2023年.12月

長野まゆみ『ゴッホの耳とひまわり』講談社

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ゴッホの犬と耳とひまわり [ 長野 まゆみ ]
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日本人ってゴッホが好きだから、またまたゴッホを題材にした小説が出たんだ、と思いましたが、いささか趣が違いました。

話は、Vincent van Goghと署名のある家計簿が見つかった、というところから始まるのですが、物語が展開していく途中でありとあらゆる蘊蓄がこれでもか、と登場します。「台所で小説を書いて、ベストセラー作家になったマーガレット・キッチン(しかも本名)のような例がなくもない」ですって。知らんわ。で、こんな感じの蘊蓄が物語本体との関係のあるなし(濃淡かな)に関係なく延々と続きます。こういう文章が嫌いな方には読み進めるのが極めて苦痛な文章でしょう。私?嫌いじゃなかったですよ。お嫌いでない方はどうぞ。

 

 

大内 孝夫『音大崩壊』YAMAHA

著者の大内さんは現在名古屋芸術大学芸術学部教授ですが、もともとはメガバンク勤務のサラリーマン。銀行支店長や銀行等保有株式取得機構運営企画室長(銀行に勤めたこともある私でも何やってるのか全く知らんわ)を務められたそうですから、銀行員としては順調なキャリアを積まれたようです。それが美大の教授に?うらやましい。

ところで、音大の生徒数は、1990年から2000年ごろまでは22,000人程度だったそうですが、2020年には16,000人を割り込んでしまっています。特に女子学生の減少が著しいようです。なぜこうなったのか、本書で大内さんがかなり詳しく記述していますので、ご参照いただきたいと思いますが、私が面白いと思ったのは、その先。

問題が明らかになっても従来の指導方針(一般企業であれば経営方針に近いのではないしょうか)を変えられない、などは昨今の経営破綻を来した企業などを見れば共通した問題点を見出すことができます。

音楽大学の中には、クラシック一辺倒を排し、ミュージカル、ロック、ダンス、声優アニメソングなど新しいコースを開設したり、あるいは舞台裏を支えるアートマネジメントを正式にコースに取り入れたり、といった大学もあるそうです。今までのようなクラシック音楽を至高のものとして崇め奉っていては大学の存続にも関わるはずですが、今まで自分たちのレゾンデートルとしていたことを見直すのはいつの時代でも誰にとっても並大抵のことではないようですね。

中世のヨーロッパにおける大学では音楽は算術、幾何学、天文学などと並んで基礎的学問領域のひとつとして教えられていました。まあ、今ではそんなことありませんが。音楽とか音ってのはギリシアの昔から宇宙の神秘のひとつだと思われていたみたいです。弦楽器で弦の長さを半分にすると1オクターブ上になりますが、また同じ音階が始まる、なんて、なぜ、と考えると不思議ですよね。宇宙の神秘か神の神秘、の一端でしょうか。

そんな音楽という抽象的な現象である音を使って芸術なんてものを表現する音楽家って、大体において頭が良いような気がします。小学校あたりで休み時間にピアノをさらさら弾いちゃってる子って大体成績もよかったもんね。大内さんも『「音大卒」の戦い方』なんて本も書かれてます。

あと、音楽って聴衆がいて初めて成り立つものだ、なんてことも指摘しています。ある役者さんも同じようなことを初日挨拶で言っていました。誰も見ていない映画ってのは単なる映像であって、観客に見てもらって初めて映画になるんだって。音楽だって、文字通り音を楽しむ聴衆がいて初めて音楽になるんです。とすれば、音楽家を育てる教育ばかりではなく、それを楽しむ聴衆を育てる教育だって重要でしょう。そのために学校教育ってのは重要でしょう。でも、今の日本じゃ……。教育についてはKダブシャインさんの『Kダブシャインの学問のすゝめ』なんて本もご紹介予定です。

アメリカではオバマ政権のダンカン教育長官が「グローバル経済において、創造性は不可欠のものである」「創造性を育成するもっともよい方法は芸術教育を通じたものである」なんて言っていたそうですよ。でも、日本の現状は「幼稚園は文部科学省、保育園は厚生労働省、新たに作られた認定こども園は内角府が所管する」というビジョンなんて微塵も感じられない状態なんですよ。どうしましょう。

音楽を通していろいろと考えさせられる一冊でした。

 

 

侘美英俊マンガでわかる!音楽理論 1 2 3』リットーミュージック

私は音楽は好きですが、還暦もとっくに過ぎた今になって音楽理論を基礎から学ぶ、なんてのはいくら何でも敷居が高すぎます。で、「マンガでわかる」なんて書いてあって敷居の低そうな本書を手に取ってみました。

私だって洋楽器(ギター、ピアノ)から和楽器(尺八!!)まで経験がありますし……って自慢できるほどの経験があるわけじゃないんですが、人間、長くやってりゃいろんな無駄な知識も増えます。音楽に関してだって耳だけは肥っちゃいます。てか、耳年増ですね。というところで、あらためて音楽の専門家の手になる本書なぞを読みますと、あ、なるほどそういうことだったのか、なんてことが沢山ありました。

老後、改めて音楽を楽しむために、本書のような初歩から学べる本を手に取ってみるのも一興でしょう。面白かったですよ。でも、私にはこの本でも結構難しかったなあ……。まあ、音楽の専門家になろうとしている訳じゃないんだから、まあ、こんな感じ、程度でも良いことにしましょう、ね。

 

 

佐藤 直樹東京藝大で教わる西洋美術の見かた 基礎から身につく「大人の教養」』世界文化社

著者の佐藤さんは現役の藝大の准教授。藝大の学生なんて半分美術の玄人。普通の美術の通史なんて知ってるよ、って感じでしょう。そんな学生相手に「美術史概観」を教えている佐藤さんが、「藝大で学ぶ美術史」とはどんなものなのか、の一端を明かしたのが本書。ちょっと覗いてみますか。

「ルネサンスは、東洋にはみられない西洋独自の最大の特徴なのです」ですって。何のこっちゃ……、ま、読んでみましょう。

 

 

恩田陸祝祭と予感』幻冬舎文庫

以前本書評でも取り上げた『蜜蜂と遠雷のスピンオフ短編集です。プラス大好評だった『蜜蜂と遠雷』に関連して、作品に登場した曲を紹介したコンピレーションCDが出された際にライナーノーツに収められたエッセイなどをまとめたものです。

おそらく、『蜜蜂と遠雷』執筆時にはほぼ構想はまとまっていたものの、『蜜蜂と遠雷』というひとつの作品としてみた場合に不要であるとして削除してしまったエピソードを、ボツにするには忍びない、なんてことで別作品としてまとめたのでしょう。

小説家というものは、執筆過程に関することをあまり大っぴらに公表したりしていないと思うのですが、本書で恩田さんは『蜜蜂と遠雷』の4人の登場人物がコンサートで弾く自由曲を何にするか、それこそ何年にも渡って悩みまくった、なんてことを告白されています。大体、『蜜蜂と遠雷』に登場する国際ピアノ・コンクールのモデルとなった浜松国際ピアノコンクールに10年にも渡って通い、取材したのだそうです。おそらくほかの作品の執筆と並行して構想を温めていたのだと思いますが、小説家って商売、なかなか大変そうです。

あと、『蜜蜂と遠雷』の書評にも書きましたが、登場する音楽を聴きながら本を読むという方が、私以外にも多数いらっしゃったとのことで、私も意を強くしました。

 

 

2023年11月

大竹 晋「悟り体験」を読む 大乗仏教で覚醒した人々』新潮選書

本書で採り上げられているのは大乗仏教の覚醒体験(悟り)です。ですから、それ以外の仏教、あるいはそれ以外の宗教における覚醒体験はそもそも本書には取り上げられてはいません。

大乗仏教における覚醒体験(悟り)も、その体験が本人の生前に公開されることが一般的になってきたのは、実は現代になって、しかも日本において、なのだそうです。あれま。

大竹さん本人も、自身は悟り体験者ではないと書かれています。ですから、それを悟り体験者でもない私が読んでもやっぱり悟りとは何か、どんなものなのかについては分からない、隔靴掻痒を通り越して鉄筋コンクリートのビルの外側から痒い所を掻いている、という感じがしました。残念。

 

 

カルロ・ロヴェッリ 冨永星訳『時間は存在しないNHK出版

私たちは時間とは過去から未来へと流れているもの、と理解しています。が、現在の物理学の理解するところ、それは正しくないのだそうです。

エントロピーは常に増大することになっていますが、なぜ常に増大するんでしょうか。もしそうだとすると、世界は、昔は秩序だっていたのに、最近の世の中は乱れてる、最近の若いもんはけしからん、なんてことでエントロピーは増大したのでしょうか。絶対違うわな。

思考実験としてロヴェッリさんは、地球から約4光年先の太陽系外惑星プロクシマ・ケンタウリbにいるお姉さんを観察するあなたを例として採り上げられています。この時、「お姉さんは今、プロクシマ・ケンタウリbで何をしていますか」という質問は、「その質問には意味がない」としか答えようがないことが示されています。だって、光が届くのにだって4年かかるんですから。で、あーだからこうで……、これ以上の細かいことは本書をお読みくださいね。私には上手く説明する自信がありません。

で、こんなことを突き詰めて考えていくと、時間における過去、現在、未来の区別はなくなってしまうのだそうです。ありゃ。名探偵コナンが困っちゃうんじゃない?

『時間は存在しない』というのが本書の題名です。でも、この本の中でロヴェッリさんは若き日の自分が物理学のグルともいえる師に出会った時のことを懐かし気に振り返っています。あれ、時間って存在しないんじゃないの?でも、そうすると、自分の思い出って何なの?

実はこのような事例について本書後半の章で説明は加えられています。「コンヌが示したものは、ある量子系において異なるマクロ状態によって定まる熱流が、いくつかの内部対称性の自由度を別にして等価であり、まさしくコンヌ・フローを形成するという事実だったからだ」うーん、私には理解不能だわ。

でも、間違いなく知的興奮を掻き立てる一冊でした。

 

 

Carl Johan Calleman 洋書 Bear & Company Paperback, Quantum Science of Psychedelics: The Pineal Gland, Multidimensional Reality, and Mayan CosmologyBear & Company

以前『The Global Mind and the Rise of Civilizationと『The Nine Waves of Creation: Quantum Physics, Holographic Evolution, and the Destiny of Humanity』をご紹介したコールマンさんの新作です。以前より「The Paradigm Shift Trilogy」と言っていましたので、その3冊目、でしょう。

マヤの暦によれば2012年に世界は終わる、とマヤ暦を解釈、思いっきり外れちゃって信用がた落ちのコールマンさんですが、最近では再解釈を行い、私たちは新しい多元宇宙に生きるべく変容を遂げている最中なのだそうです。で、サイケデリックが多元宇宙とか9次元世界、あるいは変性意識への入り口なんだそうです。なぜ唐突にサイケデリック?

