販売、店舗で勧誘)していた場合の苦情件数。

なお、この調査で対象商品となっているのは、以下のとおり

業種

対象商品

証券会社

「外国投資信託」「外国債券・社債」「投資信託」「社債」「ワラント」「金融債」

銀行

「外国投資信託」「外国債券・社債」「投資信託」「社債」「ワラント」「金融債」「外貨預金」

生命保険会社

「変額保険」

4 契約者年齢別の苦情件数                                            (%)

 

件数

20才

20代

30代

40代

50代

60代

70代

80歳以上

不明

平均(才)

証券会社

654

0

2.3

8.9

11.0

26.8

24.6

18.0

3.7

4.7

57.4

銀行

25

0

16

12

12

16

32

8

0

0

 

保険会社

52

0

1.9

13.5

13.5

19.2

17.3

15.4

11.5

7.7

 

PIO-NET 全相談

407972

2.8

26.8

20.8

14.8

11.3

8.1

4.8

1.5

9.1

39.9

5 契約者職業別苦情件数                                       (%)

 

件数

給与生活者

自営・自由

家事従事者

無職

その他

不明

証券会社

654

20.2

6.6

38.8

28.4

0.5

5.5

銀行

25

20

8

32

4

28

8

保険会社

52

28.8

17.3

17.3

23.1

3.8

9.6

(出典 国民生活センター『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査結果』より作成)

2.2個別の苦情例

国民生活センターにおいて、上記調査の一環として購入金額が300万円以上で相談者が事業者との話し合いを望んだ10事例について追跡調査を行っている(業種は証券会社8社、銀行1社、金融オプション取引業者1社)。そのうち、証券会社3件につき詳述する。

2.2.1証券会社の事例

事例5

相談者は64歳の男性。以前から付き合いのあった証券会社から充分な説明を受けずに、外国投資信託、地方債などの取引をして損を出した。その後、支店を変えて取引を継続。「元本を保証します。きっと回復してあげます」と勧められるままに投資信託や外国債券を購入、さらに損失を出した。

遠方に在住しているので、取引はほとんど電話で取引を行った。為替リスクについて電話で説明を受けたが、銘柄を相談されたり、個々の商品の仕組み等を詳しく説明されたことはないという。また、目論見書は勧誘の後送られてきたし、月次報告書も送られてくるが、きちんと読んだことはなく、自分がいつどんな商品を購入したか、損益はどうなっているかは把握していなかった。

これに対して、証券会社は、電話で為替リスク、価格リスク等説明している。また、目論見書の交付は商品説明を行った後自宅に送付している。その際、「目論見書を読んで、電話での説明と相違点があれば、指摘してください」といっているが、今まで指摘されたことはないという。(国民生活センター)『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査結果』pp49-50)

事例6

相談者は75歳の無職の女性。数年前から病弱でほとんど毎日通院。耳が遠くて自由な会話は困難な状況。

数年前から銀行や郵便局に預けるより有利といわれて外国債(消費者の記憶では外国の国債、実際にはドル建て公社債投信)を強引に勧められ購入。

その後、元本割れ、配当も目減りしてきたので解約しようとしたが、大丈夫だと説得され、逆にその他の商品を勧められた。運用報告書も一度しか受け取っていないし、パンフレットも1回もらっただけだとした。

これに対して証券会社は、受益証券説明書を渡して説明している。為替リスクについても、この顧客について、証券会社側は“危うい人”と認識していたので、支店長が説明にいった。過去、超一流値がさ株の取引もある。担当外務員が月に一度は利金を届けにいって、運用報告もしている。解約の申し出ではなく、相談があったので、売らないという結論になった、などとして、証券会社側の責任を否定した。(国民生活センター『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査結果』pp50-53)

事例7

相談者は65歳の女性。4年ほど前から糖尿病で目の障害(視力0.0と0.1)がある。元本は安全だという言葉を信じ、外国投資信託に5000万円つぎ込んで、1000万円以上の損をした。パンフレットのリスク告知については、法律で義務づけられているから記載されているだけ、絶対に損させない、といいきったという。詳しい説明書はもらっていない。目が弱いため書面はよく読んでいないとした。

証券会社は、目の不自由さが取引の障害になっているとは考えていない。受益証券説明書は必ず交付している。リスクの説明もしているし、訪問日時の記録もある、として、証券会社の責任を否定した。(国民生活センター『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査結果』pp53-56)

2.2.2紛争の解決

上記を含む8件について国民生活センターが名前を出して証券会社と交渉したが、具体的解決を見た案件はない。ただし、8件中2件については、相談者が損害補填を望んでいない、苦情を聞いてもらってすっきりしたとして、これ以上の交渉はしていない。

証券取引に関する紛争の解決手段としては、訴訟を起こす、民事調停に持ち込む、日本証券業協会のあっせん制度を利用する方法が一般的には考えられる。証券業協会のあっせん制度とは、一般の顧客と証券会社の間で証券取引についての紛争が生じた場合、弁護士ら専門家からなるあっせん委員を委託し、顧客と証券会社双方から事情聴取を行い、当事者間の話し合いで解決を図ろうとする制度である。

国民生活センターの事例については、その後、訴訟あるいは民事調停といった公的機関に紛争が持ち込まれることになったかどうかには記述がないが、紛争が終結していない6件中、5件について、あっせん制度の利用について証券会社に対して、ただしている。以下がその際の証券会社側の回答である。(国民生活センター『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査結果』より引用。末尾の数字は引用ページ)

l        証券業協会のあっせんも利用するつもりはない(p41)。

l        相談者の主張は自社の調査結果と異なるので受け入れられないが、相談者が証券業協会のあっせんを申し出れば交渉の席につく(しかし、結果は変わらないと言う)とのこと(p43)。

l        事故とは考えていない(法律上、説明不足は事故ではないと言う意味か)ので話し合いでの解決には応じられない、訴えてほしい(p46)。

l        「証券取引法で損失補填が禁止されているので、話し合いでの解決は不可。訴訟もしくは調停によろうが、この事例については民事調停を勧めたい。証券業協会のあっせんは、受けるつもりがないのでやっても無駄である」と回答。また、「消費者が裁判しても弁護士の餌食になって損害額を高額に認定され、高い着手金を取られる。裁判には絶対勝つ自身がある」と述べた(p53)。

l        裁判による判決が出ないと損害賠償はできない、証券業協会のあっせんを利用するつもりはない(p56)。

など、いずれも証券業協会あっせん制度の利用に関して、大変否定的である。

あっせん制度については、証券苦情相談室が都道府県別になっていない(日本証券業協会の東京地区協会が東京都、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、神奈川県、山梨県、長野県、沖縄県の苦情を受け付ける)といった批判もあるものの、肝心の証券会社が利用に対して大変消極的であることは、遺憾といわざるを得ない。日本証券業協会そのものが、業界の自主規制団体である。あっせん制度とは、その日本証券業協会が顧客保護のため外部のあっせん委員を委託して、公正、中立な立場から事態を調停、時間も手間もかかる裁判を利用せず、早期の問題解決を求める制度であるはずである。それを、「証券業協会のあっせん制度は消費者よりだから嫌だ」(国民生活センター『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査結果』p15)とはまことに遺憾としか言いようがない。

2.2.3顧客特性の把握

証券取引法第43条において、証券会社は顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることのないように業務を営まなくてはならないとされている。この条項に基づき、証券会社側は「顧客カード」を作成、顧客特性の把握に努めているという。

ただし、「証券会社に対する苦情8事例のうち7事例(1事例は入院中のため確認できず)の相談者の誰もが“顧客カード”の存在を知らなかった」(国民生活センター『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査結果』p15)。証券会社は、この顧客カードに記載されている顧客の経験、投資目的、資産状況などの事項を基に、顧客アドバイスを行うことになっている。ところが、顧客カードの記載は外務員が行い、内容も非公開である。従って、証券会社側は顧客カードによって顧客の投資に関する意向を把握してアドバイスを行っているとしているが、リスクの高い商品を勧める際の隠れ蓑として使われていたとしても、顧客側からは分からない仕組みになっていることも問題である。

これに関しては、英国の事例が参考になるであろう。「英国には、「ファクト・ファインド・フォーム(Fact-Find-Form)」というカルテのようなものがある。お客さんの家族構成・年収などの属性、具体的にどういう理由でどんなアドバイスをして、お客さんはどんな反応を示したかなど、結論に到る経緯を記入し、最後に売り手・買い手の双方が結論を確認して、サインする」(牛越 博文『日本版金融サービス法』日本経済新聞社p31)システムがあるそうである。顧客カードを金融機関側の一方的な証拠保全に使わせないためにも、検討に値するシステムであろう。

2.3潜在的な苦情

全国の消費生活センター等に寄せられる苦情は前記にように増加の一途をたどっているが、潜在的な苦情ははるかに多いと思われる。

6に見るように、平成10年の総理府の調査においてもサービス業に不満があっても申し出なかった人の比率は68.7%に達する。また、苦情を申し立てた場合でも、購入先、利用先、勧誘員へ直接持ち込まれることが多く(22.3%)、国民生活センターを始めとする中立的な仲裁機関に持ち込まれる件数は圧倒的に少ない(業界団体の窓口1.5%、消費者団体0.9%、国民生活センター、消費生活センター1.5%、国・地方公共団体の相談窓口0.6%)。苦情を申し立てなかった理由も、面倒だからあきらめた(47.7%)、苦情を申し出るほどの損害ではなかった(40.4%)といった消極的なものが上位を占めている(総理府広報室「消費者問題に関する世論調査」(平成10年1月)総理府)。

