201811

ステファン・ウェイア 定木大介・吉田旬子訳『失敗だらけの人類史 英雄たちの残念な決断』日経ナショナジオジオグラフィック社

「人類の歴史は「失敗の歴史」ともいえる。しかもその失敗の多くは、優秀で善意に満ちた人々が、肝心なときに大事な判断を誤ったために引き起こされている」と本書は始まります。で、最初の失敗エピソードがアダムとイブがリンゴを食べちゃうお話。大丈夫かこの本?

様々な失敗の歴史が語られるわけですが、多くは意図的に失敗しようとしていたわけではなく、限られた選択肢の中から選んだ方法が、実は最悪のものであった、といった例が多いように思います。

失敗するような方法を選んだことは良いことではありませんが、いつもいつも最善の手ばかり選べる訳ではありません。私たちにできることは、失敗は失敗として、その中からいかに後々役立つ教訓を導きだすかということでしょう。

私は経営学というのはほとんど文学としか言いようがない学問だと思っています。その経営学分野における数少ないまともな理論というか教訓にPDCAサイクル理論があります。ご存じでしょうが、PDCAとはPlan, Do, Check, Actの頭文字です。意味は、何かする時にはきちんと計画を立てて実行しなさい。そして、実行した後にはきちんとチェックを入れ、何か問題があったら正しなさい、ということです。これって、あったり前田のクラッカー、のことではないでしょうか。にもかかわらずこんなことが経営学の理論として受け入れられている、ということは、こんなあったり前のことにも関わらず、実行が難しい、ということなのでしょう。

政治制度の改革でも、右がだめなら左、左がダメだからまた右、なんて雑な改革が横行しています。同じ平面上をウロウロするんじゃなくて、ちゃんと上に向かわないとね。

 

 

管賀 江留郎道徳感情はなぜ人を誤らせるのか 冤罪、虐殺、正しい心』洋泉社

以前『戦前の少年犯罪をご紹介した管賀さんの著作です。

本書では冤罪事件を多く取り扱っています。冤罪の起きるメカニズムを明らかにしよう、というのが本書の目的だったのだと思いますが、その結論は意外なところにたどり着きます。

本書で取り上げられている代表的な事件は浜松連続殺人事件(1941年)、幸浦事件(1948年)、二俣事件1950年)です。この3事件には国家地方警察静岡県本部刑事課の紅林麻雄刑事が関わっていたとされています。浜松連続殺人事件を解決した英雄として名を上げた紅林刑事でしたが、戦後の幸浦事件と二俣事件については裁判の過程で冤罪が暴かれ、長い時間がかかったことは事実ですが無罪判決が下されています。現在の刑事裁判でも有罪率99%以上、なんて言われているのですから、ま、よほど異常だったんでしょうね。

本書の題名にもなっている“道徳感情が人を誤らせる”ことの例として、管賀さんは「大恐慌の真っ直中、アメリカでの行き過ぎた金融引き締めがその原因だと誰よりも早く喝破した経済学者グスタフ・カッセル」を証人として挙げています。カッセルは大恐慌の原因を「投機という悪魔的な所業に対して道徳的な懲罰を加えるためにありとあらゆる力を結集する」金融当局者の心理から引き起こされたものだ、としたのだそうです。これ、バブルの崩壊を経験した現在の日本人には痛いほどよくわかるのではないでしょうか。ま、経済学者は偉そうなことを言ってますが、昔と同じ過ちを繰り返している、ってことでしょうかね。

 

 

八木澤 高明日本殺人巡礼』亜紀書房

ノンフィクション作家、写真家の八木澤さんが様々な殺人事件を犯した犯人ゆかりの地を訪ねた、いわば巡礼記です。

私たち人を殺したことがない人間からすると、殺人犯なんてはるかかなた、異質、異常な世界の住人に思えますが、実はそうでもないのではないか、と考えさせられます。

何か結論が出るわけではありませんが、いろいろと考えさせられる一冊でした。

 

 