サイケデリックっていわゆるサイケデリックなデザイン、みたいなときに使われる意味と、もう一つ別な意味(日本語の訳語)がありますので辞書でご確認ください。でも、サイケデリックなんて表現が流行ったのはヒッピー文化全盛のころですよね。コールマンさん自身癌の専門家でもあったようですので、薬学に関する専門的知識も有するようで、本書でも結構詳しい解説がなされています。ま、そこから先は個人的にご確認くださいね。不特定多数の方がご覧になるであろう本書評では控えておきます。

 

 

Carl Johan Calleman The Living Universe. The New Theory of Origins: Explaining Consciousness, the Big Bang, Fine-tuning, Dark Matter, the Evolution of Life and Human History.【電子書籍】Mayacal Pulishing

前作を紹介しないうちに次の本が出てしまいました。早く読まなきゃ。

コールマンさんはマヤのカレンダーを研究、2011年に地球は滅びると予言したんですが、なんだこりゃ、になっちゃった方です。ま、その後は解釈を修正してるみたいですが。そこら辺は前書『Quantum Science of Psychedelics』などをご参照下さい。

本書の副題は『The New Theory of OriginsExplaining consciouses, the Big Bang, Fine-tuning, “Dark Matter”, the Evolution of Life and Human History』というものです。物理学における大統一理論はまだ未完成のようですが、コールマンさんはそれを上回る万物の原理(Theory of Everything)を提唱しようとしてるみたいです(MQTMacrocosmic Quantum Theoryですって)。その万物の原理を以て、意識の起源、生命の起源、宇宙の起源が明らかになるらしいです。私の知力と英語力を以てしてはいまいちよく分かりませんでしたが、ま、そういうことらしいです。

有名なラスコーの壁画では上下関係とか無視して動物の絵が描かれていたのが、エジプト時代ぐらいになると大きさとかも考慮された枠のある絵、つまり上下左右の秩序などが表れるようになり、その後またもや同時期に世界各地で独立して文字が発明された、なんて聞くと、そう言われてみればそうだな、なんて考えさせられます。いささかぶっ飛んだコールマン理論ですが、信じる信じないはあなた次第……。

 

 

2023年10月

田 文夫音楽は何語? 日本人はクラシック音楽をどう把握するか』メトロポリタンプレス

著者の傳田文夫さんの経歴は「国立音楽大学卒業(器楽科クラリネット専攻)。洗足学園大学音楽学部クラリネット科講師」なんていう経歴からは音楽の専門家なのかな、とも思いますが、聴覚関係の事業(()傳田聴覚システム研究所)も行っている方です。

実は私もこの会社の製品を使っていたのですが、本書を読んで初めて気が付きました。USB接続の小さなヘッドホンアンプなんですが、元々の開発の目的は聴覚神経を刺激・訓練することにより語学や音楽の才能を開花させる、なんていう、ちょっとあっち系の目的のために作られたらしい製品です。開発目的とはやや異なるのですが、コンピュータ接続のオーディオをやっている人間の間では小っちゃくて安いけど音の良いヘッドホンアンプとして有名でした。こんな高音質ヘッドホンアンプを開発する必要があったのはなぜか、なんてことも本書にヒントが隠されています。

本書にも出てきますが、日本人は虫の音に音楽を感じる唯一の民族だとも言われます。でもねえ、イタリアのルネサンス時代の歌曲にEl Grilloなんて歌があります。歌詞は「El grillo è buon cantore」、コオロギさんは歌がお上手、なんて意味です。イタリア人も虫の音に音楽を感じてるみたいですねえ。ディズニーのピノキオに出てくるジミニー・クリケットだってコオロギだし。あ、原作者はイタリア人だ!日本人とイタリア人は……。

純粋に音楽の専門家として音楽あるいは音自体を追求していった結果が思いもよらなかった真実を明らかにしてしまったようです。いやあ、面白かった。

 

 

リディア・パイン 菅野楽章訳『ホンモノの偽物 模造と真作をめぐる8つの奇妙な物語』亜紀書房

本書でも採り上げられているように、現在では数多くの宝石が人工的に作れるようになりました。長らくダイヤモンドは高温高圧でないとできないので難しい、とされていましたが、現在では本物と同じ炭素の結晶の人工ダイヤモンドの製造が可能になっています。また、エメラルド、サファイア、アレクサンドラライト、水晶など様々な宝石において物質的組成において本物と同じ人工的な鉱物が製造できるようになりました。これ、偽物なんでしょうか。

こんなニセモノとホンモノ(中には、大自然を題材にしたドキュメンタリー作品を取り上げた章もあります。有名なレミングの集団自殺は本当なのか……は本書をお読みください)に関するお話を集めたノンフィクションです。フェイク・ニュースが流行語になる現在、フェイクとは何か、ホンモノとは何かを考える良い機会ではないでしょうか。

 

 

小川 敦夫美術の経済 “名画”を生み出すお金の話』インプレス

「美術品市場では、良質の作品は不況に強いと言われる。美術の価値は普遍的なものゆえ、仮にある国の経済力が落ちてもほかの公共な国での需要が必ずあって、価格が下落しにくいという考え方による」って「おわりに」に書いてあります。ま、嘘だ、とは言いませんが、本当とも言い難いんではないでしょうかねえ。

本書は本書の題名が明示している通り、美術品についてのお話です。

美術品の場合、一品性が強く、そのため作者本人が死亡すると値段が上がる、なんて現象が起きることが知られています。でも、芸術の範疇でも、例えば文学とか、音楽、なんていうと大分違った印象があります。

文学なんかですとかなり流行り廃りが激しく、下手をすると作者本人が生きているうちに時代遅れになって、あの人は今状態になることも珍しくありません。確かモームの小説にもそんな題材のお話がありましたよね。

音楽だって、今でこそ録音技術(と著作権法)が大きく発達したのでお金持ちの音楽家も珍しくなくなりましたが、つい100年ほど前までは、音楽家ってのは実演をしなくてはお金がもらえませんでした。おまけに演奏会でいつも同じ音楽をやってお金をもらうわけにもいきませんでしたので、頻繁に新作を書かなくてはいけなかったそうです。新作をガンガン書いて、ってことは古いものは忘れられる、ってことでしょう。だから音楽家ってのは貧乏なんだ、ってある指揮者(有名な方ではありません)が言ってました。

絵画だって、流行り廃りがあるんじゃないですか。日本でも近年屏風とか掛け軸は人気がないそうです。理由はそんなもの置く場所がないから。これだって立派な流行り廃りでしょう。値段が下がらないからインフレ対策に絵を買うんだ、なんてのはよした方がいいと思うんですが、どうでしょうかねえ。

 

 

原田マハCONTACT ART 原田マハの名画鑑賞術』幻冬舎

「日本は世界的に見ても美術大国」なのだそうです。「こんなにたくさんの美術館に大切な宝物がるのにアプローチしないのはもったいなさすぎます」だそうです。でも、美術品を正しく鑑賞するには、あーして、こーして、ま、そのうちめんどーくせーな,ってなるんです。本当に必要なの? 原田さんは「「見に行ってください」。ただそれだけなのです」と書いています。あれやこれやを考えるのは後でいい、ってことでしょう。

本書で原田さんは日本の美術館が所蔵する(つまり私たちでも見に行こうと思えば簡単に見に行ける常設展に展示してある)1枚の絵(絵画作品以外も紹介されています)を採り上げ、その絵を見る(原田さんはコンタクトという語を意識的に使っていますね)にあたって参考になるであろう絵などの図版に加え時代背景なども交えた解説を加えています。原田さんは、絵の解説に関しては本職のキュレーターでしたので大変的確ですが、決して押しつけがましくはなっていません。

 

原田マハ原田マハ、アートの達人に会いにいく』新潮社

本書は雑誌「芸術新潮」の連載企画として原田さんが様々なアートの達人たちにインタビューするというコーナーをまとめて書籍化したものです。原田さんの『CONTACT ART 原田マハの名画鑑賞術』が作品に注目しているのに対して、こちらはアーティスト本人、“アートの達人”に焦点を当てています。

アートの達人と言っても私たちがいわゆる芸術家という言葉から連想する画家とか彫刻家ばかりではなく、マンガ家、文芸評論家、建築家、キュレーター、音楽家、コレクター、俳優、詩人などなどさまざまな分野のアートの達人たちにインタビューしています。原田さん自身キュレ−ター、小説家、エッセイストなどさまざまな肩書・側面を持った方ですので、様々な分野のアートの達人たちの魅力をいろいろな角度から存分に引き出しています。こんな多分野の方々とのインタビューを言葉にするなんて、さすがは原田さん。面白かったですよ。皆様もぜひご一読を。

 

 

2023年9月 

坂口 安吾堕落論/日本文化私観 他二十二篇』岩波文庫

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堕落論/日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫) [ 坂口安吾 ]
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1946年に発表された『堕落論』によって一躍時代の寵児となった坂口安吾ですが、小説のみならずエッセイの類でも高い評価を受けています。本書はそんな坂口安吾の表題作及び、1936年に発表されたブルーノ・タウトの『日本文化私観』に刺激を受けたと思しき坂口版『日本文化私観』他22篇が収められています。

大日本帝国の太平洋戦争敗戦直後に書かれた本書ですから、戦時体制、軍部・軍人に対する批判も多く見られるのは当然でしょう。ただ、坂口安吾としては、暗黒の戦争は終わりました、素晴らしい民主主義の時代が来ました、と楽観している訳でもないようです。「日本に必要なのは制度や政治の確立よりも先ず自我の確立だ」と咢堂小論の中で指摘しています。この文が書かれてから70年以上が経ちましたが、果たして日本人は自我を確立出来たのでしょうか。昨今の政治に鑑みるに、私はかなり怪しいものだと思いますが、皆様はいかが思われますでしょうか。

現在でも全く古びていない堕落論。皆様も是非ご一読を。

 

 

石 平中国共産党暗黒の百年史 文庫版』飛鳥新社

20217月、中国共産党は結党百周年を祝いました。最近の中国共産党政府はその覇権的野心(「中華民族の偉大なる復興」)を隠さなくなりました。中国共産党は人類に災いをもたらすのでしょうか、それとも明るい未来をもたらすのでしょうか。

戦後期の日本において、日本のいわゆる進歩的知識人は、人民革命により民主社会主義国家を作り上げた中国はあこがれの的でした。アイドルですからアバタもエクボ状態。文化大革命期の下放政策なんか礼賛の的でしたねえ。今、どう思ってるんでしょうか。人を見る目がなかったんですかね。