本調査は消費生活全般に関する調査で、金融問題を中心に取り上げたものではないとはいえ、統計に表れた苦情申し立ては氷山の一角であり、消費者の不満は高く、苦情申し立てに関する情報の提供、苦情受入れ機関の整備などに改善の余地があることをうかがわせる。

6「消費者問題に関する世論調査」(平成10年1月)

Q2 あなたは、この1、2年くらいの間に利用したサービス業などで、何か不満をお持ちになったことがありますか、ありませんか。

ある

20.9

わからない

0.8

ない

78.3

 

 

Q3 あなたはその不満のことで、どこかに苦情を申し出ましたか。この中からいくつでもあげて下さい。

購入先、利用先、勧誘員

40.4

弁護士

0.3

製造メーカー

3.3

裁判所

業界団体の窓口

1.5

その他

0.3

消費者団体

0.9

申し出なかった(SQへ)

68.7

国民生活センター、消費生活センター

1.5

わからない

3.5

国・地方公共団体の相談窓口

0.6

 

 

SQ あなたは、なぜ申し出なかったのですか。この中からいくつでもあげてください。

苦情を申し出るほどの損害ではなかった

40.4

自分にも不注意な点があった

5.1

面倒だからあきらめた

47.7

どこに申し出たらよいのかわからなかった

10.8

時間がかかるからあきらめた

11.0

その他

2.4

お金がかかるからあきらめた

1.3

わからない

1.5

苦情を申し出ても解決しないと思った

25.8

 

 

」(出典 総理府広報室(1998)「消費者問題に関する世論調査」(平成10年1月)より)

3.過去の訴訟事件

上記総理府の調査でも明らかなとおり、金融に関する消費者トラブルが訴訟にまで発展するのは極めて稀である。従って、必ずしも訴訟事件が典型的消費者トラブルとは言い切れない(むしろ、勝訴を期待できるほど業者側が悪質である、あるいは損失額が極めて高額な事例といえるかもしれない)。

しかし、金融商品販売法や消費者契約法施行後における訴訟事件においても、基本的な事実認定の姿勢は踏襲されるものと思われるので、判例の分析は極めて重要であろう。

国民生活センターの金融商品の分類にならい、証券会社、銀行、生命保険会社を相手取った訴訟事件のうち、証券会社においてはワラント事件を、銀行においてはインパクトローン(外貨建て借入れ)に係る訴訟事件を、生命保険会社については変額保険事件を(ただし、取り上げた全ての事例において、生命保険会社とともに銀行も訴訟対象となっている)取り上げる。

3.1ワラント事件

3.1.1ワラントとは

1981年の商法改正で新株引受権付社債(ワラント債)の発行が認められた。ワラント債とは、いわば、株式に対するコール・オプションのついた社債である。このコール・オプションは、所有者に対して一定の値段(行使価格)で発行会社の株式を買える権利を与える

     正確にはコール・オプションとは異なる。コール・オプションにおいては発行済み株式に対して権利行使されるのに対し、ワラントは新株が発行されるので、株式総数が変わる。1株あたりの財務指標等も変化するので、大量のワラントが株式転換される場合などには、現実の株式価格に影響をもたらす。

その後1985年に分離型のワラント債の発行が許可されるようになった。分離型では、債権部分とワラント部分が分離され、債権とは別に新株引受権証書が発行される。発行後は債権とワラントを分離して流通させることができる。現在は分離型が一般的である。

ワラントは、株式を一定の価格で購入できる権利(オプション)であるので、債権や株式とは大きく異なった値動きをする。ワラント価格は、株価に連動し、かつ株価の数倍の値動きをすることと、権利行使期間を過ぎると無価値となることが特徴である。

ワラントは、一種のオプションであるので、投資商品としては、現物投資と同等の値上がり益を期待できるのに対して、現物より少ない金額で市場に参入できる、損失は一定額(ワラント価格)に限られるなど、大変優れた特性を持った商品である。

グラフ1において、株現物を保有した場合の株価と収益の関係を示している。傾き1の直線として現される。従って、株価と収益の変動幅は同一である。

グラフ2において、株価が変動した場合のワラント価格の変動は、破曲線で表されている。ワラントの理論価格は、株価、権利行使価格、ワラント期日までの期間、金利、期待変動率(インプライド・ボラティリティー)で決定される(本論文においては、数学的厳密さは求めないので、配当の影響などは排除する)。また、ワラントの理論価格は、パリティー(Intrinsic Value、本源的価値ともいう)とプレミアム(Time Vale、時間的価値ともいう)部分に別れる。パリティーは株価が行使価格以下の場合にはゼロになる。プレミアムは、ワラントが持つ優れた特性を購入するために上乗せされるプレミアム料である。

また、破曲線で表されたワラント価格の変動は、株価のみが変動して、その他の説明変数が不変の場合を示している。従って、株価への上昇期待が高まり、ワラントが購入されると、破曲線自体が上方へシフトすることがありうる(数学的には期待変動率が高まった場合など。同様に下方シフトもありうる)。つまり、株価自体が上下しなくても、ワラント価格が上下する場合もありうるのである。また、ワラント自体の価格は株現物を購入する場合に比べてはるかに少ない金額で済む。このレバレッジ効果も含め、株価の上昇、期待変動率の変動などによって、ワラント価格が実際の株価の変動率を大きく上回って乱高下する場合がありうる。

ワラントの価格理論は極めて分かりにくいようで、判決文の中でも、「ワラントの価格は、株価の値上がりへの思惑(プレミアム)が理論的価値(パリティー株式の時価と行使価格との差額)に加算され、プレミアムで変動する要素が大きく、そのために不安定になりうる」(大阪高裁平7・4・20第10民事部判決『判例タイムズ』885号pp207−222)と、いささか悲しくなる認識をされている。

プレミアムに付いては、株価と行使価格が等しいワラントを購入することを想定すれば分かりやすいであろう。株価と行使価格が等しいのであるから、パリティーはゼロである。従って、このワラントの価格はプレミアム部分だけで構成されることになる。株価が上昇した場合、ワラントを行使して行使価格で株を購入、市場で売却することも可能であるし、ワラントとして売却することも可能である。実際には、株に変換するとプレミアム(ワラントの時間的価値)を放棄することになるので、理論的には最適な行動とは言えない。いずれにしても、現実に株を購入したのと同じ(正確には、同じではないが、数学的厳密さはここでは求めない)利益を手にすることができる。逆に、株価が下落した場合、ワラントを購入していれば、最大損失はワラント価格に限られる。株現物を購入した場合に比べると、はるかに少ない損失で済む。

株価=権利行使価格の時点でワラントを購入した場合、株価上昇と下落の確率は、ほぼ50%ずつである。株価が上昇した場合はそっくり利益を実現することが出来、株価が下落した場合の損失はワラント価格に限られる。

実際に、このような優れた特性をもった商品が安く購入できるのであれば、誰でも買いたいと思うのではないだろうか。従ってプレミアムは高くなる。どの程度高くなるかというと、このワラントを売ってもよいと思う人間の数と、買ってもよいと思う人間の数か等しくなるまで上がる。実際には、ワラントの取引では充分な市場ができるほど市場参加者が多くないので、必ずしも市場原理が完全に働くとは言えないが、原則としては上記のとおりである。

3.1.2ワラント事件判例

判例1  勝訴例

事件の概要。Xの妻Aは、証券会社Yの社員Bの勧めにより外貨建てワラントをX名義で購入したが、ワラントは無価値となって損害を被った。Xは、ワラントの購入行為に付き承諾を与えていない、仮に承諾していたとしても、Bは証券につて充分な知識のないAに対してワラントの危険性につき必要な説明をしなかったとして、Yに対し損害賠償を求めた。

原判決においては、Bはワラントの危険性について説明しなかったことは認めたものの、AがXの代理として証券取引をしていたことは当事者間に争いがないこと、XがYから「外国新株引受権証券の取引にか関する説明書」を受領、内容を確認の上取引確認書に記名押印して返送していることを認定、取引承諾時に危険性に付き説明がなかったとしても、その危険性を知った後もワラント購入を進めているとして原告の請求を棄却した。

これに対して控訴審においては、事実認定に大幅な変更はないものの、ワラント取引は投機性の高い商品であること、Aに対してBがワラントに関するリスクの説明を怠っており、債務不履行責任を負うべきであること、取引確認書に記名捺印して返送したのは取引後相当の時間が経過した後である可能性があることを認定、原判決を破棄した。しかし、Aは証券取引一般に知識、経験を有すること、ワラントの価格の変動を注視して損害を最小にする義務はBではなくAが負うべきことから、過失割合を6割と認定した(東京高裁平8・3・18第5民事部判決『判例タイムズ』923号pp146-150)。

判例2  勝訴例

XはXの母親が脳梗塞で倒れた後、母親を代行して証券会社との取引を開始した。投資信託の低配当に不満を持っていたところ、Y証券会社から新しい高配当商品としてワラントを紹介され取引を始めた。結局損失を被った。XはYとの取引が公序良俗に反し、無効だと訴えた。

原判決では、Yの社員Aがワラントの性質、投機性について説明したこと、Xも書籍でワラントについて調べるなどして知識を有していたことを認定、Xの請求を棄却した。

これに対して控訴審では、X及び母親が投資経験を有していたことは認めるものの、ワラントのような新種商品については、販売会社はその性質、リスクについて充分に説明し、理解を求めるべきであり、事後的な説明もチラシ等を送付するにとどまり、説明義務を果たしていない。また、個別の取引についても証券会社の担当社員の判断で行っているなど、証券会社の誠実義務違反を認め、損害賠償責任を認めた。

