ファイナンス(FIN703)1クレジット

投資理論1 リスク

Rushmore University

Global Distance Learning DBA

大國

はじめに

現代のファイナンス理論においては、リスクとリターンの双方を勘案して投資行動を決定することは、常識となっている。しかしながら、ファイナンスの歴史においてリスクをきちんと把握した投資理論が出現したのは、紀元前数千年から貨幣経済が始まっていたことを考えると、ごく最近のことである。本稿においては、リスクに関する歴史的経緯を振り返るとともに、現代金融工学理論をいかに現実の投資を行う際に利用するかを探る。

リスクの歴史的背景

リスクに関する学術的な考察は、17世紀、ルネッサンス期の確率論に始まったとされる。当初の確率論は、主に賭博の結果を予想するという極めて実利的な目的のために発展したものである。その後、「数学者の努力によって情報を整理し、解釈し、また応用するための道具に変えられていった」(Bernstein, Peter L. , AGAINST THE GOD, John Wiley & Sons, Inc. (青山 護訳『リスク 神々への反逆』日本経済新聞社 p17))のである。その発展の結果、確率論からリスク・マネジメントのための計量的技法として応用されるようになり、現在の金融工学へとつながってきたのである。

もちろん、歴史的に見れば賭博の歴史は古く、人類は太古の時代より賭博を楽しんできた。賭博のようないかがわしい行為でなくても、リスクを伴う意思決定(長く厳しさを増す寒気のなか、家族は飢えに苦しんでいる。今狩りに出るべきか待つべきか)は日常茶飯事であったであろう。そして、人々は無意識のうちにリスクとリターンを天秤にかけて決定を下していたのであろう。しかし、そこでは現代的な意味においてリスクをとリターンを分析していたのではない。リスクとリターンを天秤にかけるといっても、適当な計量方法もなく、その意思決定はむしろ将来に対する主観的な信念に基づくものだったのではないだろうか。

現代においてリスク・マネジメントは洗練の度合いを増し、同時に科学的、数学的な装いをまとっている。「「リスク(risk)」という言葉は、イタリア語のrisicareという言葉に由来する。この言葉は、「勇気を持って試みる」という意味を持っている」(Bernstein, Peter L. , AGAINST THE GOD, John Wiley & Sons, Inc. (青山 護訳『リスク 神々への反逆』日本経済新聞社 p23))そうである。現代のリスク・マネジメント手法は我々が意思決定をする際に、魔法の杖たりうるのであろうか。

リスクの範囲

上記狩の例では、リスクといっても、かなり広い概念を含んでいる。確かに、それまでは狩に出れば、ある程度の獲物が期待できたかもしれない。今回も同じかもしれない。ところが、今だ経験したことのない寒気が押し寄せてきた。もしかすると、氷河期のような環境そのものが変わってしまう事態が起きているのかもしれない。その場合、それまでに蓄積してきた経験則が当てはまらなくなってしまう。

金融工学などで取り扱うリスクは主に事前に確率分布が分かっている不確実性を取り扱っている。つまり、今まで狩に出ればどの程度の獲物が捕れたかという経験則が生きる世界である。環境そのものが変わってしまうようなリスクについては、取り扱っていない。この範疇には、経済、あるいは人類の存亡を揺るがすような危機的状況を含むことはもちろんである。それだけではなく、ずっと小規模な経済的事象、例えば税制の変更なども、金融取引の収益に甚大な影響をもたらすものの、金融工学では取り扱わないのが一般的である。

従って、金融工学においてヘッジをする場合にも、あらゆる事態に対するヘッジを行うわけではなく(どのような事態が起こっても原資産の価値を維持するヘッジなど不可能である)、特定の変数がある範囲で変動した場合に対して有効なヘッジを行っているのである。従って、いわゆるデリバティブ商品のヘッジにおいては、一回ヘッジをかけてしまえば以後ヘッジの調整が必要ない(これを静的ヘッジ、static hedgeなどと呼ぶ)場合はあまりなく、相場の変動とともにヘッジの調整が必要となる(動的ヘッジ、dynamic hedge)場合がほとんどである。