そんな中国共産党の百年に渡る暗黒の歴史を石平さんが明らかにします。ま、私は日本人ですので、中国共産党の内部闘争史にはれほど興味がありませんが、その歴史の最後の方に登場する習近平さんの記述には興味がもてました。何たって現在進行形ですからねえ。これからやりそうな事も今までの行動を分析すれば少しは見えて来るんじゃないですか。

ま、日本の政治家に碌な人物がいるとも思えませんが、中国でもひどいみたいですねえ。もっとも、人民は自らにふさわしい指導者しか持てないそうですから、日本人も中国人も同類なんでしょうねえ。

さ、これからどうなるのでしょうか、日本の政治家たちはどのようなかじ取りをするつもりでしょうか。

 

 

前川 喜平『権力は腐敗する』毎日新聞出版

前にご紹介した『中国共産党暗黒の百年史』において中国共産党政権の指導者たちの腐敗ぶりが暴かれていましたが、本書において日本の政治家たちも負けていない(!!!)ことが明らかにされています。

「権力は腐敗売る傾向をも日、絶対的な権力は絶対的に腐敗する」とは19世紀イギリスの思想家アクトンの言葉だそうですが、それを地で行く政治が阿部・菅政権のもと日本でも大手を振って行われて来ました。その後を継いだ岸田政権はどうなのででしょうか。ま、変わらないでしょうねえ。

本書では安倍・菅政権時代の悪政が採り上げられていますが、阿部首相と菅首相は悪政で共通するものの、その性格は大分違うようです。安倍首相は「日本を取り戻す」「美しい国」「戦後レジームからの脱却」など、要するに日本国憲法を否定して戦前回帰をするという」ウルトラ国家主義的な国家観の持ち主であった一方、菅首相は権力志向はあるものの国家観などはまるっきり持ち合わせないようでした。逆に、具体的政策においては安部首相は官邸官僚の振付通りに政策展開をしていたので個々の政策への思い入れなど全くなく、いざとなればあっさりと方向転換してしまいます。逆に、菅首相も自分で政策を発案してはいないでしょうが、一応自分で政策判断は下していたようです。だもんで思い入れが強すぎて方向転換ができない。コロナ禍における判断の遅れとかオリンピック開催強行なんかはそんな強すぎる思い入れがもたらしたものでしょう。税金の割戻政策としか思えないふるさと納税なんてバカげた政策もその一つでしょう。二人のどちらが優れているのかと言われると……、どっちもダメだな。

とは言え、松下幸之助さんも民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しか持ちえないなんてことをおっしゃっていたそうです。国民の一人として私たちにも反省の余地はありそうですよね。

本書の帯にも「権威を疑え。自分の頭で考えろ。」と書いてあります。考えましょう。じゃないと「民主主義は終わる」になっちゃいますよ。

「賢明な主権者は賢明な政府をもつことができる。賢明な政府は国民のために仕事をする。学ばない国民は政府によって騙される。愚かな国民は愚かな政府しか持つことができない。愚かな政府は腐敗し、暴走する」今の日本のことかいな。

 

 

鳩山 由紀夫、孫崎 享、前川 喜平、植草 一秀『出る杭の世直し白書 「なんでも官邸団」に成り下がった政財官を斬る!』ビジネス社

本書は鳩山 由紀夫さん、孫崎 享さん、前川 喜平さん、植草 一秀さんという、「出る杭」であることを厭わない四人による対談をまとめたものです。毀誉褒貶の多い皆さんでもあります。日本の政財官、そしてマスコミ界からは高い評価を受けておらず、毀誉褒貶のうち、どちらかというと毀と貶の多い皆さんですね。なにしろ、最近の政財官プラスマスコミ界は忖度上等の「なんでも官邸団」ですからね、官邸の意向に逆らうようなふざけた奴は容赦なくパージ。そんな政治が続いて「経団連会長、日本の賃金「OECDで相当下位」 春季交渉になっちゃいました。日本は先進国から転落寸前なんですよ。

細かい議論は本書をお読みいただきたいと思いますが、著者の面々はそれぞれ各分野で実績を積んで来た皆さんですので、仰っていることはしごくごもっとも、納得行くものばかりです。

これからの日本の行方を考える上でも参考になる本書。ぜひご一読を。

 

 

名越 建郎ジョークで読む世界ウラ事情』日経プレミアシリーズ

著者の名越さんの趣味は政治ジョークの収集だそうです。政治ジョークやアネクドートというものは世界中、厳しい検閲のある国にも存在しますが、日本ではあまり見かけません。誹謗中傷とか罵詈雑言であればいくらでも見つかりますが、気の利いた政治ジョークってのはあまりお目にかかりません。現在の中〇も及びもつかない高度な検閲機関でもあるんですかねえ。

名越さんは本職のジャーナリストですので小話に併せて前後の解説を読み進めていくと、各国指導者の国内・国際政治におけるポジション、各国の経済状況などが容易に読み解けるものと思います。

 

 

2023年8月

グラハム・ハンコック 大地舜・榊原美奈子訳『人類前史 失われた文明の鍵はアメリカ大陸にあった(上)(下)』 双葉社 

『神々の指紋』で超古代文明の存在を強く主張してきたハンコックさんの最新書です。でも考古学者からのウケは悪いようですね。ハンコックさんは、考古学者から見れば著名な作家かもしれませんが、「エセ学者」だと思われてるらしいですからねえ。自分でも認めてますよ。

でも、本書にも詳しく書かれていますが、自然科学それも自由で個人主義であるはずのアメリカの学会でも、相当強い先入観というか偏見というかあって、何か旧来の学説に挑戦しようとするととんでもなく頑強な抵抗にあうことがあるみたいです。日本の『失敗の本質にも通ずる欠陥は、なにも日本人特有のものではないみたいですよ。

ま、それはともかく、本書の前半は現在の考古学的発見(完全に定説になっているわけではないようですが)について詳しく解説されています。そして後半はハンコックさんがそれらの発見を基にしてハンコック・ワールドに飛び立ってゆきます。

前にご紹介したコールマンさんの本『The Nine Waves of Creationと同じように、本書でもアヤワスカ(ayawaska)とかサイケデリック(psychedelic)などに言及されています。何であるか、ご興味のある方は自己責任でお調べくださいね。

今回は南北アメリカ大陸から「神々の指紋」を探して行きます。あーだこーだ言っても、読んで面白いことは間違いありませんよ。

 

 

播田 安弘日本史サイエンス 蒙古襲来、秀吉の大返し、戦艦大和の謎に迫る』講談社

本書に筆者播田さんは元々造船エンジニア。で、蒙古襲来について趣味で研究していましたが、エンジニアから見ると、アレ、いくらなんでも無理なんじゃない、なんてことに気が付いてしまったそうです。「蒙古軍が大船団を組織して最初に日本を襲った文永の役で「謎」とされていることについての論考が、筆者から見ると「「ちょっと待った」と言いたくなるものばかりだった」んだそうです。

で、その他の「通説」なんかも改めて調べてみたら、アレ、ってことが色々出てきたんだそうです。本書で採り上げられているのは文永の役における蒙古軍の突然の撤退と神風、羽柴秀吉の中国大返し、そして今では無用の長物と決めつけられている戦艦大和、の3つです。エンジニアリングの見地から見た歴史の通説の再評価、ってわけです。元寇の蒙古軍兵士は船酔いでフラフラだったんじゃないか、なんてことを現在の造船に関する知識をフル活用して論証してますよ。面白い!

どんな論証をしているのか、は是非本書をお読みいただきたいと思います。いやあ、面白かった。皆様も是非ご一読を。

 

 

森安 孝夫シルクロード世界史』講談社選書メチエ

シルクロード世界史 (講談社選書メチエ) [ 森安 孝夫 ]


森安さんは前大阪大学名誉教授。専門はイスラム化以前の中央ユーラシア史らしいです。

最近は知識や情報の流れが欧米からアジアへ、に偏っていますので、そんな感じはしませんが、歴史を振り返ってみれば、暗黒の西洋に知識をもたらしたのはイスラム世界であったり、あるいは大航海時代の前では中国は世界最大の強国で、あらゆる技術において先進的な国であったりしたのです。で、そういう知識その他の移動があれば、それに伴って人間もモノも東から西へ、西から東へと移動することになります。そんな歴史は本書評でも採り上げたドゥニ・ゲジ『ゼロの迷宮とかリヴェル・ネッツ/ウィリアム・ノエル『解読!アルキメデス写本なんかでも語られています。そして、日本もそんなネットワークに思いっきり組み込まれていました。

もっとも、他の文明から教わりました、なんて口が裂けても言いたくない支配者も洋の東西を問わずいるようで、ちゃっかりどっかの国の伝承をわがものにしちゃう例が後を絶たないみたいです。外国はともかく、日本だって……。

ところで、森安さんはあれこれ出版される歴史関係の本を「理科系歴史学・文科系歴史学・歴史小説(コミックを含む)」に分けられると言っています。本書評でも歴史関係の本をあれこれと紹介してきました。さて、どれがどれに当てはまるんでしょうか。

本書は森安さんの膨大な研究の一端を紹介しているにすぎないようです。ご興味のある方は各所で紹介されている原典をご参照ください。私はそこまでは……。

 

 

ロイ・トミザワ 来住道子訳『1964──日本が最高に輝いた年』文芸社

題名を見ただけで、何を主題とした本であるかが分かりますよね。

日本国が開闢以来の大敗北を喫した第二次世界大戦が終わってまだ19年の日本で平和の祭典であるオリンピックが開かれました。当時の日本人は、どれほどの高揚感を感じたことでしょう。私は1960年生まれですから、殆ど記憶はありませんが。トミザワさんも1963年生まれ、個人としての記憶はないでしょう。ただ、お父様のトーマス・ミヤザワさんがNBCのオリンピック・ニュース中継に係わっておられたそうです。そんな縁で、東京オリンピックのあれこれをまとめた本を英語で出してみることにしたようです。私が聞いたことのないエピソードもてんこ盛りでした。

ところで、ケチの付きまくった今般の東京2020オリンピック。当時のような高揚感はありました?