ただし、Xについて、事後的にせよ説明文書を受領している、自身書店に出向いてワラントの解説書を読んで理解できなかったにもかかわらず、それ以上調査することなく放置したことなどから、過失相殺を2割認めた。(大阪高裁平7・4・20第10民事部判決『判例タイムズ』885号pp207-216)

判例3  敗訴例

XはY証券会社との間でワラント取引を行い、株価低迷の影響を受け、株価が権利行使価格を下回ったまま権利行使期間を経過、ワラントが無価値となり損失を被った。XはYの担当社員Aがワラントについての説明義務を怠り、必ず儲かるといって勧誘したとして損害賠償を求めた。

原判決ではXがYに委託していた株式のほとんどを売却して一銘柄のワラントを購入させているなど証券会社の営業担当者の勧誘行為につき違法性を認めたものの、損失を出したワラント以前にもワラントを購入したことがあり、その際は売却して利益を出していたこと、Xの投資経験などを勘案、85%の過失割合を認めた。

控訴審では、Xが損失を出したワラント以前にワラント取引をしており、事前の取引においてAからワラントについての説明を受けていると認定できこと、そのころAはXに対しワラントの説明書を送付、内容を確認した旨の確認書も徴収していること、説明書の内容もワラントの性質を説明していることを認定した。また、Xは42才の女性で離婚調停中といった事情はあるにせよ、手広く事業を経営、資産もあり、複数の証券会社との取引もあり、1社とはYとより多額の取引を行っており、株の信用取引も行っているなど大変熱心な投資家であることからXの請求を全面的に退けた。(東京高裁平4・3・30第8民事部判決『判例タイムズ』No.885pp216-222)

事例4  敗訴例

Xは1917年生まれ。Y証券会社と株式の信用取引とワラント取引を行った。YとXの取引に関し、適合性原則違反、説明義務違反、断定的判断の提供がありXは損失を被ったとして債務不履行または不法行為に基づき損害賠償を請求した。問題となった取引時点でXは71才。

原判決では、Xの主張を全面的に退け、請求を棄却した。Xはワラント取引についてのみ控訴した。

控訴審判決は以下認定した。

適合性義務について

Xは1917年生まれで中学卒業後、兵役についたほかは農業に従事していた。取引当時71才であった。1971年頃からY証券と株式の委託売買取引を行い、1980年頃からは信用取引を行っていた。1955年頃から日本経済新聞を購読、Y証券のリポートにも目を通し、株式講演会にも出席、株価チャートを作るなどしていた。取引においても、銘柄等を指定して取引を行うことが半分を占めているなど、知識も豊富で、新聞記事などを通じてワラントについても知識を有していた。

また、年齢についても、高齢者との取引を禁ずる規定がYにおいて存在したとは認められず、Xの株式取引、信用取引についての知識、経験を考慮すると、高齢者であったというだけで適合性原則に反するとは言えない。

Xは本件以前にワラント取引の経験がないが、Yが社員をしてワラントについて説明させていること、Xの上記知識、経験を勘案すると、以前にワラント取引の経験がなかったことをもって適合性原則に反するとは言えない。

説明義務について

Yの社員はワラントにつき期限付きであること、価値が消滅する可能性があること、証券会社との相対取引で市場取引でないことなどを説明の上、「外国新株引受権証券取引説明書」を交付、Xの署名、押印を受けた確認書を徴収している。また、ワラント購入後にXに交付した預かり証にも権利行使日が明記されている。また、ワラントの価格については、日本経済新聞等に目安となる価格が掲載されていた。以上から、Yは説明義務を果たしていたと認められる。

断定的判断の提供について

X及びYの社員の供述においても、断定的判断の提供があったとは認められない。

以上から、Xの請求を棄却した。(東京高裁平7・5・31第9民事部判決『判例タイムズ』No.897pp144-150)

3.2インパクトローン

3.2.1インパクトローンとは

インパクトローンとは、外国為替公認銀行が居住者に対して行う使途制限のない外貨貸付である。

1980年に改正された外国為替管理法により実需原則が撤廃され、居住者も自由に外貨貸付を受けられるようになった。インパクトローンを利用することにより、企業は資金調達手段の多様化、外貨建て債権とマッチさせることで為替リスクのヘッジを行えるなどのメリットがある。

外貨建てであるので、借入れ時と返済時の為替レートにより、実質円ベース金利が異なる。つまり、貸付を受けたものは為替リスクを負う。

7 インパクトローン金利シミュレーション
円金利 1年 0.54%、ドル金利 1年 6.76% ドル円為替 108.80
(レートは2000年10月31日のレート ロイター調べ)

返済時為替レート

115.00

110.00

105.00

102.3712

100.00

95.00

円ベース実質金利

12.94299

80.32424

3.12186

0.540081

1.78871

6.69927

7 のように、ドルで借入れを起こした場合、返済時の為替レートが借入れ時のレート(108.80)を上回る場合、円ベース実質金利は上昇する。逆に、円高に進むと円ベース実質金利は低下する(金利マイナスとは、借入れ金額より返済金額の方が少なくなることを意味する)。そして円ベース実質金利が円建てで借入れをした場合と同一になるのは、102.3712円の場合である。このレートが、借入れ時点で1年物の為替先物を約定した場合のレートになる(このシミュレーションでは、対顧客マージン、金利・為替レートにおけるビット・オファー・スプレッド等は無視している。実際にこのレートで約定できるとは限らない)。これが金利裁定の理論である。従って、理論的には外貨建ての借入れをしても、同時に先物為替予約を行い、返済金額を確定させれば、為替リスクを回避できるだけでなく、金利裁定により実質的には円建てで借入れを起こした場合と同じ効果を得られる。

以下、3件のインパクトローンに係る判決を紹介するが、1件はストレートのインパクトローン、1件は為替オプションとの組み合わせ、1件はカレンシー・スワップとの組み合わせと内容的に違いがあるので、個々の事例についてはそれぞれの項でより詳しく解説する。

上記シミュレーションは現在のレートを使っているが、インパクトローンが多用された1980年代後半は、日本の金利水準も高く、スイスフランのように円を大きく下回る金利の通貨も存在した。ゼロ金利の現状からは想像もつかないが、実質金利低下に対する顧客の要望は強かった背景がある。

3.2.2インパクト・ローン判例

判例5  勝訴例

機械販売業のX社(資本金480万円、従業員3名)の代表者Aは、取引先に納入する機械の仕入先に対する前渡金4000万円のうち3000万円をAの土地建物を担保に借入れる交渉をY銀行と行っていた。当該借入れにつき、Y銀行はインパクトローンによる借入れを勧め、結局X社はドル建てインパクトローンを組んだ。その後、円相場は急落、X社は為替差損を被った。

X社は、Y銀行に対して、外国為替公認銀行が外貨建て債権のリスク・ヘッジを行う必要もなく、外為取引に知識・経験のないものに対してインパクトローンの利用を勧める場合には、当然顧客のために為替予約をなすべき信義則上の義務があるのにこれを怠ったとして、損害賠償を求めた。

判決では、インパクトローンと為替先物予約は本来別個の取引であるとして、銀行がインパクトローン実行時に当然先物予約を併用すべき義務はないものとした。しかし、Xは過去1度だけ台湾に輸出したことがあるとはいえ外国為替については全くの素人である。また、Xにインパクトローンを利用する必然性は全くない。ローン実行時の説明もXにインパクトローンが実質円建て借入れと実質異ならないかのごとき認識を与えるものであった。また、Aはインパクトローンについて自ら調べ、あるいは金融関係者に相談するなどしてその問題点を知って、Y銀行と交渉しようとしたが、らちがあかなかったことなどから、銀行の信義則違反を認め、円建て借入れをした場合の出捐したであろう額とインパクトローン返済のために実際に出捐した金額の差を損害額として損害賠償請求を認めた。(大阪地裁昭和62・1・29第24民事部判決『金融法務事情』No.1149pp44-46)

判例6 敗訴例

オプション付インパクト・ローン

本件に係る借入れは先物為替予約付きドル建てインパクトローンとノックアウト・オプションの売りを組み合わせたものである(判決文の中ではオプション、あるいはノックアウト・オプションの呼称は使っておらず、付帯条件及び特約の付いた先物予約としているが、実際にはノックアウト・オプションそのものである)。低利で資金調達できる金融商品として、「パッケージローンタイムリー予約型」などというわけの分からないニックネームを付けているが、内容は実に単純である。

判決からこの商品を説明した部分を引用する。

「(1)原告は、被告から次の約定で、700万ベイドルを借入れる(インパクトローン予約付)。

借入日  平成元年12月26日

返済期日  平成2年3月26日

借入れ時の円転レート  1ドル=144円65銭(以下、為替レートの「1ドル=」の記載を省略する。)