高田 理恵子文学部をめぐる病い 教養主義・ナチス・旧制高校』松籟社

本書で大きく取り上げられているのは、戦前、戦中、そして戦後の東京大学ドイツ文学科です。19世紀後半から急速に発展したドイツ帝国は、同じく勃興期にあった日本帝国にとって良き師匠、モデルになった国です。ではありますが、ドイツ、特にナチスの行状に関しては戦後大きく批判されることになりました。

当たり前のことですが、ドイツ文学科といっても、別にドイツ語で文学を書くことを目指しているわけではありません。もちろん創作家(日本語で)になった方もいるはずですが、数の上ではメジャーではないでしょう。ドイツ文学の研究や翻訳がメインです。従って、ドイツ文学科の面々も、戦時中は当時ドイツを支配していたナチス政権に都合の良いあれこれを翻訳する機会も多かったことでしょう。それは、必ずしも翻訳者たちの政治信条を体現していたわけではないのでしょうが、後になってみると、ナチスあるいは日本の軍部に協力したと批判されることも多かったようです。

似たようなことは戦争画を描いた画家たちにも起こりました。ここら辺の経緯は本書評でも取り上げたことがあります(溝口 郁夫『絵具と戦争国書刊行会)。

ドイツ文学者の場合と画家たちの場合には、微妙ですが、やはり違いがあるようにも感じます。皆様はいかが思われますか

 

201810

原田 マハたゆたえども沈まず』幻冬舎

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本書の主人公として登場するのはフィンセント・ファン・ゴッホと林忠正です。ゴッホは言うまでもなく日本でも超高名な印象派の画家です。林忠正とは、明治期にフランスに渡り、「流暢なフランス語で浮世絵を売りさばく一人の日本人」なのです。ゴッホは確かに浮世絵を所有するか、少なくとも模写できるくらいに手元においていたことは確かなようです。とは言え、二人の間に実際に面識があったかどうか、今となっては確たる証拠があるわけではありませんので分かりませんが、同時代に同じ国に居たことは確かなようです。ここからは、虚実をないまぜにした原田マハワールド全開。

江戸末期から日本(てか江戸幕府)も万国博覧会に出展するようになっていました。で、ジャポニズムなんて言って、神秘の国日本がもてはやされました。ちょうどヨーロッパでは産業革命が起き、今までの土地に縛られていた農民と貴族しかいなかった(坊さんもいたか)時代から、ブルジョワジーや工場労働者などが生まれた時代です。一般的に可処分所得が増え、旅行がブームになるなどしており、ベル・エポック(良き時代)なんて言われたころです。本書の舞台19世紀の末期には、日本も明治維新を経て欧米型の社会を目指してイケイケドンドンだった時代です。ゴッホなんて言うと、超有名な画家で、随分と昔の人のような感じがしますが、実はそうでもないんですね。

いつも通りどこまでが史実でどこからが虚構なのか分からない原田さんの小説。読んで面白いことだけは保証いたします。是非ご一読を。

 

 

クリスティン・ヤノ 久美薫訳『なぜ世界中が、ハローキティを愛するのか? “カワイイ”を世界共通語にしたキャラクター』作品社

ヤノさんは、ハローキティは猫ではなく小さな女の子であることを発見した方なのだそうです。え、そうなの!!

ご存知、サンリオのキャラクターであるハローキティですが、今では世界中で見かけるようになりました。30年ほど前、シチリアのホテルの売店でサンリオグッズを見かけ、誰がこんなもの買うんだ(だってシチリアですよ)と思ったのですが、イタリア在住の日本の方にイタリア人にも大人気なんですよと教えられ、ビックリした覚えがあります。かくして日本の“可愛い”は世界の“カワイイ”になっていったのでした。