 

 

竹倉史人土偶を読む 130年間解かれなかった縄文神話の謎』晶文社

竹倉さんは人類学者だそうですが、その経歴は武蔵野美術大学映像学科中退、東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒業、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程満期退学と、パッと見何が専門なのか良く分からない印象があります。アカデミックな考古学世界の研究者ではないことは確かなようです。ま、とにかくそんな研究過程で土偶に興味を持った、ということのようです。

明治以来130年以上、日本の考古学において土偶研究は続けられてきましたが、未だに土偶とはなんであるか、何を象形しているかについては考古学会としての定説はないのだそうです。邪馬台国状態。で、邪馬台国同様、様々な自称研究者が「俺の土偶論」を唱えているのだそうです。竹倉さんはそんな「俺の土偶論」について「客観的な根拠がほとんど示されていないこと、話が抽象的過ぎて土偶の具体的造形から乖離していること、そしてその説がその説がせいぜい数個の土偶にしか当てはまらないこと」、とかなり否定的に捉えています。逆に言えば、竹倉さん自身はそうではないぞ、ということに自信を持っている、ということなのでしょう。どういう説を唱えているのかは是非本書をお読みいただきたいと思いますが、なかなか面白い、論拠もしっかりした説でしたよ。

本書は必ずしもガチガチのアカデミックな論文というわけではありません。内容的には充分アカデミックな議論に耐えうる質を確保しつつ、文章もこなれており十分に普通の面白い読み物として通用する一冊に仕上がっています。皆様も是非ご一読を。

 

 

 

2023年7月

左巻 健男『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』ダイヤモンド社

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絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている [ 左巻 健男 ]
価格:1,870円(税込、送料無料) (2023/5/25時点)

科学ネタの本の中でも、物理学分野では、“文系でも分かる”とか“初心者から分かる”相対性理論なんて称する本は多くありますが、化学分野ではあまり聞かない気がします。学問としての方向性の違いなのでしょうか。

左巻さんによれば、化学ってのは「物質を対象とした自然科学の一分野」で特に物質の「性質」と「構造」と「化学変化」を中心に研究している分野なのだそうです。こう幅広く捉えると、物理の分野だって、生物学の分野だって化学は大いに関係していることが分かります。本書の題名が『世界史は化学でできている』なんて大きく出ているのも分かる気がします。

本書は理系の本にしては珍しく歴史と絡めて科学上の発明・発見が語られていますので、私のようなド素人にも楽しく読むことができました。皆様も是非ご一読を。

 

 

エイブラハム・フレクスナー、ロベルト・ダグラーフ 初田 哲夫監訳、 野中香方子、西村 美佐子訳『「役に立たない」科学が役に立つ』東京大学出版会

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「役に立たない」科学が役に立つ [ エイブラハム フレクスナー ]
価格:2,420円(税込、送料無料) (2023/5/25時点)

本書はエイブラハム・フレクスナーとロベルト・ダグラーフという、プリンストン高等研究所の初代所長と現所長によるエッセイ、およびかなりの量の注釈から構成されています。

プリンストン高等研究所は「すぐには役に立ちそうにない基礎研究を、組織や慣例や雑務から解放されておこなえる場所」として企画されたようです。そのような研究所の基礎を作ったのがフレクスナーさん。アインシュタイン、ゲーデル、フォン・ノイマンなんていう20世紀の天才3人が同時に在籍していたのも彼のおかげ、なんてことも本書評でもご紹介(『ノイマン・ゲーデル・チューリング』)したとおりです。

やっと日本でも日本は長期停滞のさなかにあることが認識され、「イノベーション」なんてことが重視されるようになりましたが、頭の堅いお偉いさんのジジイが部下に「イノベーションを起こせ」なんて言ってもジジイの都合に合わせてイノベーションなんて起きません。土台、基礎とか、日ごろの行いが大事。自分に興味がないからって、無駄だ、なんてケチってると、そのしっぺ返しを食うことになります。「インターネットで安全に買い物ができるのは、古代の数学者が発見した素因数分解を現代的に活用した暗号があるからです」なんて書かれています。世のジジイたちに読んでいただきたい本書でした。

 

 

加藤 文元宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』角川書店

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宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃 [ 加藤 文元 ]
価格:1,760円(税込、送料無料) (2023/5/25時点)

「フェルマーの最終定理、ポアンカレ予想などに続くもっとも重要な未解決問題「ABC予想」。一人の日本人数学者が、この予想を解決に導く「IUT理論」を公開し、世界に激震が走った」のだそうです。このIUT理論の正式名称は「宇宙タイヒミュラー理論(Inter-universal Teichmüller theory)」っていうらしいですが、「IUT理論とは単に新奇な抽象概念が恐ろしく複雑に絡まりあっている理論装置で、その中身はあまりに複雑なので、それをチェックすることは人間業では到底困難である」なんて思われているらしく、「数学界は未だ完全にこの理論を受け入れたことになってはいません」という状態だそうです。そんなIUT理論の一般人向け解説書が本書です。専門家でも理解困難な理論を私なんぞのド素人が読んでも大丈夫なんかいな。

IUT理論自体を考案したのは京都大学の望月教授という方ですが、この方、弱冠32歳で京都大学の教授になった方だそうです。ま、天才ですな。で、著者の加藤さんは後のIUT理論構築のための二人だけのセミナーを開催していた、現在はやはり京都大学の教授です。頭の良い人たちはやることが違うなー、と感心するしかありませんね。

 

 

Roberto Giordanelli Confessions of a Test DriverAuto Italia Magazine

 From a Pedal Car to Formula One
The Story Behind the Stories
By Roberto Giordanelli

購読しているAuto Italiaというイギリスで出版されているイタ車の雑誌(よくこんな雑誌が商業的に成り立つな!)によく寄稿していたジョルダネッリさんのテスト・ドライバーとしての自伝です。面白そうなので購入したところ、私個人名宛ての直筆献辞入りの本が届いてしまいましたのでご紹介しましょう。

ジョルダネッリさんはイタリア生まれのイタリア人だ、なんて書いている割には、なんで思いっきりイギリス人みたいな諧謔の利いた(利きすぎた英文を書くのか、なんてことのワケが分かる打ち明け話も書かれています。

厚くて重くて値段も高い本書、お手軽に読むには適していませんが、クルマバカの私には面白い一冊でした、

 

 

長谷川 浩之HKS流エンジンチューニング法』グランプリ出版

本書は日本で一流のエンジン・チューナーとして評価されているHKS創始者である長谷川さんがエンジン・チューニングの極意を惜しみなく紹介した本です。本書が刊行されたのは1995年ですので、その後の自動車技術の急速な発展と変遷に鑑みるとアウト・オブ・デートではないかとも思われますが、まだまだ現在に通用する知見もあるようです。ついこの間までは内燃機関エンジンなんて全廃、全面的に電気自動車に、と勇ましい掛け声をかけていた一部マスコミなども静かになっちゃいました。以前も書いたことがありますが、現在の自動車の原動力として内燃機関が使われているのは、様々な動力機関の中から長い年月をかけて選択されてきたものなのです。ですから現在のクルマ社会でガソリン補給をするのは、電気自動車の充電スタンドや、もちろん水素スタンドを見つけるより簡単ですよね。そういったインフラも含めた議論をしないとね。

HKSでは「Advanced Heritage Concept」という旧車のエンジンを、最新技術を取り入れて高効率化するチューニングの開発に着手したそうです。旧い車を所有する私としては期待が膨らみますねえ。

ただ、長谷川さんの説くチューニングの極意には、何か神秘的なものがあるのではないようです。何しろ相手はエンジンという機械ですので、あくまでも自然の摂理とか原理には忠実に、とはいえ固定概念には囚われることなく、合目的的に優先順位をつけ、最適なバランスを見つける、といった極めて基本に忠実な、オーソドックスかつ合理的なチューニングをしないといけないようです。言ってみれば、『失敗の本質の真逆。何事も突き詰めて考えると普遍的な本質が浮かび上がって来るようです。

ふつうの方には縁のない本であろう本書。100人に一人くらいは、いや1,000人、はたまた1,000,000人にひとりか、は興味を持たれるのではないでしょうか。興味のある方には絶対面白い一冊でした。

 

 

井坂 義治進化するエンジン技術ー課題克服のための発想と展開』グランプリ出版

一時は、世界中のクルマの動力源があっという間に電気モーターに置き換えられてしまうような報道がなされていましたが、いささか潮目が変わったように思われます。「その時のムードに流されてEVが良さそうに思えても、しっかりした技術的な裏付けがないと間違った方向性を選択することになります」ということです。そこら辺の裏事情も本書には書かれています。ご興味のある方はぜひ本書をご参照ください。

また、自動車のエンジンについては多くの方になじみがあるでしょうが、ポータブル発電機用のエンジンといった特殊なものについてはなじみがないのではないでしょうか。それらのエンジンについては自動車用とは異なる技術的な要請があり、それに応えるために独自の技術的工夫がされています。携帯できる刈払機(雑草なんかを刈るのに使っているやつです)も船舶用エンジン(大きな客船とかタンカーのエンジンだって)も、原理的には車とかバイクのエンジンなんかと同じ理屈(シリンダーの中をピストンが往復運動し、それをクランクを使って回転運動に変える)で動いています。でも、これだけ大きさとか使用条件が異なると、求められる最適解も技術的解決方法も異なったものになります。

そんな多岐にわたるエンジン技術を解説するのがヤマハ発動機において「二輪車初のV4気筒エンジンの開発や世界で初めての7バルブエンジンの開発、吸気制御装置の開発などを担当。これらを通して400件以上の特許を出願」されたという井坂さんです。

とは言え、現代の自動車技術・自動車産業は自動車誕生以来最大の技術的変革期にあるといってよいと思います。今後10-20年を考えた場合の技術的課題を考えた場合大きなテーマになるのがCASEと略されるものであろうとしています。CASEとは、コネクテッド(Connected)、自動運転(Autonomous/Automated)、シェアード&サービス(Shared Service)、電動化(Electric)の4つの頭文字を取ったものだそうです。

まあ、エンジンひとつをとっても、最近の技術革新というのは目覚ましいものがあります。私が子供の頃は、クルマなんてものは文字通り真っ黒い排気ガスをまき散らしながら走ると相場が決まっていましたが、この頃真っ黒い排気ガスを出してる車なんてとんと見かけませんもんね。「エンジンは排ガスではマイナスエミッションレベルにもなっているものがあります。大気よりも清浄な排ガスレベルを実現しているということです」。すごくないですか。

また、本書を読むと日本において多くの先進技術の特許が取得され実用化されているのが分かります。エンジン技術の中のさらに専門化された領域における特許ですので気づきにくいですが(おまけに実用化された場合、なるべく従来の製品との違和感を失くすように作られますから。なおさら気付きにくくなっています)、日本の自動車産業界の技術力というものがなかなかのものであることが分かります。

今後の動力源がどのようなものになるであろうか、という問題についてもページが割かれています。「電動車というと電池が主であってエンジンは従である印象を持ちますが、充電の手間がガソリンスタンドでの燃料給油の簡易さ程度にならない限り、電動車におけるエンジンの重要性は低くならないでしょう」とのことです。一気に電気自動車が世の主流になることはなさそうですよ。

本書も1,000人、はたまた1,000,000人にひとりか、は興味を持たれる本でした。興味のある方には絶対面白い一冊でした。

 

 

2023年6月

斎藤 幸平人新世の「資本論」集英社新書

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人新世の「資本論」 (集英社新書) [ 斎藤 幸平 ]
価格:1,122円(税込、送料無料) (2023/4/25時点)