借入れ時円貨額  10億1255万円

ドル金利  年9.0625パーセント

元利合計  715万8593.75米ドル

返済時の外転レート  143円33銭

返済時円貨額  10億2604万1242円

円の実質調達金利  年5.40パーセント

2)原告は被告に対し、次の約定で、700万米ドルを輸出する(売り渡す)ことを予約する(ドル先物売り予約)。

契約価格  142円75銭

行使期日  平成2年3月22日

受渡期日  同3月26日

目標相場  139円75銭

付帯条件 1  公式実のドル円相場が、契約価格の142円75銭よりドル安円高になっていた場合は、原告はドルの売り渡しをすることはできない。

2 公式実のドル円相場が、契約価格の142円75銭よりドル高円安になっていた場合は、原告は700万米ドルを契約価格の142円75銭で売り渡す義務がある。

特約  行使期日までにドル円相場が目標相場の139円75銭を一度でも超えるドル安円高となった場合は、このドル先物売り予約は消滅する。」

(東京地裁平成4・6・26民事第18部判決『金融法務事情』No.1333 pp44-45)

なんとも分かりにくい商品説明である。実は、この商品は、ローンとは全く関係のないノックアウト・オプションを売却させ、それによって得られるオプション・プレミアム(このプレミアムはワラントのプレミアムとは異なる。ここではノックアウト・オプションの価格のこと。ワラントにおいてはワラント価格と同一である)を金利に補填することによってローン金利を低減する単純な仕組みである。

ここで売却しているのは、142円75銭をストライク、139円75銭をトリガーとするノックアウト・ドルコール・オプションである。ノックアウト・オプションとは、オプション期間中に一度でもドル円スポット・レートがトリガー価格に到達すると、オプション自体が消滅する(ノックアウト)オプションである。消滅しない場合は、通常のオプションと同じ特性を持つ。オプションが権利行使期日以前に消滅してしまう可能性があるので、プレミアムはノックアウトのないオプションより安くなる。

そこで、特約にうたわれているように、一度でもドル円相場が139円75銭に到達した場合、このノックアウト・オプションは消滅する。

消滅しなかった場合で、付帯条件1にうたわれている、権利行使日のドル円相場が142円75銭より円高の場合(ただし139円75銭より円安)には、オプションの買い手(銀行)は権利を行使する必要はない(オプションの買い手は、市場でより有利なレートでドルを買える)。

これに対して、付帯条件2にうたわれている、権利行使日のドル円相場が142円75銭より円安の場合には、オプションの売り手(この場合は原告)はオプションの買い手(銀行)に対してその時点の相場より不利なレートでドルを売り渡す義務を負う。

実は、(2)のオプションは、(1)のローンとは全く別個の契約で、ただ単にローン金利を低減するためのプレミアムを得る目的で売却するものである。従って、(1)のローンは、別に先物為替予約付のインパクト・ローンでなく、円建てローンでもかまわない。また、本件ではローン金額と(2)の為替予約金額を同じに設定しているが、これも異なっていてもかまわない。また、(2)の為替予約(ノックアウト・オプション)の契約価格(ストライク・プライス)と目標相場(トリガー・プライス)、あるいは期日を任意にセットすることにより、(1)のローンの金利を更に低減させることも、逆に不利なローン金利を受け入れることによってより有利な為替先物予約を約定することも可能である。また、この事例ではドルコール・オプションを売却しているが、為替相場の見通しに応じてドルプット・オプションを売却したり、ドルコールとドルプットを同時に売却する(ストラングルあるいはストラドルという)ことも可能である。

さらにいえば、(2)の為替先物予約は、設定例のようにいわゆるオプションでなくてもよい。現状より不利な為替レートで約定することにより、差損分を(1)のローン金利に補填させることも可能である。現状為替レートとは異なる先物為替予約(オフ・スポット為替予約)は、同一ストライクのコール・オプションの買い(売り)とプットオプションの売り(買い)を組み合わせることで任意に作り出せる。ただし、オフ・スポット為替予約は、不明朗な取引を生むことになるので、現在ではほとんどの金融機関は受け付けないと思われる。

また、(2)の為替オプションの代りにデフォルト・スワップを組み込めば、クレジット・デリバティブに、株式に係るオプションを組み込めばエクイティー・デリバティブに、天候に係るオプションを組み込めば天候デリバティブに変身する。また、(1)のローンを債券または預金に入れ替えれば、運用商品になる。一見複雑に見えるスキームであるが、分解すれば、意外と簡単な仕組みであることが分かるであろう。

判決

不動産会社X社の社長Aは、Y銀行支店長代理Cに、低利で資金調達できる商品の紹介を求めたところ、上記の先物予約付ドル建てインパクトローンとドル先物売り予約とがセットになっている商品「パッケージローンタイムリー予約型」を紹介された。

BがAに本件商品を提案するに際し、当時の為替相場を基礎に具体的に記載した書面をもって、本商品は為替相場が円高基調で推移した場合には低金利を享受できる商品であることを説明、あわせて円安の場合には為替差損を被ることがあることを説明した。その際、Aの要請に応じてX社の会計士に商品説明のファックスを送付、説明する旨伝えたが、会計士からAが理解しているのであればそれでよいとの回答を得た。その後、CもAの意志確認のためX社を訪れ、「社長、この商品はリスクがありますよ。円高ねらいの商品ですよ。もし、1円ぶれても700万円ぶっ飛びますよ。」との言葉で説明した。Aは自分も円高基調の為替相場を予想している旨告げた。仮に円安になった場合でもオープン・インパクト・ローンに乗り換え、決算時に含み損益として利用することができると告げた。

X社は結局インパクト・ローンへの借り換えを行わず、決済した。結局、X社に当時の相場と契約価格との差額に契約金額700万米ドルを乗じた金額の為替差損が発生した。その時になって始めて為替差損が予想以上に大きいことに気付き、X社はY銀行支店長代理B及び支店長CがAに対して上記契約の危険性を十分説明しなかったため危険な契約を結んだとしてY銀行に損害賠償を求める訴えを起こした。

判決では下記のように認定、原告の請求を棄却した。

Aは裁判で、本契約による金利低減効果が1%程度であることから、リスクも同程度であると信じたと主張するが、これを口にしたのは権利行使期日を過ぎてからであること、Y銀行の説明資料にも同様の記載は見られないこと。

また、B、Cが説明に際して円高見通しのみを強調して契約を勧誘したとも認められないこと。

Aは銀行から20億円も借入れをして事業を行っている経済人で、為替相場はさまざまな要因で変動し、予測も困難であることは常識として理解していると解されること。(東京地裁平成4・6・26民事第18部判決『金融法務事情』No.1333 pp43−48)

判例7 敗訴例

スワップ付ユーロ円・ローン

本件は、外貨建てインパクト・ローンではなく、ユーロ円ローンにオーストラリア・ドル/円スワップを組み合わせたものである。

判決からこの商品を説明した部分を引用する。

「@ 原告は、被告から、次の約定で、ユーロ円で5億円を借り入れる(以下「ユーロ円ローン」という。)。

期間 5年(1990年10月8日1995年10月6日)

金利 年8.63パーセント(年360日の日割り計算、年365日に換算すると年8.75パーセント)

利払日 毎年4月8日、10月8日

返済方法 期限一括返済(期前返済不可)

A 原告は、被告との間で、次の約定でオーストラリアドル(以下、「豪ドル」という。)と円を交換する(原告が、被告から、57万7684.86豪ドルを1豪ドル当り103.64円で「買う」ことになる。以下「豪ドル/円スワップ」という。)。

期間 5年(1990年10月8日1995年10月6日)

原告受取額・被告支払額 57万7684.86豪ドル

原告支払額・被告受取額 5987万1258円

交換日 毎年4月8日、10月8日」(仙台地裁 平成7・11・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1444p66)

やはり、分かりにくい商品である。しかし、Aのスワップを@のローンと切り離して考えてみていただきたい。すると、Aのスワップは、契約締結から6ヶ月後とに103.64円で豪ドルを購入することを約定した先物為替予約に異ならないことが分かる。この103.64円というレートは任意に決定することができるので、103.64円より高いレートで豪ドルを買うことを約定し、その差損分をローンに補填、金利を引き下げた契約を結ぶことも、逆に103.64円より安いレートで豪ドルを買うことを約定し、その差益分をローンで埋め合わせるため、金利を引き上げた契約を結ぶこともできることが分かる。判例6で述べたとおり、分解してみれば、何ということのない取引である。

この例では、103.64円で豪ドルを買う予約をしているのであるから、103.64円より高く豪ドルが売れれば差益が出、売却レートが103.64円を下回れば差損が出ることが分かる。

一審判決

X社は仙台市内に合計6棟のビルを所有する不動産賃貸業を営む株式会社。1989年自社ビル購入のためY銀行から借入れを起こした。その後、賃貸業の不振から金利支払いが負担となり、Y銀行から金利軽減策として上記スワップ付円建てローンを紹介され、実行した。その後、円高豪ドル安が進行、Y銀行に対して説明義務違反を原因として損害賠償請求の訴えを起こした。

判決において、本商品は一般になじみの薄い金融商品であり、信義則上、被告は原告に本懸賞品の危険性について適切な説明をする義務を負っていると認定した。しかし、その説明の範囲、程度については、顧客が必ずしもその仕組みを完全に理解するまでの必要はなく、「必要不可欠なのは本件商品を導入して契約を締結した場合に具体的に実質金利がどのようになり、どのような危険性があるのかということであるから、被告は、原告に対し、本件商品が為替相場の変動により顧客の負担する実質金利が左右されるものであり、円高が進めば実質金利が上昇するという危険性もあること、豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する実質金利がいくらになるのかということ、先物予約をすることによりその時点以降の為替リスクを回避する方法があることについて説明することを要し、それで足りるというべきである」(仙台地裁 平成7・11・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1444p71)としている。