ところで、サンリオってハローキティに代表されるグッズを世界的に販売しているのですが、日本本社や世界各国の支社では主にライセンス管理を行っているみたいです。もちろん、デザインや企画も行っているようですが、実際の商品開発や販売はライセンス提供相手が行うというビジネスモデルを採用しているみたいです。従って、海外でサンリオ製品を探してみると、日本では見たこともない、ローカライズされたものが結構あります。良いお土産になりますよ。逆に、海外のサンリオ・ファンはMade in Japanのものを珍重しているみたいです。面白いですね。

ヤノさんはハワイ大学人類学部の教授で、人類学がご専門のようです。ですから、本書もかなり学術的なテイスト、しかもアメリカ人目線で書かれています。ですから、サンリオ・キャラクター(キティ以外も含めて)の受け取り方が、どうやら日本人とは随分と違うことに気づかされます。日本では数あるデザイン・キャラクターのひとつでしかないハローキティですが、海外では日本とは大分異なった文脈・意味合いでとらえられている場合があるようです。また、本書には日本人からすると随分と違和感のある分析も含まれています。こんなところも含めて大変興味深い一冊でした。

 

 

エリン・L・トンプソン 松本裕訳『どうしても欲しい! 美術品蒐集家たちの執念とあやまちに関する研究 』河出書房

トンプソンさんはニューヨーク市立大学のジョン・ジェイ・カレッジという刑事裁判に特化した大学の美術品関連の犯罪を専門とする分野で助教授をされている方です。最近はテロリスト集団による遺跡の盗掘や破壊、他にはデジタル技術を使って複製・再現された文化遺産に関する法倫理の研究をしてますってご自分のホームページには書いてあります。この分野では唯一のフルタイムの教員だとも誇らしげに書いてありますね。

本書のテーマはコレクターと呼ばれる人々が、なぜ、莫大な金銭どころか罪を犯してまで美術品の収集にのめり込むのか、という疑問です。ただし、罪を犯して、といっても、犯罪的とされる行為も、時代によって随分と違うようです。他人のものを盗んでくる、なんていう、いつの時代でも犯罪とされる行為もありますが、戦利品として他国から分捕ってくる、など時代によっては正々堂々と行われていたもの、修復と称して美術品を改竄、改造、さらには贋造、変造、模造などなど、どこまでが犯罪なのか判然としないものもあります。

トンプソンさんが学者であるからなのかどうか、文章表現がかなり堅苦しく、いささか読み難い印象を持ちました。ただ、なるほどこの分野の唯一の専門家であると自称するだけのことはあり、今まで聞いたことのないエピソードが数多く紹介されていました。なかなか読み応えがありました。

 

 

岡田 暁生クラシック音楽とは何か』小学館

本書の題名からは、これこそがクラシック音楽の神髄であり、それが分からない人間はクラシック音楽を聴く資格がない、なんて言われそうな雰囲気がありますが、岡田さんはそんなことを意図して書いたのではないようです。

では何が目的か、というと、クラシック音楽にはやはり敷居が高いイメージがあります。ですから、好きな音楽を適当に楽しむ、なんて言おうものなら、怖い顔をしたおじさんに怒られちゃいそうな気がして取っ付き難い、なんて気後れしている方もいるかもしれません。でも、岡田さんは「本当はいったんある程度の要領さえわかれば、こんなに面白い音楽ジャンルはそうない」って言っています。その要領を紹介しているのが本書なのです。

本書で扱うクラシック音楽とは、「一八世紀前半から二十世紀初頭にかけてヨーロッパで作曲された音楽、名作レパートリー」としています。本書では、西洋音楽ではありますが中世・ルネサンス期のものはクラシック音楽とは区別して扱っていますし、現代音楽とされているもの、さらには世界各地の民族音楽、あるいはポップスやロック、ジャズなどの大衆音楽は含まれないことになります。ま、一般的なクラシックの音楽会で演奏されるような音楽、ということになるのでしょうか。冒頭にご紹介した『たゆたえども沈まず』の時代は、クラシック音楽時代の最後の頃、ということになります。