入院中でしたが、読了いたしました。マルクスの研究でドイツで博士号を取得したのですから、さぞかし頭の良い方なのだとは思います。本書の前半において幾多の温暖化対策を切って捨てるところはさすがの切れ味でした。でも、結論部分が弱いなあ。斎藤さんの主張する「脱成長コミュニズム」の具体的イメージがさっぱりわかないのは、私の想像力の欠如だけの問題とも思えませんよ。

なんだかんだ言って今でもマルクスが評価されている理由って、19世紀当時は酔っ払いの自称革命家のほざく与太話にしか思われていなかった共産革命が実際に起こった、という一事に尽きるのではないでしょうか。だって、実際の革命とマルクスの予想とは随分と違っていますからね。斎藤さんにもがんばっていただきたいですね。

それと本書ではあまり触れられていない問題に現役の共産主義国家である共産中国の問題があります。現在の中国は2049年の革命100周年までに中国共産党一党独裁による覇権を目指しています。あまりエコに熱心とも思われませんが、今後どのような主義主張を掲げて行くのでしょうか。

 

 

マイケル・サンデル 鬼澤 忍訳『実力も運のうち 能力主義は正義か?』早川書房

サンデルさんが本書を執筆した理由はどうやら2015年の大統領選挙においてトランプ前大統領が勝利したことにあるようです。まず間違いなく左派リベラルであろうサンデルさんにとって、差別主義者であるトランプ氏の当選は恐らく青天の霹靂の如く映ったのではないでしょうか。で、その理由を考察するうちに、「努力と才能で、人は誰でも成功できる」というアメリカという国の、もうほとんど信仰と言っても過言ではない心情がアメリカ国民の間にとてつもない怒りと分断をもたらしていたことに気づかされたのではないでしょうか。

「努力と才能で、人は誰でも成功できる」という考え方は、本書では、メリトクラシーであると捉えられています。メリトクラシーは一般的に能力主義と訳されていますが、本書の解説を書かれている本田由紀東京大学大学院教育学研究科教授は「功績主義」の方が意味的には英語の原義に即しているのではないか、と指摘されています。確かに、入学志願者の真の能力を測る、なんて相当難しい(そもそも私たちに他人の真の能力を認識する能力があるのか?)でしょうからその代替として今まで何をしてきたの、なんて聞いてみて、気の利いたことを言ったやつを採用する、なんてことをしているんでしょう、きっと。入試担当とか採用担当なんてあまりやったことがないので分かりませんがね。

それにしても、日本の入試ってのも相当偏っているとは思いますが、アメリカの入試ってのも相当に偏っているみたいですよ。ハーバードを代表とするトップクラスの大学に受かる生徒ってのは、学業成績が優秀であることはもちろん、音楽やスポーツといった課外活動でも活躍し、さらに様々な社会的活動(ボランティアとか)における活動歴まで要求されるみたいですよ。アメリカの高校生も疲れるわな。

大体、人の実力なんてものが簡単に測れると思っていることが大間違いなんじゃないですかね。日本でも20年くらい前には社員の業績考課に成果主義を取り入れます、なんて盛んに言っていましたが、今はどうなんでしょうか。うまくいかなかった会社もたくさんあるみたいですしね。

20世紀を代表する経営者であるジャック・ウェルチもこのように書いています。「このように人事評価は非常に厳格であるにもかかわらず、毎年の社員の意識調査では驚くべき結果がでている。42の質問のうち、満足度がもっとも低いのが、次の質問だったからだ。」「「当社は、満足のいく成果をあげていない社員に対して断固とした姿勢をとっている。」」「2001年の調査では、この質問にイエスと答えた社員は75パーセントにすぎない。99年の66パーセントからは改善しているが。ほかの質問ではおしなべて満足度が高いのに比べ、この数字は極端に低い(GEでのキャリアは、「自分や家族に好ましい影響を与えている」という項目については、90パーセント以上がイエスと答えている)」(ジャック・ウェルチ『ジャック・ウェルチ わが経営』)そうです。この結果に対してウェルチは、「この結果は、どのレベルでも選別がいかに重要であるかを示すと同時に、社員のほうがさらに大胆で率直な評価を望んでいることを示している」と自画自賛しています。私には、この統計数値は、さらに大胆な評価を求めているのではなくて、自分に対する低評価への不満と、他人に対する高評価への反発(ねたみ、むかつきを含めて)を示すように思われるんですがそんなもんでしょうか。だって、誰が書いたか会社に分かってしまいかねないアンケートにネガティブなこと書くには相当な勇気が要りますからねえ(細かくは拙論『業績評価と報酬―――財務的指標を超えてご参照)

 

 

橘 玲『無理ゲー社会』小学館新書

現代の日本に生きる私たちは身分制に縛られているのではありませんので、自分の好きなように人生を生きることができます。少なくとも理論的には。でも、実際にはどうでしょうか。

ここから先はサンデルさんの著作とも大いに重なるところですが、現代に生きる私たちも実は大いなるフラストレーションを抱えて生きています。あなたは違うかもしれませんが、私も結構感じていますよ。でも、現在主流の新自由主義的価値観からすると、それも自己責任。フラストレーションも溜まるわな。

「資本主義という表現はもはや適切ではない。金融緩和でマネーがあふれ、資本の意味は薄れた。いまや成功を導くのはイノベーションを起こす起業家精神や才能で、むしろ「才能主義(Talentism)」と呼びたい」と書かれています。

能力主義にしろ才能主義にしろ、人類はあまり幸せになれそうもない、と思うのは私だけでしょうか。

 

 

ひろゆき(西村 博之)『誰も教えてくれない日本の不都合な現実』きずな出版

2チャンネル」開設者で実業家のひろゆきさん、論破王なんてネット上では言われてるみたいですね。

ひろゆきさんは「ただ昨今、正しく真っ正直な情報が重視されない世の中になった」と嘆いておられます。で、昨今のコロナ禍のドタバタを見て「政治や企業の都合が優先されていて、そのしわ寄せが個人に押し付けられている」世の中になっちゃったなんて嘆いています。まあ、その通りですね。で、そんな「不都合な真実」を認識し、どうすればいいか、なんてことを考えるヒントとして本書は書かれた、ということみたいです。ま、読んでみましょう。

 

 

ベン・ホロウィッツHARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか』日経BP

著者のホロウィッツさんは、「ネットスケープなどを経て、オプスウェア(元ラウドクラウド)の共同創業者兼CEOとして、2007年に同社を16億ドル超でヒューレット・パッカードに売却」、現在は「シリコンバレー拠点のベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者兼ゼネラル・パートナー。次世代の最先端テクノロジー企業を生み出す起業家に投資している」という方だそうです。

起業に際しては、知らない、経験したことがないトラブルばかりが起きるのだそうです。例え知らないことであっても起業家はそれに対して分析し、対処しなくてはなりません。そんな困難に見舞われた起業家たちに自ら起業した経験を基にメンターとして、時にはより具体的な方法を示したりサポートしているのがホロウィッツさんだそうです。そのような体験談をブログに書いて発信しているそうですが、それらをまとめたのが本書。

まあ、私が起業する、なんてことは今後ともないと思いますが、そんな私でも楽しく読めました。これからの人生に少しは約に立つかな。

 

 

2023年5月

原田 マハリボルバー』幻冬舎

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リボルバー/原田マハ【1000円以上送料無料】
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海外ニュースによれば、「オランダ出身の画家ビンセント・ヴァン・ゴッホ(1853〜90年)が自殺に使ったとみられる拳銃が手数料を含め16万2500ユーロ(約2千万円)で落札された」(日本経済新聞)のだそうです。

私もかなりオタク気質だとは思いますが、人が自殺に使った銃を欲しいとは思いませんねえ。同じマニアとはいえ、趣味嗜好はかなり異なるみたいです。この銃を廻ってここからは原田マハワールド全開。何しろ原田さんは本職のキュレーターでしたから、私のような素人にはどこまでが事実で、どこからがフィクションなのかさっぱり見当がつきません。でも、読んで面白いことだけは保証付きです。芸術の秋には間がありますが、皆様も是非ご一読を。

 

 

原田マハジヴェルニーの食卓』集英社文庫

マティスとピカソ、ドガ、セザンヌ、モネといったおなじみの画家たちをモチーフとした短編集です。もちろん原田マハワールド全開。例によって登場人物の多くは実在の人物です。その全員の言動がこと細かく残っているわけではありませんので、原田さんの想像の翼で補っているわけですが、プロのキュレーターでもある原田さんが単なる想像の産物をを書く訳もなく、きっとそうだったんだろうな、という説得力を持った物語が心に響きます。

収録されているのは19世紀から20世紀に活躍した画家たちをモチーフにした小中編が4編。例によって、面白かったですよ。

 

 

菊間 史織「ピーターと狼」の点と線 プロコフィエフと20世紀 ソ連、おとぎ話、ディズニー映画』音楽之友社

「ピーターと狼」はロシア(当時はソ連か)の作曲家プロコフィエフの子どものための音楽作品の傑作です。現在でもTVなどの其劇中音楽として頻繁に使用されていますので、皆様も耳にしたことがあることと思います。

大変有名な作品であり、作曲者存命中から成功作であったのですから、プロコフィエフが同様のコンセプトで作品を書いていても不秘儀ではありませんが、同様作はありません。ピーターと狼は孤高の作品なのです。とはいえ、この作品の誕生には多くの人物や音楽以外の出来事や時代背景も多く関わっています。そこから本書の題名『「ピーターと狼」の点と線』は由来しています。

時代背景の中には、当時のソ連の指導者達の音楽観も大きく関わっていたようです。当時のソ連指導部は“音楽なんて軟弱だ”とは言わなかったようではありますが、音楽を含む芸術もすべからく革命に資するものでなくてはならない、とは考えていたようです。ここら辺のエピソードは今となっては語られることも少なくなっているでしょうから、私には本書の記述は「へー」という感じでした。

あまり取り上げられることの少ない現代音楽の作曲の背景に迫る本書、なかなか珍しく、新鮮に感じられました。

 

 

平野 真俊[書籍] 幻の弦楽器 ヴィオラ・アルタを追い求めて』河出書房新社

クラシック音楽などと言うと、何やら多変いかめしく、昔から変わらないちっとも変わらない伝統的なイメージがありますが、現在の標準的なオーケストラの編成が確立されたのはそう昔のことではなく、高々百数十年前のことです。二百年前なんていうとベートーベン本人が自分の書いた交響曲を指揮していた頃ですが、そのころのオーケストラは現代のフル編成のオーケストラを見慣れた目からすると、かなりこぢんまりとしたものに感じられるはずです。