Y銀行がローン導入に際して交付した「A$/円コンビネーションローンのご案内」では、為替レートがいくらになれば実質金利がいくらになるというシミュレーション表が記載されており、さらに口頭で説明を受ければ、一般人であれば理解可能であったと認定した。

また、Y銀行の為替相場の説明においても、断定的判断を提供したとは認められないことなどから、原告の請求を棄却した。(仙台地裁 平成7・11・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1444pp64-72)

二審判決

第一審判決を不服としてX社は控訴した。控訴審において、X社は訴因として適合性の原則違反とアフターケア義務違反を付け加えた。

控訴審においても、第一審の認定をほぼ踏襲した。

さらに、適合性の原則違反に対しては、銀行との取引において本件商品のような金融商品を勧誘すること自体が信義則上許されない場合が一般的に全く存在しないとは言い切れない。しかし、永年不動産業賃貸業を営み、Y銀行以外からの借入れもある控訴人(X社)に対して本商品を勧誘することが信義則上許されないということはできないとした。

アフターケア義務についても、控訴人(X社)は危険回避の方法(為替予約)についてあらかじめ説明を受けているのであるから、控訴人からの相談や働きかけが全くなくても、被控訴人(Y銀行)からこれを構ずべき法的義務があるとはいえないとして、X社の控訴を棄却した。(仙台高裁平成9・2・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1481pp57-61)

3.3変額保険

3.3.1変額保険とは

訴訟事件によって変額保険のイメージは一方的に悪くなってしまい、現在では日系の保険会社では積極的に取り扱わなくなってしまった。変額保険とはどのような商品なのだろうか。

変額保険は昭和61年10月に誕生した新しい保険である。死亡時や満期時には契約で前もって定められた金額の保険金が支払われる「定額」保険に対して、「変額」保険は死亡保険金と満期保険金が毎月、解約払戻金が毎日生命保険会社の特別勘定資産の運用実績に応じて変動する保険である。

変額保険の導入以前に一般的だった定額保険の場合、資産運用結果が配当金に反映されたが、変額保険では保険金に反映される。また、利子・配当といったインカムゲインだけでなく、株式や公社債など有価証券投資に伴う売却益や評価益などのキャピタルゲインまで利回りに含まれるので、高い収益性が期待できる。投資対象が有価証券主体なので、長期的にはインフレに対して強い保険であることが特徴である。

変額保険が発売されたそもそもの目的は、物価の上昇に合わせて保証額も増加させるためである。保険契約は普通長期にわたるので、当初充分だと思った保険金額が物価の上昇と共に目減りしてしまい、保険の機能が充分に発揮できない状況になるのを避けるために開発された。変額保険は実績配当型の商品なので、目減りしてしまうこともありうる。そのような場合でも最低死亡保険金額は保証されている。以上のような商品特性を持った大変優れた保険商品として設計された。

もしこのような変額保険を商品特性の通りに販売していれば問題はなかったのだろうが、一部金融機関に勤めている知恵者が相続税対策として以下のようなスキームを考え出した。

3.3.2変額保険を利用した相続税対策

売りこみ対象となるのは不動産中心の資産構成をもつ、いわゆる地主たちである。地主たちの多くは、土地は持っているが現金をはじめとする金融資産をあまり保有せず、資産の流動性が低いことが特徴である。土地の値段は変額保険の流行ったバブル華やかなりし頃は相当上がっており、ひとたび相続が起きると相続税を支払えず、やむなく土地を手放さざるを得ないケースがかなりあった。地主に限らず日本人は土地に対する執着が強く、孫子の代まで土地を伝えたいと願っているといわれる。そこで保険会社が銀行と結託して以下のようなスキームを持ちかけた。

·         地主Aが土地を担保に銀行から5億円借り入れを起こす。

·         Aの子Bを被保険者として5億円を一時払いで終身変額保険を購入する(A自身が被保険者でも可。また、被保険者が本人でない場合は、年払いにすることにより相続税の課税評価額が保険料の70%から保険金額の2%を控除した金額になる特例を利用したものもある。その場合でも、3年分前払いすることにより、保険料を安くできる)。

·         払い込み保険金は生命保険会社の特別勘定で運用(10%程度のかなり高い運用実績を示し、事後もその借入れ金利を上回る運用レートでシミュレーションした例も多かった)。

·         Aが死亡する。Bが被保険者の場合は解約、解約戻り金を受け取る(Aが被保険者の場合は保険金が支払われる)。

·         いずれの場合も保険会社から受け取った解約戻り金・死亡保険金は相続財産に含まれるが、その税評価額は税法上払込掛け金の5億円である(契約者・被保険者・受取人の組み合わせにより、かかる税金は相続税・所得税・贈与税になる場合があり、税率・節税効果は一律ではない)。

·         解約戻り金・死亡保険金で銀行借り入れを返済、運用益借入金の利息と相続税を支払う。

銀行にとっては担保付の優良貸出先かつ資産家をとりこむメリットがあり、さらに生命保険会社から協力預金あるいは手数料が受け取れる。保険会社にしても、高額の保険が売れ、顧客にとっても相続税対策となるはずであった。

確かに、運用がうまくいけば、なるほど税制の盲点を突いた奇策といえるだろう。しかし現実には、有価証券、特に株式相場はバブルの崩壊と共に低迷、さしもの大手保険会社の特別勘定も運用成績が低下、払い込み保険金を割り込むようになった。

さらに悪いことに、地主側が借金の担保として銀行に差し入れている土地の値段が、バブル崩壊で暴落した。銀行が総量規制の基、土地担保融資を見直していく過程で、銀行は担保割れを起こした借り入れ先に対して追加担保の差し入れか借金返済を迫ってくる。

さしものAも何かおかしいことに気がつくが、この時点では残念ながら万事休す。

まず、特別勘定の運用成績は低迷、解約したとしてもこの時点では大幅に目減りしてしまう。借り入れ元本はおろか借り入れ金利も支払えない状態も考えられる。次に担保として提供した土地も値下がりしている。当初は借り入れに対して充分な担保であったかもしれないが、この時点では担保割れになっている。

Aとしては、相続を考えて善意でやったこととはいえ、悲惨過ぎる結果である。生きていても借り入れを返済しなければ金利を払い続けなくてはならず、借金を返済しようにも保険を解約して足りない分は土地を売却して、それでも足りないときは他の資産も、と身ぐるみはがされてしまう。では、死んでしまえば、とも思うが、会社でいえば債務超過のこの時点で死んでしまうと、すべてが相続人にかぶってしまい、財産を残すつもりが借金しか残っていない。生きるも地獄、死ぬも地獄の状態であり、訴訟が多発したのも無理からぬところである。

訴訟に関してはいくつか判例も出ている。平成8年7月30日の東京地裁判決以来、いくつか生命保険会社と銀行の責任を認めた判決も出ているが、必ずしも原告勝訴の判決ばかりではない。

3.3.3変額保険判例

判例8  原告勝訴例

最初の原告勝訴例として保険契約締結及び銀行借入れ契約について要素の錯誤があるとしていずれの契約も無効とした、平成8年7月30日の東京地裁判決があげられる。

事件の概要。原告Xは68歳の農業に従事する資産家。相続税の支払いに漠然とした不安をもっていたところ、被告Y銀行の支店長Aが前述のような相続人を被保険者にすることにより二次相続まで考慮した変額保険を使った相続税対策を提案した。その際、かなり高い運用成績を保証されているのに等しいとし、原告の不安を払拭した。A支店長の説得により、Xも了承した。その後、Aは被告Z保険会社と連絡を取り契約内容を決めるなどしたが、その際、Z保険会社は事務的に契約の遂行をするだけで変額保険の内容等については何ら説明しなかった。その後、運用が低迷したことが発覚、結局訴訟となった。

本契約については、A支店長が積極的に契約締結にむけ勧誘をしており、高い利回りをあたかも保証しているように見せかけたことからXも契約に応じた。Z保険会社は契約締結に際し何ら説明を行わないなど、Xへの説明義務を全く果たしておらず、要素の錯誤を認める。銀行借入れ契約もA支店長の言動に基づき契約したものであり、要素の錯誤を認める。以上により、ほぼ全面的に原告の主張が認められる判決となった。(東京地裁平成8・7・30民事第25部判決『金融法務事情』No.1465,pp90-109)

判決9  勝訴例

変額保険の募集を判例8と同様に銀行が行った事例である。本判例では、保険契約については要素の錯誤があるとして無効を認めたものの、銀行の不法行為責任を認め、原告側の過失割合を25−30%と認定、銀行と保険会社の損害賠償責任を認定した。

原告Xの一族は不動産賃貸業を営む資産家一族。Xほかの原告はいずれも保険契約加入時68-79歳の高齢者で、学歴は1人が高等女学校を卒業しているほかは実習学校、尋常小学校卒業。X一族はいずれもY銀行の永年の取引先。

契約の経緯等は判例8における経緯とほぼ同様で、銀行が主体となって変額保険の契約を取りまとめた。判決において、X一族がY銀行に対して全幅の信頼寄せていたことを知りながら、行員が変額保険のリスクを十分説明せず、相続対策について不安をあおりたて、執拗に勧誘したことを認定した。また、変額保険に加入後、保険証券にある運用実績が勧誘時の説明と異なるとの原告X一族の一員からの質問に対して、大蔵省の指導で最低数値が記載されているなど虚偽の回答をするなど不適切な対応に終始したとした。