え、そうだったのか、といったエピソードがちりばめられている本ではありませんが、これからクラシック音楽でも聞いてみようか、という方には、自分はどんな音楽から聞き始めればいいのかな(演歌好きならイタリア・オペラ!)なんてことのガイドになりますし、クラシック音楽大好き、という方にも、岡田さんの作曲家、楽曲、演奏家、観客、そして音楽に対するちょっと穿った分析は面白く読めると思います。

 

20189

中島 真志アフター・ビットコイン 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』新潮社

本書の内容を理解するうえで、著者の中島さんの経歴は重要な意味を持っておられると思います。中島さんは大学卒業後、日本銀行に入行、「リサーチ関連の仕事を多く経験しました。その中で「決済システム」に出会い、大学教授への転身後もライフワークとして調査研究を続けています」という方です。

本書の題名が『アフター・ビットコイン』となっていることからも分かる通り、中島さんはビットコインそのものの将来が明るいとは思っておられないようです。そもそも、ビットコインのデザインそのものが世界的に通用するメジャー・カレンシーたらんとして企画されたわけでもないようです。ではありますが、ビットコインの裏付けとなっているブロック・チェーンの技術は中島さんも高く評価しているようです。まあこれは中島さんの調査研究のテーマからしても当然でしょう。ということで、ビットコインの後には何が起きるのでしょうか。

 

 

松尾真一郎、楠正憲、崎村夏彦、佐古和恵、佐藤雅史、林達也、古川諒、宮澤慎一『ブロックチェーン技術の未解決問題』日経BP

昨今のビットコイン価格の乱高下によって仮想通貨に俄かに注目が集まるようになりました。ビットコインのような仮想通貨を成立させるための基礎技術がブロックチェーンになるわけですが、ブロックチェーンは仮想通貨だけに利用可能な技術ではなく、その他さまざまな形で利用が可能である、ということで改めて注目を集めています。

ではありますが、ブロックチェーンはまだまだ成熟した技術ではなく、その仕組みを悪用した事件も多く報告されるようになりました。どのような問題があり、どのように解決ができると期待されているのでしょうか。

本書は上記中島さんの本とは異なり、ブロックチェーンや暗号技術の専門家が執筆されていますので、私にはいささか読み難い感じがいたしました。ただ、仮想通貨の普及には金融関係の人間はもとより、運営を支える技術者の協力がなければ成り立たないのは明らかです。私たちが便利に使っているインターネットだって、あっという間に広がった、という訳ではありません。そのようなことを考え合わせると、ビットコインの技術が成熟した使いやすいものになるまでには、今しばらく実験的な期間が必要なのかもしれません。

 

 

ナシーム・ニコラス・タレブ 望月衛監訳・千葉敏生訳『反脆弱性上』ダイヤモンド社

まぐれ 投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか、『ブラック・スワン』で一世を風靡したタレブさんの新刊です。タレブさんは三部作のメインは本書だって言ってますよ。

「不確実性を生き抜くだけじゃいけない。乗り切るだけでもいけない。不確実性を生き抜き、ローマ時代の積極的なストア哲学者たちのように、不確実性を自分のものにすべきなのだ」ということが本書のテーマのようです。

不確実というぐらいですから、ブラック・スワンは予測できません。ブラック・スワン対策としてガチガチで過保護なシステムを作ったとしても、まあ、使いにくくてしょうがないでしょうね。では、ブラック・スワンに出会わないように延々と逃げ回っていればよいのでしょうか。ま、無理でしょう。ではどのようにすればよいのでしょうか。それは、不確実性を「手なずけ、支配し、さらには征服すること」なのです。では、どうやれば、ということをタレブさんはこの上下二冊の本で縷々説明していきます。本書では「反脆さ」(antifragile、タレブさんの造語です)という言葉を使っています。日本語だと“しなやか”とか“したたか”、なんて感じですかね。詳しくは本書をお読みください。

本書では失敗から学ぶことも反脆さの一つとして取り上げられています。事故の教訓を次に生かす、なんてことも含まれます。これって、『失敗の本質とかでもよく採り上げられていますよね。あるいは、私が経営学における数少ない一般的にも応用可能な原則だと思っているPDCA理論とかにも通じます。人間、失敗を後悔してはいけませんが、反省はしなくてはいけません。