リスクの計量方法

投資を評価する際に用いられる尺度は、期待値と分散である。投資に対するリターンは一定していないであろう。期待値とは、ある投資が平均してどの程度のリターンをもたらすかを示している。例えば、1年を期限とする投資を考える。1年で満期を迎える国債を購入すれば、あるリターンが確実に(最近日本の国債は格下げされている。言い換えればデフォルト・リスクが高まっているが、ここでは、日本におけるリスク・フリー投資の例として国債を取り上げる)帰ってくる。これに対して、ある1年ものの投資信託などに資金を投入するとすれば、より高いリターンを期待できる一方、損失をこうむる場合もあるであろう。つまり、期待値の回りにある確率を持って散らばっている。この散らばり具合を示す指標が分散である。

数学的には、 で表される(は変量、は平均、は変量の個数)。また、分散の平方根のことを標準偏差と呼ぶ。

分散の大小と分布の形状は図1に模式的に表されている(この場合、暗黙の了解として、双方の分布形状が正規分布にしたがっているものとして取り扱っている)。分散が小さければ、期待されるリターンは期待値の回りに分布するのに対して、分散が大きい場合には、期待値を大きく外れる場合も多くなる。国債のように、リスクがない場合には、期待値上にのみ分布することになる。

1 分散の大小と分布

リスクと期待値

1の例では、なんの断りもなく、リスクの大きい投資をした場合(大きな分散を示す)とリスクの小さな投資をした場合(小さな分散)のリターンの期待値が同じであると設定した。

期待値が同じ投資に関する2つの選択肢があるものとする。

[選択肢A] 期末の資産額が2分の1の確率で1000万円となるが、2分の1の確率でゼロとなる。

[選択肢B] 期末資産学は確実に500万円となる。」(野口 悠紀雄、藤井 眞理子『金融工学』p16)

Aはリスクの大きな資産であり、Bは安全な資産である。期待値は同じ500万円であるが、普通の人はBの資産を選ぶとされている(同前p18)。つまり、通常の人は、危険回避的な行動を取るとされている。

ただし、それではリスクの大きな資産、例えば株などに投資する人が少なくなってしまう。そこで、危険資産には、リスクに見合ったプレミアムが付与される。上記の例でいえば、選択肢Aにおいて、1000万円になる確率が例えば60%に、ゼロになる確率が40%になるのである。この場合、期待値は600万円になる。どの程度のプレミアムが付与されるかは、市場が決定する。上記投資がある企業がプロジェクトを実現するために出資を募っているのだとすれば、その企業が必要とする資金を市場から集められるまでリスク・プレミアムは上昇するのである。

リスクと分散

一般的にリスクの尺度として、分散が用いられる。分散が大きい方がリスクが高いとされる。

しかし、分散が大きいということは、悪くなる確率も高い代わりによくなる場合も多いのではないか。図1の例では、いずれにしても、期待値は同じである。それにもかかわらず、選択肢Bが、リスクが小さいとして選好される理由はどこにあるのであろうか。

選択肢Bにおいて、資産が増える確率と減る確率は、ちょうど同じであった。ところが、そのことによって増減する経済的効用は同じではないとされる。上記の例では、資産額が500万円から1000万円に増えたことによって増加する効用の増加分より、資産が500万円からゼロになることによって失われる効用の減少分の方が大きいとされている。従って、選択肢Bが選好されるのである。

このことは、限界効用逓減の法則から導かれるとしている。限界効用が逓減する場合には、資産の増加によって得られる限界的(追加的)な効用は減少していく。「つまり、1000万円から得られる効用は500万円の効用より高いのだが、それよりも、資産がゼロになってしまう事態が重く評価されるのである。一般に、限界効用が逓減的であるような効用関数を持つ人は、危険回避的(risk averse)になる」(同前p19)のである。

ただし、個々人の投資行動が常に危険回避的であるかどうかは、質問の仕方によっては、異なった結果を生むことがあるので、注意が必要であろう。エバンスキーが、実務の中で使う最も効果的な質問として、次のようなものをあげている。

「あなたは2つの選択肢のうち、どちらがすきですか?