ただし、変額保険の販売資格を持つ保険会社代理店営業員が一応の説明をしており、その際交付された書面に対してXの一族がいずれも検討を加えていないこと、地主の息子で地主の銀行借入れの連帯保証人となっている人物が社会的にもかなり高い地位を占めており(契約当時テレビ局の部長兼プロデューサー)、契約内容を理解するに十分な知識を有していると認められること、そのものに対し、保険会社代理店営業員が説明におもむいていることなど原告側の落ち度も認定した。

以上を勘案して、保険契約については要素の錯誤による無効を認めたものの、銀行借入れについて、錯誤無効は認めなかったものの、損害賠償を認めた。原告側の過失割合は25-30%と認定した。(横浜地裁平成8・9・4第5民事部判決『金融法務事情』No.1465,pp56-89)

判例10  原告敗訴例

基本的な顧客のタイプは勝訴例と同じく地主である。原告医師Xは東京都内に不動産を所有、相続税の支払について不安をもらしたところ、取引Y銀行から融資と変額保険を組み合わせた「セット商品」を勧誘された。以後の経緯は判例8とほぼ同じ。

裁判所の認定によれば、保険会社Zは数タイプの予定利率を記載したパンフレットを示し、変額保険が元本保証商品でないことを説明している、予想利率もその時点における一般的な予想を述べたものに過ぎない。結果的に外れたとしても、予測自体は当時の経済情勢の下では、いちがいに非難できないとした。また、本件のような「セット」商品においては、銀行も変額保険の説明義務を負うと考えられるが、Y銀行とZ保険会社の説明を合わせると、不完全であるとは認められない。また、説明に用いた保険設計書には明らかに運用成績が現状を下回るケースも明記してあった。また、変額保険について、保険契約者、被保険者について理解していたほか、変額保険においては死亡時に保険金が支払われ、その最低額は保証されていること、(基本保険金額)、保険料は株式等に投資されて運用され、保険金、解約返戻金は、運用の結果変動することなどを理解していたと認められると認めた。従って、錯誤無効は成立せず、運用利回りがXの予想ないし期待を下回ったに過ぎないとして、原告の請求を却下した。(東京地裁平成8・3・28民事第14部判決 『金融法務事情』No.1465,pp121-130)

判例11  原告敗訴例

これも原告は地主。訴訟に到る経緯などは上記とほぼ同じ。

本件における認定では、原告が自動車販売会社において経理担当取締役まで勤めていること、原告は被告銀行と相続税支払いについて協議をもっており、その際、原告自ら路線価をもとに間口補正なども考慮に入れて精密な試算をしていることなどから、金融関係の知識につき不足があるとは考えられないとした。また、保険会社も一応の説明義務は果たしていると思われること、原告からの要望により追加で他の保険会社とも変額保険契約を追加で結んでいることなどから、保険、銀行契約とも有効であり、原告敗訴となった。(東京地裁平成7・12・26民事第37部判決(1995) 『金融法務事情』No.1465,pp130-143)

4.金融商品販売法と消費者契約法

4.1金融商品の販売等に関する法律

平成13年4月1日より金融商品販売法が施行されることになった。金融商品販売法の目的は、「金融商品販売業者等が金融商品の販売等に際し顧客に対して説明すべき事項及び金融商品販売業者等が顧客に対して当該事項について説明をしなかったことにより当該顧客に損害が生じた場合における金融商品販売業者等の損害賠償の責任並びに金融商品販売業者等が行う金融商品の販売等に係る勧誘の適正の確保のための措置について定めることにより、顧客の保護を図り、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする」(金融商品販売法第1条)となっている。

重要事項に関して説明義務違反を犯し、これによって顧客に損失を与えた場合には元本欠損額を賠償しなくてはいけないとされている。従って、前述のような金融商品に関する事件については、金融承認販売業者等が説明義務違反を犯していると認定された場合には、損失部分を補填しなくてはいけないことになる(同第4条、第5条)。ただし、変額保険事件のような場合、金融商品販売法は借り入れについては何らの規定を置いていないので、借り入れ部分については何らの処置もとられないことになる(もちろん他の法律に基づく損害賠償等を請求することは可能)。

4.2消費者契約法

金融商品販売法と同時に消費者契約法も施行される。金融商品販売法が金融商品に着目して規制を加えるのに対して、消費者契約法は自然人である消費者が結ぶ消費者契約に着目して規制を加えている。従って、金融商品取引法では金融商品の販売等に係る全ての契約(例外はあるものの)を対象としているのに対して、消費者契約法では事業者と消費者の間で締結される全ての消費者契約を対象としていることが大きな相違点としてあげられる。また,金融商品販売法の第8条に規定するいわゆるコンプライアンスの公表に係る条項は消費者契約法には存在しない。消費者契約法と金融商品販売法は選択適用が可能なので、顧客、消費者は有利な法律の適用を受けることが可能である。

消費者契約法の目的は「この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことが出来ることとするとともに、事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」(消費者契約法第1条)となっている。

4.3金融商品販売法と消費者契約法の内容

4.3.1損害賠償と取り消し

金融商品販売法では重要事項に関する説明義務違反は損害賠償責任を金融商品販売業者等に生じさせる。重要事項について説明をしなかったことにより顧客に損失が生じた場合には元本欠損額をもって顧客に生じた損害の額とし、これを賠償しなくてはならないとしている。

消費者契約法においては、前提となる条件は些か異なるものの、消費者契約法第4条において、金融商品販売法における元本欠損額の損害賠償とは異なり、取引そのものの取り消しを認めている。

前述のように、金融商品の取引に際し、個人顧客が金融商品取引業者と取引きした場合には、金融商品取引法、消費者契約法ともに適用可能であるので、自身に有利な法律を選ぶことができる。金融商品取引法に基づけば顧客は時価で金融商品を売却した上で元本欠損額を損害賠償として補填することを金融商品販売業者等に要求でき、消費者契約法に基づけば消費者は既に履行された債務を不当利得として事業者に返還請求することができる。いずれにしてもほぼ同様の効果が得られる。ただし、金融商品販売法において請求できるのは損害賠償であるので、過失相殺によって顧客の取得できる金額が削減される可能性は残り、消費者契約法では契約の取り消しを認めているので、消費者が支払った金額は全額事業者に請求できる。一方、金融商品販売法においては重要事項の不告知が説明義務違反となり求償権が発生するが、消費者契約法においては不利益事実の不告知については事業者の「故意」が問題とされている(故意の立証は消費者にあると考えられる)など、その要件や効果には若干の食い違いがある。

消費者契約法を金融商品に関する紛争に当てはめた場合については、経済企画庁が発行した文書に事例として取り上げられている。

「(事例4−16)

証券会社の担当者に電話で勧誘されて、外債を購入した。円高にならないと言われたが、円高になった。

(考え方)

将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項(円高になるか否か)について、断定的判断を提供(円高にならないと告げたこと)しているので、第4条第1項第2号の要件に該当し、取消しが認められる。

(事例4−17)

借金して契約しても10年後に利益が出ると言われて、一時払いの終身保険に加入したが、配当が悪く損害が出る。銀行から200万円借りた。その返済額は293万円だが、10年後の満期金が360万円になると勧められた。しかし、予定通りの配当が出なくなり、利息の方が高くなった。

(考え方)

将来におけるその価額、将来における当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項(利益が出るか否か)について、断定的判断を提供(借金して契約しても10年後に利益が出ると告げたこと)しているので、第4条第1項第2号の要件に該当し、取消しが認められる。

(事例4−18)

過去の数値データ等を示しながら、「今まで元本割れしたことはないので、今後も元本割れしないだろう。」といわれたので金融商品を契約したが、元本割れした。

(考え方)

「今後も元本割れしないだろう。」と告げることは断定的判断を提供することにはあたらず、第4条第2項第2号の要件に該当しないので取消しは認められない。」(経済企画庁(2000) 「消費者契約法【事例集】」pp10-11)

上記事例は大変明確に記載されている。判例でもほぼ同じ指摘がなされており、商品販売時に一般的見通しとして情報を提供した場合、結果的にその見通しが外れたとしても、銀行・保険会社は責任を負わない(判例10)としている。また、シミュレーション資料として何種類かの運用レートが示されている資料を示した場合は、将来予測についてもプラス面に比重が置かれるかたちで説明されたであろうとことは想像に難くないが、説明義務を果たしていると認定されている(判例7、10)。

4.3.2時効

また、消費者契約法では、民法の規定に比べると時効期間が短縮されている(民法では取消権の消滅時効は追認しうるときから5年、行為のときから20年で消滅する(民法126条。金融商品商品販売法における損害賠償請求権の時効の規定は民法第724条がそのまま適応される。期間は損害及び加害者を知ったときから3年、不法行為のときから20年)のに対して、消費者契約法では、追認をすることができるときから6ヶ月、消費者契約の締結の時から5年を経過すると消滅する。(消費者契約法第7条)ことも注意を要する。また、これ以外の民法の規定も準用されるので、法定追認の規定も適用される。法定追認とは、取消し可能な行為について、

1.      全部または一部の履行

2.      履行の請求

3.      更改

4.      担保の提供

5.      取り消しうべき行為によって取得した権利の全部または一部の譲渡

6.      強制執行

のいずれかがあった場合には追認したものとみなされる。

取消しできるときとは、取消しの原因たる状況が止んだとき(民法第124条)である。具体的には、消費者が消費者契約法第4条に規定する「誤認」に気付いたとき、あるいは、不退去・監禁などの「困惑」を脱したときである(経済企画庁(2000) 「消費者契約法の解説」p28)。