また、かつて寺田寅彦先生は関東大震災の前だったと思いますが、地震は予測することも防ぐことも出来ないが、被害は事前に準備しておくことで軽減できる、といったことをおっしゃっていたと記憶しています。これって、タレブさんの言うところの反脆さ、ダウンサイドリスクを減らす、ってことだと思います。なるほどねえ。

タレブさんは例によっていろんな逸話から彼の言わんとすることを解き明かして行きます。私もオプション・ディーラーの端くれでしたので、タレブさんの言わんとすることが、まるっきりちんぷんかんぷん、という訳ではありません(拙論でも非線形のリスクについて論じています)。とは言え、全部が全部、そうだ、と思う訳でもありません。とは言え、読み物として中々面白いことは保証します。是非ご一読を。

 

 

小林 雅一AIが人間を殺す日 車、医療、兵器に組み込まれる人工知能』集英社新書

AIに雇用が奪われる日が、なんて記事が散見されるこの頃ですが、本書の題名は“AIが人を殺す”という物騒なものです。小林さんが重点的に取り上げているのは「自動車」「医療」「兵器」に組み込まれるAIです。いずれも、AIが人間に対して反乱を起こさなくても、何らかの誤作動があれば、人命に重篤な影響をもたらす可能性があります。まあ、兵器の場合は、正常に作動しても人命に重篤な影響を与えますが。

本書においても、確率論が登場します。自動運転の場合、さすがにカーナビの言う通りに走る、なんてバカな制御が行われることはありません。各種センサーによって外界の状況を測定、判断して走るのですが、この時に使われるのが「統計・確率型AI」というものなのだそうです。外界を測定しても、そこには一定の誤差とか不確定な場合があります。そんな場合、止まって確かめる、なんてことをしたら交通はマヒします。で、「統計・確率型AI」によって判断していくのですが、ここで問題になるのがファットテール(タレブさん流に言うとブッラックスワン)なのです。

さらに本書ではディープラーニングに「ニューラルネットのブラックボックス化」の危険性を採り上げています。詳しくは本書をご参照いただきたいと思います。

とは言え、様々な分野でAIは順次実用化されていくのでしょう。そのとき、私たち人類は幸福を手に入れられるのでしょうか、それとも……。

 

 

20188

中野 信子努力不要論 脳科学が解く!「がんばってるのに報われない」と思ったら読む本』フォレスト出版

昨今、昔に比べれば便利な道具が増えました。スマホなんてのはその最たるものでしょう。今からたった30年ほど前、携帯型のテレビ電話なんてSF映画の中にしか存在しませんでしたが、今じゃスマホ持ってれば誰でも使えますよ。ではありますが、私たちの生活が楽になったか、とか、みんな遊んで暮らせるようになったか、と言えば、そんなことはありません。それどころか、スマホを持っているおかげで24時間のべつ幕なしに呼び出され、どこにいるかまで管理されるようになってしまいました。

私たちは私たちの生活をより良くするために努力を重ねてきたはずですが、なんだか思ったのとは違う結果が生じてしまっているのではないでしょうか。努力したら、報われるはずなのに……。

日本人は「努力」なんて言葉にコロリとやられちゃうわけですが、中野さんは「反論もあるかもしれませんが、無謀な努力を尊び、結果を軽視するのは、本来の武士道ではありません」「努力信仰が日本の精神に蔓延るようになったのは、明治時代です。明治政府を作ったのは江戸の武士ではありません。薩長出身の武士たちです」としています。明治から昭和20年まででしょうか。何が何でも、無理だろうがなんだろうが努力しろ……。こんな雰囲気を最も体現していたのは日本軍でしょう。ま、私も何度も指摘してきましたが、日本軍ってのは日本の悪いところを思いっ切り純粋培養した組織みたいですからねえ。その残滓は今もあちこちに残ってるようですね。