使われている楽器も決して固定的ではなく、いろいろと変遷があります。その過程で使われることもなくなり、演奏者もいなくなってしまった楽器、なんてのもある訳です。ヴィオラアルタもそんな楽器のひとつ。ワーグナー作品の楽譜にはヴィオラアルタが指定されているものがあるそうですが、今じゃ誰も指定を守ってはいません。ヴィオラアルタってくらいですからヴィオラの親戚のはずですが、プロのヴィオラ奏者の平野さんですら知らなかったらしいですよ。

そんなヴィオラアルタですが、作者の平野さんは不思議な縁でヴィオラアルタとつながっていました。本書は平野さんが、自らのヴィオラアルタとの出会い、そしてその魅力に取りつかれ、その秘密を解き明かしていく過程を書いたドキュメンタリーです。

 

 

星野 博美旅心はリュートに乗って』平凡社

amazon 2090円

ところで著者の星野さんって私の大学の後輩にあたる方のようです。私も取ったK教授の西洋音楽史の授業を受講されたことがあるみたいです。面白かったなあ。その時に授業で聴かされたリュートに魅せられたんですって。

ところで、リュートの譜面って、ギターで言うところのタブ譜がメインなのですが、フランス式、イタリア式、ドイツ式、さらにその他、なんてまちまちなんだそうです。西洋音楽って五線譜が主流で、あらゆる楽器を譜面にすることが出来てうらやましいな、それに引き換え全く統一性のない邦楽(私がやっているのは尺八。尺八だけでも琴古流と都山流なんてのがあり、楽譜も運指も違います)は、なんて思っていたのですが、五線譜の発明以前は似たようなもんだったみたいですね。逆に五線譜の偉大さも良く分かりますよね。ここまで詳しくは西洋音楽史の授業でもでもやらなかったような気がする……。

本書はリュートの歴史を……、なんて本ではなく、自分でもリュートを習っている星野さんがリュートに関係したあれこれを徒然なるままに書いてみた、という本。リュート以外に首尾一貫したテーマがある訳ではありませんが、リュートが流行ったころの美術とか音楽、あるいはヨーロッパの歴史、なんてところに興味があると一層面白く読めるのではないでしょうか。

 

2023年4月

鈴木 健太郎人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』毎日新聞出版

 
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人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学 [ 松本健太郎 ]
価格:1320円(税込、送料無料) (2023/2/24時点)

著者の鈴木さんはデータサイエンティスト。多量のデータを集めて分析する、現在最先端のお仕事をしていらっしゃる方です。ですから、本書は認知心理学と行動経済学とマーケティング論とデータサイエンスの学際分野を取り扱った本です。あ、いいとこどりだとは言ってませんよ。

が、本書のしょっぱなには「データは事実ですが、真実とは限りません」なんて書いてあります。調査データがこうだから、こうしよう、なんて単純な思い込みでビジネス上の決断を下すと痛い目に会うことが良くあるそうです。データの「意味を読み取らなければ、データは何の役にも立たない」のだそうです。

単純なデータ主義は意味がないようです。本書で紹介されているモルテン・イェルウェンという経済史の研究家は、統計データとは「政治的な妥協と、大くの恣意性を含んだデータであるという前提に立って議論すべき数字」でしかないといっているそうです。でもデータを解釈すると、異論も出る。「智に働けば角が立つ情に棹させば流される」どうすれば良いんでしょうか。

ま、世の中にそんなに間違いのないもんなんてある訳ないだろ、ってことでしょうか。

 

 

野中郁次郎、戸部良一、河野仁、麻田雅文知略の本質 戦史に学ぶ逆転と勝利』日本経済新聞社

大変話題を呼んだ『失敗の本質シリーズの完結編として企画された本です。

歴史を学び、過去に素晴らしい戦略があったとします。でも、 いかに素晴らしい戦略であったとしても、その戦略がいつでもどこでも適応できるわけではないでしょう。では、なにゆえに私たちは歴史を学ぶのでしょうか。私たちは、歴史を学習することにより、そのうちにある普遍的な知恵を明らかにし、さらにそこから現状にいかに適応していくか、なんてことシミュレーションしていくのでしょう。

ということで、本書は「独ソ戦、英独戦、インドシナ戦争、イラク戦争をケースに21世紀日本に必要な構想力を解明」していきます。

で、最後の方に出てくるオーレンス・フリードマンさんという国際政治学者の著作(戦略の世界史(上)(下))という本には、戦略というものをソープオペラ(アメリカのテレビでで昼時にやってるメロドラマ。よく石鹸会社がスポンサーになっていたのでこんな風に呼ばれます)に譬えるのがふさわしい、と言っているそうです。つまり、何か固定的、絶対的なシナリオがあるのではなく、物語の展開とか、視聴者の反応を見て、結末だって変えちゃう、なんていう自由度が戦略にもなくてはいけない、ということのようです。確かに、日本軍の失敗には一度決めてしまうとその後の批判を許さない、ってのがありました。本書でもイラク戦争後のラムズフェルド国防長官の対応をこっぴどく批判していますね。あのスターリンだって戦争初期には将軍たちの言うことを聞かず間違いを犯したものの、後には将軍たちの言うことを聞くようになったんですって。

批判されることが何より嫌い、間違えを認めないもんだから反省なんて絶対にしない、って方がいつの世にもいるみたいですねえ。

 

 

ルディー和子合理的なのに愚かな戦略【電子書籍】』日本実業出版社

なぜ一流企業の経営者、それも頭脳明晰で米国のビジネス・スクールを卒業し、ビジネス書や啓蒙書なども読んでいるような聡明な経営者が、後になってみれば誰からも指摘されるような単純な間違いを起こすのでしょうか。

ルディーさんは「データや資料に基づいて戦略を立てるまでは論理の世界です。でも、それを実行するかどうかの決断は理性だけでは決められません」決断には「過去の経験に基づくひらめきや、成功体験から生まれたしがらみ、プライドや功名心、執着心といったような要素が大きな影響得力を行使します」と指摘しています。

なるほどねえ、とも思いますが、本書の中ほどで「ブランドの逆襲 過去の成功をもたらした「しがらみ」がブランドをつぶす」なんて章で、自動車のブランドを、「レクサス」を取り上げています。確かに、レクサスってヨーロッパの高級車、メルセデス・ベンツやBMWの“高級感”に欠けるとされています。でもねえ、BMWだって高級路線に乗り換えたのって、割合最近です。むしろ、戦後すぐの方が高級路線で高価な車を販売してましたよ。BMW507とかね。で、失敗した。 メルセデス・ベンツだって、高級車ばかり作っているわけではなく、ドイツに行けばタクシーなんてベンツばっかしだ、なんて言われますよね。

日本ではドイツの自動車ブランドはもてはやされますが、戦後すぐは憧れの的だったアメリカのブランドも今じゃ人気ありませんね。シボレー・コルベットだってアメリカじゃ今でも結構イバリの効くスポーツカーですが、日本じゃさっぱり。戦後すぐの頃には日本でも外車って言えばアメ車だったんすけどねえ。

日本の楽器、オートバイなんかで有名なヤマハってありますよねえ。スキーも作ってます。日本人には普通におなじみのはずです。ですがヨーロッパで売っているのはヤマハの高級品ばかり。で、ヨーロッパのスキー場ではヤマハの板を持っていると羨望の眼差しで見られる、なんてまことしやかに言われてました。ま、私が学生の頃の話ですから、今どうか知りませんよ。

まあ、ブランド・イメージなんてもんは、結構誤解の上に成り立っているんじゃないですか。誤解させてブランド・イメージを良くできるんだったら、誤解させたもん勝ち、って面も大なり小なり、いや、多大にあるんじゃないでしょうか。あ、大学の教授にケチ付けてるじゃないですよ……。

最後に「優秀な経営者はトリアージできる人」という章があります。トリアージとは緊急時に患者の重症度に基づいて、治療の優先度を決定して選別を行うことを意味します。つまり、お前は助かんないから治療しても無駄って決める……、大変な決断ですね。なるほど、経営者にはサイコパス的な気質を持った人が多い、ってのは納得できますねえ。あ、大学の教授にケチ付けてるじゃないですよ……。

 

 

デビット・ロブソンThe Intelligence Trap(インテリジェンス・トラップ) なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか』日本経済新聞出版

「なぜ優秀な人々が愚かな行動をとるのか、なぜときには普通の人よりも過ちを犯しがちなのか、が本書のテーマ」なんだそうです。

なぜか。それがインテリジェンス・トラップなのです。ロブソンさんは面白い譬えをしています。クルマに強力なエンジンを搭載する。確かに速くなるでしょう。でも、適切な知識や装備(運転がうまい、車がちゃんと整備されている、さらに今じゃ優秀なカーナビが搭載されている)などの条件がクリアされていないと、山道に迷い込んでスピンして崖から落っこっちゃって目的地にたどり着けない、なんてことになります。知能もその使い方を知り、合理的に決断するためのテクニックを知らなくては、思考が偏る可能性があります。

そして、そのクルマを運転するのが知性もあり、何らかの運転のプロであった場合、インテリジェンス・トラップは一層強固になってしまいます。自分はプロであり、クルマのことはよく知っている、なんて思うと、その知識を用いて自分は間違っていないことの言い訳を探すようになります。で、不都合な真実は無視され、自分の思い込みに合致する都合の良いハナシだけを信じるようになります。うーん、『失敗の本質ですねえ。

それはともかく。本書の中で、様々の分野の問題に対して「超予測者」を見つけ出す、というものです。これは何も超自然的な予言者を見つけ出そう、というのではなく、今ある事実を自分の思い込みを排して見つめ直し、どのような予測が起きる確率が高いか、なんてことを考えさせるものです。予測以上に面白いと思ったのは、この能力は何も頭の良し悪し(知能指数とか)で決まるものではなく、訓練によって引き上げることも可能なものであるのだそうです。どうするのか、の詳細は是非本書をお読みください。私も為替相場見通しなんて書いてるからなあ、参考にしなくちゃ。

 

 

20233

デイヴィッド・ハワード 濱野大道訳『詐欺師をはめろ 世界一チャーミングな犯罪者vs.FBI』早川書房

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詐欺師をはめろ 世界一チャーミングな犯罪者vs.FBI
価格:2970円(税込、送料別) (2023/1/25時点)

本書の原題は「Chasing Phil: The adventure of Two Undercover Agents with the World’s Most Charming Con Man」というものです。訳すと、「フィルを追いかけろ:二人の覆面捜査官と史上最も魅力的な詐欺師の華麗なる冒険」なんてところでしょうか。しかも、1970年代を舞台にしたノンフィクション。いかにも面白そうではありませんか。

ところで、本書の一方の主人公である詐欺師、フィリップ・キッツァー(フィル)って、本書にも何枚かの写真が掲載されていますが、痩身、オールバックでスーツをバシッと着こなしているところなんて、米国のオリジナル版「SUITS」に主演しているガブリエル・マクトさん(日本版だと織田裕二さんがやってる役です)にそっくり。やはり詐欺師と弁護士のイメージは………。