従って上記事例においても、契約後5年を経過すれば消費者契約法の適用はなくなる。また、消費者が消費者契約(変額保険)につき誤認していたことに気付いてから6ヶ月を経過したり、法定追認とみなされる行為をした場合にも取消権は消滅する。

また、消費者契約法ではひとつの契約に複数の事業者が係る事例に対して特に規定を置いていないので、個別に消費者契約法が適用されると思われる。その場合、融資を行う銀行との契約に対しても消費者契約法は適用されるが、保険契約とは別個の契約とみなされ、保険契約に関する説明義務はないものと思われる。この点は、判例8でも同様に認定されている。

4.3.3説明義務

説明義務については、前記判例のなかでも認められている。金融機関が商品を販売するに際して、説明義務があることは、すでに広く認められている理論であるといってよいと思われる。

新たに制定された金融商品販売法においても、金融商品販売業者等に重要事項の説明義務が課されている(金融商品販売法第3条)が、消費者契約法においては、事業者の努力義務にとどまっている(消費者契約法第3条第1項)。

説明義務の具体的内容については、他業法の例では、宅地建物取引業法第35条において、取引を締結するまでに一定の重要事項を記載した書面を交付した上で宅地建物取引主任者をして説明させなくてはならないと規定している。通常の商品と不動産商品の取引頻度の差を考慮すれば、やむを得ないものかもしれないが、平成10年の段階では国民生活審議会の議論において、事業者に情報提供義務を消費者契約法のなかで明確に位置付ける必要性が強調されている(経済企画庁「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」p14)。さらに、「これに対しては、事業者に新たな義務を課すことになるのではないかという意見があったが、従来、取引におけるメリットだけを表に大きく出して、消費者が自己決定を行う上でメリットと同様に必要なデメリットについては出さない悪質な事業者が往々にして見られるため、重要事項に関する情報の開示を義務づける必要があるのであり、これまで適切な事業活動を行ってきており、消費者に満足が得られている事業者にとっては、新たな義務が課せられるということにはならないと考える」(経済企画庁「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」p14)と明確に断定している。これにかかわらず、実際に公布された消費者契約法第3条第1項において事業者の努力義務にとどまっているのは、消費者保護が大幅に後退したとの印象を持たざるを得ない。

また、いずれの法律においても、金融商品販売業者等/事業者に対して充分な説明をすることを求めているものの、顧客/消費者の理解を確かめることを全く要求していない。このことは、「中間整理(第一次)」において、「取引きルールとして説明義務を考える場合には、「説明すればリスクは移転する」、「説明しなければ移転しない」を基本として」(金融審議会「中間整理(第一次)」p15)いること、「利用者が金融商品の内容すべてについて知ることを想定するのは非現実的である」(金融審議会「中間整理(第一次)」p15)と断じていることからも明らかであろう。

この点については、判例7でも、その説明の範囲、程度については、顧客が必ずしもその仕組みを完全に理解するまでの必要はなく、具体的に相場がいくらになれば顧客の実質負担がいくらになるかということ、先物予約などのヘッジ手段を講ずることによりその時点以降の為替リスクを回避する方法があることについて説明することを要し、それで足りる(仙台地裁 平成7・11・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1444p71)、としている。

また、消費者契約法においてはさらに、「消費者は、消費者契約を締結するに際しては、事業者から提供された情報を活用し、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するように努めるものとする」(消費者契約法第3条第2項 )と、消費者の努力規定まで置いている。もちろん本条項は努力規定であり、「消費者が本条第2項に規定された努力を仮に果たさなかったとしても、本条に基づいて契約の取り消しが認められなくなったり、損害賠償責任が発生したり、過失相殺の判断において法的に影響が及んだりすることはない」(経済企画庁「消費者契約法の解説」p6)とされている。

実際の判例においては、顧客側の努力について、厳しい判断を下しているように思われる。判決自体は顧客側勝訴の判決においても、過失相殺認定の理由とされている。例えば、判例2においては、控訴人(原告)がワラントについての小冊子を受領したり、自らも書店に出向きワラントについて調べようとしたが理解できずにいたにもかかわらず、事態を放置、取引を継続して損害を被ったとして、過失相殺判定における控訴人側の落ち度を認定している(大阪高裁平7・4・20第10民事部判決『判例タイムズ』885号p215)。また、判例9でも、原告側が、保険証券の送付を受けながらその内容を検討せず、原告の1人は保険証券の記載に疑問を抱き問い合わせしたものの、不明確な回答しか受けていないにもかかわらずそれ以上の追求をあきらめてしまったことなどを過失相殺の理由としてあげている(横浜地裁平成8・9・4第5民事部判決『金融法務事情』No.1465,p84)

顧客側敗訴例では、例外なく、顧客側の当該金融商品あるいは金融取引一般に対する知識、経験が問われており、金融機関側の責任を免ずる理由とされている。

4.3.4適合性原理

説明義務は独立して存在するのではなく、適合性原則との関連において捉えるべきであろう。

適合性原則とは「狭義には、一定の利用者に対しては、如何に説明を尽くしても一定の金融商品の販売・勧誘を行ってはならないというルールであり、広義には、利用者の知識・経験、財産力、投資目的等に照らして適合した商品・サービスの販売・勧誘を行わなければならないといったルールを意味する」(金融審議会「中間整理(第一次)」p38)。しかし、例えば不適合とされる利用者がなお取引を希望する場合などにおいては、契約における私的自治の原則等を踏まえれば、「一律に無効とする取り扱いを法令で明示的に規定すること」は難しい(金融審議会「中間整理(第一次)」p17)として金融商品販売法に反映されなかったのは大変残念なことである。

判例7控訴審判決において、狭義の適合性について、「一般に、業者が顧客にある取引を勧誘する際には、顧客の意向と実状に応じた取引を進めなくてはならないことは当然であり、特に金融・証券取引のように専門性及び危険性が高い取引については、適切な勧誘をすべき義務は、信義上認められるべき法的義務と捉えられるべきである」(仙台高裁平成9・2・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1481p59)と判断されている(ただし、本訴訟においては、適合性原則違反はないと判断されている)。しかし、一般的には、適合性違反をもって直接私法上違法とされるわけではなく、説明義務違反を判定する上で勘案されるべきであるとした事例の方が裁判例の大半である(清水 俊彦『投資勧誘と不法行為』判例タイムズ社p318)。

つまり、適合性が高い顧客に対しては、当然説明義務の程度も軽減されると考えられる。このことは、判例4において、「単に控訴人が本件取引当時70歳を超える高齢者であったことの一事をもって」また、「本件取引委前に控訴人がワラント取引の経験がなかったことをもって、本取引が適合性の原則に反するということもできない」(東京高裁平7・5・31第9民事部判決『判例タイムズ』No.897pp144-145)としている。

4.3.5説明の省略

さらに、金融商品販売法第3条第4項第2号では、顧客から重要事項の説明は要しないとの意思の表明があった場合には、重要事項の説明を省略して良い旨規定されている。確かに、実務上、一定の金融取引を反復して行っている顧客に対しては、金融商品販売業者等、顧客ともに重要事項の説明を省略してしまう要求があって当然であろう。しかし、顧客に急いでいるからとか、面倒くさいからややこしい説明は止めてくれ、といわれた場合にも認めてしまうのはいかがなものであろうか。

消費者契約法においても「当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りではない」(消費者契約法第4条第2項)と同様な規定がある。この規定に関しては、消費者が説明を拒否した理由が「説明を受ける時間がない、説明を受けることが面倒である」といった場合でも適用されるとしている(経済企画庁「消費者契約法の解説」p15)。平成10年における国民生活審議会報告においては、情報提供義務を免除されるのは、「単に消費者が情報提供を拒否したというのでは十分ではなく、消費者が自発的かつ十分に理解した上で情報提供を拒否した場合に限るべきである」(経済企画庁「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」p14)と記されているのと比べると、大幅な後退が感じられる。

直接的に顧客側が説明を拒否した、という事例は取り上げた判例の中には見当たらない(そのような事情があれば、公判を維持するのが難しくなるので、訴訟にならなかった、ということも考えられる)。ただ、判例6において、銀行側が、商品の説明を会計士に説明するファックスを送るよう依頼され送付、会計士に対して詳細な説明をすることを伝えたが、原告社長が理解しているのであれば、それでよいと回答を得た例がある(原告敗訴)(東京地裁平成4・6・26民事第18部判決『金融法務事情』No.1333 p46)。

また、説明をする場合の方法については一切触れていない。例えば、現在の条項では電話を通じて説明を加えることも勿論認められるであろうし、書面を交付する方法も認められるであろう。書面を交付する場合には、交付した上で説明を加えなくては一般的には説明をしたことにはならないと思われるが、両法の条項上は認められていると理解される。

4.3.6契約・説明書面

契約・説明書面の交付は両法において義務づけられてはいないが、金融商品取引法においては義務づけてしかるべき条項だと思われる。少なくとも、事後的に契約内容について書面で公布することは義務づけるべきだと思われる。判例となった事例については、投機性の強い取引、あるいは以前経験のなかった取引をするに際して、それ以前の取引とは別個の口座を設ける、改めて取引の意志を確認するなどの手続きを取っている。

8

事例

説明書類及び徴求書類

判例1

ワラントの取引をする旨の確認書(記名押印)
ワラント取引のための口座設定約諾書(記名押印)

判例2

外国新株引受権証券取引説明書
確認書(記名押印)

判例3

説明書
確認書(記名押印)