A.        8万ドルを手に入れる。

B.        10万ドル手に入れる確率が80%ある。

次に、もう2つの選択肢を付け足す。

A.        8万ドル損する。

B.        10万ドル損する確率が80%ある。

ほとんどの場合、われわれのクライアントは1番目の質問に対してAを選び、2番目の質問に対してBを選ぶ。彼らは金持ちになるためのリスクはとりたがらないが、貧乏になることを避けるためにはリスクを取ることが明らかに示されている。」(Evansky, Harold R. , THE WEALTH MANAGEMENT, McGraw-Hill Companies, Inc. (三原 淳雄/北山 雅一訳『ウェルス・マネジメント』p43))

もしそうであるならば、効用曲線は、単純な逓減曲線(凹曲線、strictly concave)ではなく、S字型曲線(準凹曲線、quasi concave)を描いているのかもしれない。あるいは、全く違った形状をしていることも考えられる。ただし、エバンスキーは学者ではなく、成功したファイナンシャル・プランナーである。上記のような質問を実際に顧客に対して行うのであるが、それは必ずしも顧客のリスク許容度を測るために行うのではなく、顧客にエバンスキーの事務所が行っている投資戦略を受け入れさせるための教育の一環として行っていることに注意が必要である。顧客が必ずしも一貫した姿勢で投資しているのでないことを、顧客自身に分からせる目的で上記のような質問をしているのである。

いずれにしても、エバンスキーの例は、実際に投資を行う人間の行動パターンが経済学に規定されている経済合理性とは必ずしも一致しないことを示しているといえるだろう。

分散投資の理論

投資にリスクはつき物である。しかし、投資家はリスクを求めて投資をするわけではなく、リターンを求めて投資するのである。同じリターンを期待できるのであれば、リスクが小さい投資が選好されることは、当然であろう。

分散投資をすることによってリスクを減らしつつ高いリターンを実現できることを証明したのが、1990年度のノーベル経済学賞を受賞したハリー・マーコビッツである。

分散投資の効果を示すために、2つしか会社がない離れ小島の例を考えてみる。(Malkiel, Burton G. , A Random Walk Down Wall Street,(井出 正介訳『ウォール街のランダム・ウォーカー』p277))第1の企業は、ビーチ、テニスコート、ゴルフコースなどを経営するリゾート企業である。第2の企業は傘のメーカーである。両社とも企業業績は天候に左右される。表1にそれぞれの季節に期待される業績が示されている。雨の季節には傘メーカーが繁盛し、晴れの季節にはリゾート企業が繁盛する。

1

 

傘メーカー

リゾート企業

雨の季節

50%

25%

晴れの季節

25%

50%

また、この島では晴れと雨の確率がそれぞれ2分の1であるとする。

これから晴れるか雨が降るか予想がつかないとした場合、投資家がこの2つの企業のいずれを選択しても、期待されるリターンは12.5%である。しかし、実現する天候によって、投資結果は大きく異なる。天候の予想が当たれば高い収益を実現できる一方、外れる場合は元本を割り込んでしまう。

それぞれの企業に投資するのではなく、投資金額を半分にして、傘メーカーとリゾート企業に投資するとどうなるであろうか。この場合、期待収益は12.5%で全く変わらないものの、晴れても降っても一定のリターンを実現するポートフォリオを構成できるのである。

上記の例は、離れ小島に企業が2つしかなく、雨と晴れという2つの天気しかない、極端な仮定を置いている。また、その企業業績も完全な逆相関を描いている(数学的には相関係数が−1)。実際には完全な逆相関をしている投資対象を見つけることは不可能であろう。しかし、マーコビッツは、完全に同じ動きをする投資対象(相関係数が1)でない限り、分散投資をすることによってリスクを減らせる(分散を小さくする)ことを示した。

ただし、分散投資によっても、投資のリスクを完全に取り除くことはできない。上記の例でいえば、天候に対するリスクは分散投資を行うことによって確かに減少させることができた。しかし、島の経済が不況に陥り、雨が降っても傘を買わず、晴れても遊ばなくなった場合には、いかに分散投資を行ったとしても、対処不可能である。通常、分散投資によって排除することができるリスクを非市場リスク、排除できないリスクを市場リスクと呼んでいる。