あまり多くを説明するとネタバレになってしまいますのでひかえることにいたしましょう。なかなか面白かったですよ。

 

 

ロブ・ブラザートン 中村千波訳『賢い人ほど騙される 心と脳に仕掛けられた「落とし穴」のすべて』ダイヤモンド社

世界の要人しか知らない秘密結社とか、アポロの月面着陸はフェイクだ、なんてものからワクチンは製薬会社が儲けるために巧妙に作り上げた策略だ、などなど、陰謀論やフェイクニュースは世にあふれています。かくいう私も陰謀論ネタは結構読んでいます。だって、読んで面白いでしょ。

とはいえ、陰謀論というのは、“まともな人であれば騙されることはない”なんて思っている(思い上がっている?)ような話ばかりではないとしています。昔っから、時の権力者は上手にフィクションを使ってきたみたいですよ。

本書では様々な科学的知見を紹介、なぜ陰謀論を信じやすいのか、を解き明かしていきます。ものすごく単純化してしまうと、どうやら人類の思考パターンには陰謀論を信じやすいバイアスがあるみたいだ、ってことになるのかな、と理解いたしました。合ってるのかな。

 

 

ジャン・フランソワ・マルミオン編 田中裕子訳『「バカ」の研究』亜紀書房

「本書は24人の一流学者、名門大学教授、その道のスペシャリストたちが、自らの専門知識を駆使して至極まじめにバカを考察」した本なのだそうです。で、それを編纂したのがマルミオンさんという「フランス有数の心理学雑誌の編集長」なんだそうです。

ですから、本書で採り上げられているバカは、単なる「頭が悪い人」ではありません。本書収録の文章の表題は、「知性が高いバカ」、「認知バイアスとバカ」、「バカとナルシシズム」、「SNSにおけるバカ」なんて具合です。単なるバカではなく、良識ある私のような「まとも」な人間をうんざりさせ呆れさせる「バカ」。バカの特徴は、自分は良識がありまともだと思っているところ……。あれ、呆れられているのは誰?試しに「「このバカ野郎!」と路上で怒鳴ってみるとよい。通りかかったほぼ全員が、「おれのこと?」「わたしのこと?」という顔でこちらを振り返るはずだ」だって。私やあなただって……。

 

 

ビル・エディ 宮崎朔訳『危険人物をリーダーに選ばないためにできること ナルシストとソシオパスの見分け方』プレジデント社

私たちは、ま、いろいろな理由はある訳ですが、時として「反社会的な行動や気質を特徴とするソシオパス」や、「自己愛的行動や気質を特徴とするナルシスト」、そしてその両者の特徴を持つ「悪性のナルシスト」(いわゆるサイコパス。本書ではナルシストとソシオパスの資質に加えて「対立屋」という概念を加えています。対立屋は対立を煽りますが、決して対立を調整したり、解決しようとしたりしません)のような人物をリーダーに選んでしまうことがあります。「悪性のナルシスト」は「架空の危機の三段論法」(「架空の危機がある。それを引き起こしている悪者がいて、その解決にはスーパーヒーローが必要になる――それが私だ!」)なんて論法を実に上手に使うそうです。そういえば思い当たる節が……。

でも、こういう人と関係を持たなくてはならない場合には、決してこのような気質を治してあげようとか、気付かせてあげようなどとは思ってはいけないそうです。「パーソナリティ障害を持つ人は反省もしなければ自分を変えようとも思いません」ですって。コワ。こんな困ったちゃんたちに都合よく利用されないために、本書は様々なヒントを与えてくれます。

という本書ではありますが、本書の最大の目的は、私たち自身がリーダーたらんと欲している者たち(つまり選挙の候補者たちですね)をきちんと吟味しなさい、というところに尽きるような気がします。有権者がそのように欲しない限り、××なリーダーしか選ばれないのですから。大丈夫か日本人、大丈夫か世界中の人たち!

 

 

小林 節「人権」がわからない政治家たち』講談社

20156月、安保関連法案の審議に関連して参考人として国会に招致された3人の日本を代表する憲法学者が全員「安保関連法案は違憲である」と証言して話題になりました。3人のうちの1人であった小林さんは自民党が招致した学者であったため、“自民党のオウンゴールだ”なんて話題になりました。同時に、保守派からは“小林変節”なんて陰口も叩かれたみたいです。小林さんからすれば、自民党の議論の方が論理破綻してるんだ、ということになるのでしょうが、日本の政治家にまともな論理、議論を期待しても無駄みたいですからねえ。で、本書を書いたということなんでしょうか。

「モリ・カケ・桜・東北新社問題は未解明・未解決であるが、これなど権力の堕落の典型であろう」

「法破壊、民主主義破壊をやめない自民党は、もはや「保守」ですらないのだ!」詳しくは本書をお読み下さい。憲法論を専門とする小林さんの議論は分かり易く、大変説得力があります。

「結局、これは私たち有権者の質が問われていることなのだ」皆様もぜひご一読を。

 

20232

ギデオン・デフォー 杉田 真訳『世界滅亡国家史』サンマーク出版

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国というのは、領土があって国民がいて支配者がいれば一応必要条件を満たしたことになって成立するみたいです。でも、それだけじゃ必要条件であって十分条件を満たしているとは言えないですよね。本書は歴史を詳しく、微に入り細を穿つように調べれば一応記録(どこまで本当かの検証は必要かもしれませんが)が残っている国々のお話です。必要条件は満たしているけれども十分条件を満たしているとは言い難い国々のお話、と言えるかもしれません。

でも、本書に掲載されているお話はどれも知ったからと言って何か役に立つとか教訓が得られる、と言う訳ではありません。ま、何の役にも立たないでしょうね。でも、そんな本ですが、英米ではベストセラーになったらしいですよ。世の中暇人が多いんですね、私もその一人ですが。とにかく、読んで面白いことは確かですよ。暇で本代が余ってる方はどうぞ。

 

 

尾登 雄平【中古】あなたの教養レベルを劇的に上げる驚きの世界史KADOKAWA

尾登さんは「歴ログ―世界史の専門ブログ―というブログを運営しておられる方だそうです。このブログのテーマの選び方は「私がおもしろいと思ったもの」なんだそうです。

私も大学の教養課程で歴史の授業を取ったことがあります。講師の先生は結構有名な中国史の大先生なんだそうですが、教養課程ということで、「喫茶店の会話の使える」(本当は飲み屋の会話のネタになると言いたかったんでしょうが、授業ですからね)ことをテーマ(暦の歴史とか)に毎回の授業が進められました。いわゆる通史ではなくテーマごとに世界を俯瞰した授業ですので、メチャクチャに面白かった覚えがあります。でも、ちゃんと授業に出てノートを取らないと絶対に回答できないような試験問題にびっくりした覚えがあります。私はもちろん優でしたよ、ホッホッホ。

でも、尾登さんも書いておられますが、「歴史をはじめ教養は、すべての人の普段の仕事にすごく役に立つかというと、けっこう微妙だと思っています」と書いています。まあ、そうでしょうねえ。豊かになるのは飲み屋での会話ですからねえ。でも、私はそれで結構楽しくやってますよ。

本書は古代、中世、近代、現代といったように編年体でまとめられています。やはり中世までは割とまじめな歴史の教科書のような趣ですが、近現代に入ると尾登さんも俄然本領発揮です。20世紀初頭一人当たりのGDPでは世界一の富裕国であったアルゼンチンが20世紀も後半になるとデフォルト常習国家になってしまった経緯など、なかなか教科書ではお目にかかることはないのではないでしょうか。私の大好きなマドンナ主演のミュージカル映画『エビータ/アラン・パーカー(監督),マドンナ,アントニオ・バンデラス』はちょうどこのころを描いています。いやあ、興味深かった。

 

 

網野 義彦、石井 進、笠松 宏至、勝俣 鎭夫中世の罪と罰』講談社学術文庫

日本の中世における罪と罰のあり方というのは現在とはだいぶ異なっていたようです。人の悪口を言うと流罪、窃盗は死刑、年貢を納めないと奴隷。今よりだいぶ厳しいような気がしますね。人の悪口を言うと流罪って、今だとネットに悪口書き込んで損害賠償が10万円とか20万円とか言われてるみたいですが、このころだとそんなもんじゃ済まなかったってことなんですかね。ではありますが、その根底には現在とは異なるものの、当時としてはそれなりに合理性のある規範意識があったようです。

今とは異なる日本の姿を網野さん以下日本中世史の専門家が解き明かします。

 

 

阿部 謹也西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史』講談社学術文庫

 

続く本書はヨーロッパにおける罪と罰です。ヨーロッパにはその歴史を反映し、日本とはかなり異なる規範意識を持っているようです。

ヨーロッパと十把一絡げに総称しますが、時代や地域によってかなりの違いがあります。現在ではキリスト教圏とされるヨーロッパ諸国も、ちょっと掘り返すと歴史的な地域性が頭を現すようです。

私たち日本人は欧米、なんて言って、ヨーロッパに加えてアメリカまで一緒くたに考えていますが、ちょっと歴史をさかのぼるだけで現在とは全く違う規範意識が現れるみたいです。

現在のヨーロッパ人の精神性の由来の一端が垣間見えます。

 

 

トゥキュディデス ジョハンナ・ハニンク編 太田雄一郎訳『人はなぜ戦争を選ぶのか 最古の戦争史に学ぶ人が戦争に向かう原理 / トゥキュディデス』文嚮社

この書評の本の著者がトゥキュディデス、とあるのを見て、なんだそれ、なんてお思いの方もいらっしゃると思います。まあ、トゥキュディデス(昔はツキジデスなんて言ってたような)なんて名前を歴史の教科書以外で目にすることなんてまずないですからね。

ではありますが、本書は“あの” トゥキュディデスの『歴史(上)歴史(下)』から演説部分(演説ですので、書き言葉の無駄な晦渋さがないのでしょう)を抜粋し、解説を加えたものだそうです。

アテネと言えば、元祖民主主義国家。そのアテネと専制主義国であるスパルタの戦いの歴史を描いたのがトゥキュディデスの『ペロポネソス戦争史』です。それぞれをアメリカとソ連とかアメリカと中国になぞらえて読めますので、アメリカでは現代の政治学の研究者にも人気があるみたいです。「トゥキュディデスの『戦史』は」「国外おいて積極的に民主主義を広めて国益を追求し、軍事力の行使も厭わないというアメリカの精神を肯定するものに見えた」みたいです。でもねえ、ペロポネソス戦争における最終的な勝者ってスパルタなんですよね(もっともその後ポリス社会そのものが衰退期に入っちゃって、スパルタがその後繫栄したとは言えないようですが)。アテネを模範例として引用しちゃって良いんですかねえ。