判例4

外国新株引受権証券取引説明書
確認書(記名押印)
国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(記名押印)

判例5

特に記述無し

判例6

パッケージローンタイムリー導入に関する念書(記名押印)
シミュレーション資料

判例7

A$/円コンビネーションローンのご案内
A$/円コンビネーションローンご確認書(記名押印)
覚書

判例8

変額保険契約の申込書(記名押印)
契約のしおり
保険設計プラン

判例9

銀行借入れ金利用一時払終身保険による相続税納税資金繰りシミュレーション
相続財産概要
変額保険のパンフレット
ご契約のしおり、定款・約款

判例10

パンフレット(保険料を1銭も払わずに、高額の相続税対策ができる理想の相続対策プランが開発されました!)
保険設計書
保険契約申込書(記名押印)

判例11

保障設計書
ご契約のしおり・定款・約款(記名押印)
運用実績表

8は、金融機関が交付した資料、及び、意志確認資料として顧客の記名押印を求めた書類を判決文から抜き出した。判例はいずれも、説明義務について争っており、例えば私文書偽造などによる取引そのものの無効を求めたものはないので、上記以外にも取引に一般的に必要な書類は整っているものと思われる。

8を一覧して分かるとおり、既に金融機関側で、新規・新種取引の開始に当たっては、さまざまな書類を徴求している。むしろ、顧客側が消化不良に陥っていると思われ、この点については、全国銀行協会の通達においても、表現上の留意点として、「(1)契約書は、明確、平易で消費者が理解しやすい表現を用いて作成するべきである。

契約書においては、契約内容を適格に表現するために専門用語を使用せざるを得ない場合もあるが、一般的通念に照らし、消費者がおよそ理解できないような表現がないよう注意すべきである。また、必要に応じて定義規定を設ける等により、消費者の理解を促すよう配慮すべきである。

2)解釈に疑義を生じかねない表現は、消費者との間に無用の混乱や紛争を招きかねず、回避すべきである。

3)契約書の実質的な理解のしやすさを考慮し、一定の活字の大きさの確保を図るとともに、明瞭に印刷されているかに注意すべきである。」(全国銀行協会連合会(1999)「「消費者との契約のあり方に関する留意事項」の制定について」pp4-5)としている。もちろん、本通達は契約書そのものに言及したものであるが、説明書一般に適用すべき条件であることは言うまでもない。

5.結論

今後必要とされるのは、金融機関側に都合による自己防衛のためのコンプライアンスであってはならない。金融機関側の証拠保全の方法としての書類を徴求するだけでは、顧客の理解は得られない。金融商品販売法、消費者契約法制定の長期的な目的は、消費者保護を充実させることにより、消費者をして資本市場に参加せしめ、国民経済の発展を図ることにある。金融機関が顧客に対して行う説明も、書類・資料の交付も、真の意味の消費者保護に資するため、消費者に金融商品の購入に際して理解を得るための説明であり、書類・資料でなくてはならない。

現行法の基でも、金融機関はかなり慎重に金融機関側の責任回避を図るべく、各種書類を徴求していることは、表8からも明らかである。金融商品販売法、消費者契約法の施行後は、さらにこの傾向が強くなることが懸念される。各種書類の徴求が、単なる金融商品販売法、消費者契約法の規定を逃れるための隠れ蓑とならないことを願いたい。

 

 

参考文献

清水 俊彦(1999)『投資勧誘と不法行為』判例タイムズ社

新しい金融の流れに関する懇談会(1998)「論点整理」http://www.mof.go.jp/singikai/nagare/tosin/1a031aa2.htm (2000/09/27)

株式会社バード財産コンサルタンツ(1996)「変額保険は誰の責任?―――リスク管理が一番大事」『バードレポート』第127号 http://www.bird-net.co.jp/rp/BR960909.html (2000/08/02)

中日新聞「「信用」逆手の悪徳商法を断て」1996年9月6日付け社説http://www.chunichi.co.jp/news2/chu/shasetsu/9609/960906sh.htm (2000/08/02)

香月 裕爾(2000) 『改訂 金融コンプライアンスと法令ポイント』 経済法令研究会 

金融庁(2000)「金融商品の販売等に関する法律案要綱」http://www.mof.go.jp/kouan/hou11b.htm (2000/08/02)

金融庁(2000)「金融商品の販売等に関する法律施行令案の公表について」http://www.fsa.com.go.jp/jp/news/newsj/kinyu/f-20001006-1.html (2000/10/17)

金融庁(2000)「金融商品の販売等に関する法律施行令(案)」http://www.fsa.go.jp/news/newsj/kinkyu/f-20001006-1.pdf (2000/10/17)

金融審議会(1999)「中間整理(第一次)」http://www.mof.go.jp/singikai/kinyusin/tosin/kin005.pdf (2000/08/29)

金融審議会(1999)「中間整理(第二次)」http://www.mof.go.jp/singikai/kinyusin/tosin/kin010d.htm (2000/08/29)

経済企画庁(2000) 「消費者契約法の解説」」http://www.epa.gp.jp/2000/c/0605c-abridment.pdf (2000/09/20)

経済企画庁(2000) 「逐条解説 消費者契約法」http://www.epa.gp.jp/2000/c/shouji/keiyakuhou0.pdf (2000/09/20)

経済企画庁(2000) 「消費者契約法【事例集】」http://www.epa.gp.jp/2000/c/shouhi/keiyakuhouex.pdf (2000/09/20)

国民生活センター(1998)「消費者取引に係わる消費者苦情の実態」http://www.kokusen.go.jp/cgi-bin/byteserver.pl/pdf/n-19981026_1.pdf (2000/10/27)

国民生活センター(2000)『「金融商品に係る消費者トラブル問題」調査報告書』国民生活センター

国民生活センター(2000)『消費者生活年報 2000』国民生活センター

松本 恒雄(2000)「消費者契約法、金融商品販売法と金融取引」『金融法務事情』1587:pp6-11

松本 恒雄監修(2000)『金融商品販売法・消費者契約法早わかり』BSIエデュケーション

日本弁護士連合会(1998)「日本版ビッグバン(金融制度改革)に伴う消費者保護方策についての意見書」http://www.nichibenren.or.jp/sengen/iken/980319_2.htm (2000/08/29)

日本弁護士連合会(1999)「新しい金融の流れに関する懇談会「論点整理」に対する意見書」http://www.nichibenren.or.jp/sengen/iken/9901-03.htm (2000/08/29)

日本弁護士連合会(1999)「金融審議会第一部会「中間整理(第一次)」に対する意見書」http://www.nichibenren.or.jp/sengen/iken/9908-06.htm (2000/08/29)

日本弁護士連合会(1998)「銀行取引約定書及び消費者ローン契約書に対する改善提案」http://www.nichibenren.or.jp/sengen/iken/9810-07b.htm (2000/08/29)

日本弁護士連合会(1998)「消費者契約法(仮称)の具体的内容についての国民生活審議会消費者政策部会中間報告に対する意見」http://www.nichibenren.or.jp/sengen/iken/9810-12.htm (2000/08/29)

日本弁護士連合会(1999)「統一消費者信用法の制定に向けて」http://www.nichibenren.or.jp/sengen/iken/9907-01.htm (2000/08/29)

日本弁護士連合会(1999)「消費者契約法日弁連試案」http://www.nichibenren.or.jp/sengen/iken/9910-22.htm (2000/08/29)

西岡尊、小野哲夫監修(1990)『ダイヤモンド ファイナンシャル・プランナー養成講座<第16巻>リスクマネジメント』  ダイヤモンド社

総理府(1998)「「消費者問題に関する世論調査」(平成10年1月)」http://www.sourifu.go.jp/survey/shouhisha.html (2000/10/27)

高畑 拓、高木 宏行(2000)『消費者契約法 金融商品販売法 完全解説』 日本法令

牛越 博文(2000)『日本版金融サービス法』 日本経済新聞社

山田 誠一(2000)「金融商品の販売等に関する法律の成立」『金融法務事情』1590:pp6-17

全国銀行協会連合会(1998)『銀行の社会的責任とコンプライアンスについて』全国銀行協会連合会

全国銀行協会連合会(1999)「「消費者との契約のあり方に関する留意事項」の制定について」http://www.zenginkyo.or.jp/news/news021.htm (2000/08/29)

全国銀行協会連合会(2000)「銀行取引約定書ひな型の廃止と留意事項の作成について」http://www.zenginkyo.or.jp/news/newsgintori.html (2000/09/25)

東京高裁平8・3・18第5民事部判決『判例タイムズ』923号pp146-150

大阪高裁平7・4・20第10民事部判決『判例タイムズ』885号pp207-216

東京高裁平4・3・30第8民事部判決『判例タイムズ』No.885pp216-222

東京高裁平7・5・31第9民事部判決『判例タイムズ』No.897pp144-150

大阪地裁昭和62・1・29第24民事部判決『金融法務事情』No.1149pp44-46

東京地裁平成4・6・26民事第18部判決『金融法務事情』No.1333 pp43−48

仙台地裁平成7・11・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1444pp64-72

仙台高裁平成9・2・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1481pp57-61

東京地裁平成8・7・30民事第25部判決『金融法務事情』No.1465,pp90-109

横浜地裁平成8・9・4第5民事部判決『金融法務事情』No.1465,pp56-89

東京地裁平成8・3・28民事第14部判決 『金融法務事情』No.1465,pp121-130

東京地裁平成7・12・26民事第37部判決(1995) 『金融法務事情』No.1465,pp130-143