また、ドル・コスト平均法に代表される、投資を一時に行うのではなく、小額に分けて投資していく方法も、有効にリスクを減少させることが知られている。時間的に購入時期を分散させることができるため、一時的な高値のときに金融商品を取得してしまうことを防いでくれるのである。特に、長期的に投資することが予定されている資金を運用する際には、有効な方法といえるであろう。

リスクの測定

リスクは分散(もしくは標準偏差)で与えられるとした。金融商品の分散は、確かに日々の値動きを統計的に処理することによって与えられる。しかし、そのような歴史的データを測定することによって得られた数値を、無条件に未来に向かって構築するポートフォリオの選択に使うことが適切であるのだろうか。

個別商品に対してオプション相場が成立している場合には、オプション価格からボラティリティーが得られる。ボラティリティーとは、実はその商品の値動きの標準偏差に他ならない。ところで、このボラティリティーには、過去のデータから与えられるヒストリカル・ボラティリティー、実際にオプション価格を計算するときに使われるマーケット・ボラティリティーとがある。マーケット・ボラティリティーは、その商品が将来どのような値動きをするかを予測したものであるから、その数値自体に理論的根拠があるわけではなく、あくまでも市場で決定された数値である。また、効率的市場仮説からは、そのような市場価格は、過去の経緯には関係なくランダムに動くとされている。

また、オプションのボラティリティーなどは、オプション期間によって異なっているのが普通である。また、オプションのデルタによってボラティリティーが異なる、スマイルといった現象も知られている。従って、ある商品の分散を知りたいと思っても、統計の取り方によって多様な数値が得られるのである。

また、リスクの尺度として分散を使うことについても、投資においてはリターンが期待より高い分には全く問題にならないのであるから、ダウンサイド・リスクのみを考慮した半分散を使うべきだといった理論もある(Evansky, Harold R. , THE WEALTH MANAGEMENT, (三原 淳雄/北山 雅一訳『ウェルス・マネジメント』pp115-116))。

簡単にリスクの尺度として分散(標準偏差)を使うといっても、実際に適用するには、さまざまなハードルがあることを忘れてはいけない。

結論

現代の投資理論は数学を多用して、驚くほど明確にリスクを最小にした最適なポートフォリオを提供してくれるように見える。しかしながら、実際の投資に適用する場合には、リスクの測定の項でも触れたとおり、統計の取り方によって違った数値を取りうるなどの問題がある。使用する数値が異なれば、当然異なったポートフォリオが導かれてしまう。

金融工学は決してベストな投資方法、投資対象を教えてくれるわけではない。ある限られた条件のもとで、最も好ましい組み合わせの選択を与えてくれるだけである。「金融工学は、金持ちになる方法を与えていないのである」(野口 悠紀雄『金融工学、こんなに面白いp12)。また、現代の金融工学は高度な数学をベースにしている場合が多く、一般的に理解が容易であるとは言えない。しかし、投資を行う際に、極めて有効な示唆を与えてくれることもまた事実である。

本稿において紹介した分散以外にも、数多くのリスクの指標が存在する。しかし、最先端の金融工学においても、完全なリスクの尺度は存在しない。従って、投資家は投資するに際して、事故の責任において、数多く存在するリスクの尺度の中から投資目的、投資対象などに見合った指標を選択しなくてはいけないのである。

 

 

参考文献

Bernstein, Peter L. (1996), AGAINST THE GOD, John Wiley & Sons, Inc. (青山 護訳(1998)『リスク 神々への反逆』日本経済新聞社 )

Evansky, Harold R. (1997), THE WEALTH MANAGEMENT, McGraw-Hill Companies, Inc. (三原 淳雄/北山 雅一訳(1999)『ウェルス・マネジメント』ダイヤモンド社)

國友 直人(1994)『現代統計学 [上・下]』日経文庫

Malkiel, Burton G. (1999), A Random Walk Down Wall Street, W. W. Norton & Company, Inc.(井出 正介訳(1999)『ウォール街のランダム・ウォーカー』日本経済新聞社)

野口 悠紀雄、藤井 眞理子(2000)『金融工学』ダイヤモンド社

野口 悠紀雄(2000)『金融工学、こんなに面白い』文芸春秋

安川 正彬(1965)『統計学入門[基礎編]』日経文庫