本書の日本語版解説を書かれている茂木誠さんは、「民主主義が独裁より優れているのは」「「一度決めたことの修正ができる」ということだろう」と書かれています。己の間違いを認めないという日本人の悪癖は『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』などでも指摘されてきたところです。しかし、昨今の日銀黒田総裁の発言などを聞いていると、またぞろこの悪癖が首をもたげてきたように思えますがどうなんでしょうか。

とにかく、歴史にはいろいろ学ぶところがありそうです。ぜひご一読を。

 

 

半藤 一利昭和と日本人 失敗の本質』角川新書

本書は半藤さんが1970年代から2000年代にかけて各種媒体に発表したものを再編集したものです。従って一冊の本としての一貫性は弱いようですが、半藤さんはご自身の体験を通して“なんでこんな戦争をしちゃったの”という強い思いをお持ちのようです。その思いは通奏低音のように全3章から感じられます。「正義の戦いというようなものはありえないと思う。それぞれの国のかかげる「正義」の旗印は、例外なく国家利益の思想的粉飾に過ぎない」、そして戦前の日本の実態は、「国際連盟脱退いらい、“栄興ある孤立”を豪語し、夜郎自大の自惚れのうちに十年近くを過ごしていた」みたいですからね。私たち国民にはそれに気づくリテラシーが求められているわけです。

戦後日本ではいろいろなことが大きく変わりました。ではありますが、表面的に変わったように見えるだけ、という場合も多いのではないでしょうか。昨今の日本は第二の敗戦、なんて言われちゃうような体たらくですもんね。私たち日本人は、今一度己の姿を真剣に顧みる必要があるんじゃないしょうか。

本書で半藤さんは日本人の(外国人でも大同小異でしょうが)集団心理に対して繰り返し警鐘を鳴らしています。「それを構成する個々の人の種類を問わず、また、かれの生活様式や性格や知能の異動を問わず、その個人個人が集まって群衆になったというだけで集団精神をもつようになり、そのおかげで、個人でいるのとはまったく別の感じ方や考え方や行動をする」ってある社会心理学者が言っていたそうですが、そうみたいですね。ひとりだとそんな暴力的でバカバカしいことはしないはずなのに、集団になると行動のタガが外れちゃう。誰しも思い当たるフシがあるんじゃないでしょうか。日本ばかりでなく、昨今の国際ニュースを見ても、同じようなことが起こってますよね。

本書で何か所かで戦前日本の世論の動向について触れています。非常に好戦的な軍部に対する批判なんぞ皆無。むしろ、もっとやれ!なんて声が溢れ返っていたなんてことが資料から読み解けるみたいです。衆愚のひとりにならないためにも普段からよく考えるクセをつけとかなくちゃいけないですね。

 

20231

トーマス・S・マラニー 比護 遥訳『チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史』中央公論社

中国語というのは、「世界の主要言語のなかではただ一つ中国語だけが、表音文字を全く使わず、表語文字である漢字のみを使用している」点で大変特異であるようです。これは、言語あるいは文字としての優劣とは全く関係はありませんが、タイプライターをはじめとするアルファベットを基礎とする技術を導入しようとすると大変な困難に直面することになります。

今では日本語のワープロなんぞ、小学生でも使うんでしょうが、私が最初にタイプライターを使った(一応ブラインドタッチができますよ)のってワープロ以前(一般的に普及するギリギリ前の1980年頃)の時代でしたが、タイプライターを使うことによって誰でも簡単に印刷したみたいな書面(当然正式な書面として使えます)を作ることができるのは便利なものであると感心したものです。なにしろ私は字が下手なもんで、人様に見せるような文書はなるべく書かないようにしているものですから。中国では「字は人なり」らしいですよ。私みたいに下手な字を書くと、バ〇丸出し、教養ゼロ、無能なんて即断されちゃうんでしょう。この書評だって手書きだったら絶対に作らなかったでしょうね。現在のワープロって本当によく出来てますよね(日本語ワープロの開発秘話は『【中古】 日本語大博物館—悪魔の文字と闘った人々』などをどうぞ)。日本語ワープロの前身である和文タイプ(こっちが本書で言うところのタイプライターでしょう。各種和文タイプについては本書でも触れられています)なんて、専任のタイピストが必要でしたよ。今は昔。日本語タイプライターってのは機械式の和文タイプではなく、コンピュータの助けを借りたワープロ(とそれに見合ったプリンター)の開発を以って完成した(一般人の実用に耐える製品となった)と言えるのかもしれませんね。中国語ではどうだったのか、は著者が執筆中の本書の続編で取り扱われるようです。乞うご期待。

本書の著者マラニーさんはスタンフォード大学の中国史専門の史学部教授。ですから当然中国語も堪能なのでしょうが、本書は英語で書かれ、英語圏の読者を想定して書かれています。日本人(漢字を共有しいますし、非ヨーロッパ言語体系である日本語のワープロがすでに実用化されています)読者である私にはいささか冗長な記述が多く、読了するのに意外とてこずりました。これに関しては、訳者解説に書かれたエピソードが理解の役に立つかもしれません。「数年前にドイツの安宿に泊まっていたとき、同宿のバックパッカーに話しかけられたことがある。私のパソコンに興味を示し、日本語のキーボードを見てみたいという。ところがいざ見せてみると、何やら怪訝な表情を浮かべ、そこで会話が終わってしまった」ですって。ま、欧米人がQWERTYキーボードを見て、これが日本語のワープロだって言われても、理解は難しいかもしれないですね。もっとも、そんな私にもアラビア語タイプライターの話なんて、充分エキゾチックでしたよ。

 

 

井沢 元彦日本史真髄』小学館新書

逆説の日本史』シリーズ(コミック版も出ましたコミック版 逆説の日本史 )で有名な著者が歴史関係の幾多の著書を著わすうちにたどり着いた、日本及び日本人の思考パターンを特徴づけるキーワードとして「ケガレ忌避信仰」、「怨霊信仰」、「言霊信仰」を挙げて、新たな角度から日本の歴史を読み解いていきます。詳しくは本書をどうぞ。

井沢さんの指摘の中でも特に面白いと思ったのは、「言霊信仰」です。日本人は良くないことが起きる、なんて言うと本当に起きてしまうので、そういうことは言わない。ご存知の通り今でも結婚式のスピーチで避けるべき忌み言葉なんてのが実際にあります。で、悪いことが起きるかもしれない、なんてことは言ってはいけないので、危機管理なんてことにはまるっきり備えが出来ないし、悪いことが起きた、なんてことを認めるともっと悪いことが起きちゃいますので、実際に起きたことも認めない。認めなけりゃ、起きなかったことになる、と思いたい。そんなわけないのに。で、真摯に反省、なんてことが不得意、と言うか、反省なんてしないという日本人の気質が出来上がった、と。『失敗の本質』の原因はこんなところにもあったんですね。なるほど、腑に落ちるわ。

手練れの歴史作家の手になる本書、大変面白く読了いたしました。皆様も是非ご一読、井沢さんの主張する日本史の神髄を味わってみてください。

 

 

リチャード・フォス 浜本隆三、藤原崇訳『空と宇宙の食事の歴史物語 気球、旅客機からスペースシャトルまで』原書房

人間の乗った機体が空中を飛ぶ、という物理学の法則に反したことを実現するために人間は多大な努力を重ねてきました。つい100年ほど前までは空を飛ぶだけで大騒ぎでしたが、空を飛ぶ機械が発明されると、それを商業的に利用した事業が発明されるまでは、それこそあっという間でした。で、商業的な飛行が事業化されると、乗客たちから、やれ飲み物が欲しいとかメシを食わせろ、なんて要求が出てくるわけです。でも、そこは雲の上、いろいろと制限があるわけです。例えば、飛行船。映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦[Blu-ray]】』もチラッと出てきましたが、その豪華なこと、たとえファーストクラスと雖も現在の飛行機の比ではありもせんでした。でも、初期の飛行船のガス室には水素が充填されていましたので、火(とか火花が飛ぶ調理器具)なんて危なくて使えないわけです。でも、客から「暖かい飲み物が欲しい」、「暖かい料理が食べたい」なんてリクエストが出ます。で、どうしたか、なんてことが本書には延々と書かれています。興味のある方のには、面白いのではないですか。私には結構面白かったですよ。

本書で残念だったこと。1985年から現在の期間とは、「東側でサービス水準が上がる一方、西側では、その水準は下がった」時代だったことです。私が飛行機を利用する機会が多かったのはこの時期に当たります。仕事では主にビジネスクラス、プライベートでは主にエコノミークラスでしたが、ビジネスクラスだからってサービスが良かった、なんて記憶は別にありませんねえ。特に食事がおいしかった、なんて記憶はほぼありません。正確にはたった一度だけありましたけど。この時期、「そこかしこでコストカットがマントラのように唱えられていた」らしいですから。嗚呼。

あと、本書には短いながらも宇宙食の歴史も紹介されています。が、日本人としては、某カップラーメンメーカーが提供した宇宙ラーメンと、宇宙で撮影したCM(動画もありました  https://www.youtube.com/watch?v=XJ1MDOGiANU)のお話なんかも収録してほしかったですねえ。

 

 

浮世 博史日本史の新事実70 古代・中世・近世・近代 これまでの常識が覆る!』世界文化社

私も学校で歴史を学んでからすでに数十年という時間が経過してしまいました。こんなに時間が経つと、昔一生懸命覚えていたことが変わっちゃった、なんてことも多々あるようです。

本書の最初に紹介されているのは参勤交代、士農工商、大井川とか。あ、あれね、といった反応が返ってくると思いますが、現在の歴史学の世界での解釈は私のようなジジイが昔習ったのとはかなり異なっているのだそうです。あれま。

本書ではそんなエピソードがテンコ盛り。私の知識も本書でアップデートしておくことにしましょう。

 

 

三重 宗久戦前日本の自動車レース史ー1922(大正11年)-1925(大正14年) 藤本軍次とスピードに魅せられた男たち』三樹書房

日本で自動車レースなんてものをやっている輩なんぞは、暴走族の同類ぐらいにしか思われていませんので、最近でも日本で世界最高峰の格式を誇るF1レースが開催されてもその様子が主要新聞の第1面で紹介されたり、地上波TVで放送されるといったことはまずありません。ですから、日本における自動車レースの黎明期の歴史などというものをまともに記録しておこう、なんて奇特なことをわざわざやる人もいませんでした。だもんで、本書のための記録調べは大変だったらしいです。

著者の三重さんとたまたま知り合う機会があり、本書を送っていただきましたのでご紹介しました。実は本書が出版されたのは知っていたのですが、本署で紹介されているのは私にとって「懐かしい」などと感ずるよりもはるかに古い時代でありますので、購入を躊躇していました。ここで改めて御礼申し上げるとともに本書を紹介させていただきました。

 

 

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