本書を読んで、私は多分セトロニントランスポーターが多いタイプなんだな、と思いました。意味?是非本書をお読みください。

 

 

池内 紀すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる』毎日新聞出版

日本では昔、人生五十年といわれていました。現在は寿命が延びていますが、池内さんは「人生に行きと帰りがあると考えれば、生き帰りで百年。行きのいわゆる上り坂をあがっていく、いろいろなことが楽しい時期はやっぱり五十年ぐらいだと思います」と書いています。して見ると私も思いっ切り下り坂人生に差し掛かっているわけです。でも、この下り坂人生も楽しまなきゃ損。あんなこともこんなことも出来なくなった、と嘆いているばかりでは人生楽しくありません。では、トシヨリはどんな風に生きれば楽しく生きられるのでしょうか。

池内さんは何よりもまず「自分の老いと向き合うこと」だとしています。「「体はしわくちゃだけど、心はまだ若い。我々は万年青年だ」なんて、元気のいいお年寄りもいますが、ようするに現実を見ていないだけです」とは手厳しい。でも、そういう自己認識の甘い人って沢山いますよね。そんな輩は大体、近頃の若いもんは……、なんて文句ばっかり言ってるんです。引っ込めって。

私、年を取ったら思いっ切りウザくてイヤミなジジイになろうと思っていたのですが、本書によれば、人間、年を取ると、ほっといてもそうなっちゃうみたいです。私は天邪鬼ですから、とっても上品で人に好かれるジイさんになってみましょうか……。ムリだな。

 

 

アレン・フランセス 大野裕訳『〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告』講談社

現在の精神医学における診療・治療の世界的マニュアルになっているのが、アメリカ精神医学会が出版する精神疾患の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、通称DSM)です。現在は2013年に出版されたDSM-5が使われています。その他、WHOが作った疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems、現在は第10版で、略称はICD-10)というものも有力なマニュアルだそうですが、両者ともにDSM-IIIを母体としているので大変似ているのだそうです。

著者のフランセスさんはアメリカ精神医学会の重鎮で、DSM-IV1987年出版)の作成委員長を務められた方です。DSM-IV作成の後、ご家庭の事情などもあり早期引退をされていたそうですが、DSM-5作成時の混乱などを目にして、居ても立ってもいられなくなり、DSM-5を正しい方向へ導くための運動に身を投じられたようです。

その裏には、DSM-IV作成後のご自身の経験があったようです。DSM-IVは「頑固なくらい保守的なものを作ろうとした」にもかかわらず、自閉症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、小児双極性障害(CBD)という「精神疾患の三つのまやかしの流行が新たに発生するのを予見も予防もできなかった」からです。現在の米国では精神科の薬の乱用が問題になっており、「いまや違法なドラッグよりも合法の処方薬のほうが、緊急救命室に運び込まれたり命を落としたりする原因の多数を占めている」状態なのだそうです。「製薬企業は、医学を発展させて患者のケアをよりよくするために研究を重ねているのだとしつこく宣伝し、高い価格や膨大な利益を正当化する。これはたわごとと言っていい」とまでフランセスさんは決めつけています。

現在の医療の弊害は(もちろん役に立った事例も)、ご自分自身の経験と反省とともに本書に紹介されていますのでお読みいただきたいと思います。が、ひとつだけ本書を読んで日本の医学界にも通ずる問題点を感じました。それは、医者の権威が高すぎることです。患者側も医者の診断にケチを付けることは畏れ多くてできませんし、医者の側もケチなんぞつけられようものなら激怒してお前なんか二度と診てやらない、なんてことになるんです。若いときから先生なんて呼ばれている人間にろくな奴はいない、なんて言われていますが、案外本当のところを突いているんじゃないですかね。先生なんて呼ばれる職業の人って大体がふんぞり返っちゃって下の方は見えない(見ない?)ようになってますからねえ。

 

 

ロバート・ウィタカー 小野善郎監訳、門脇陽子・森田由美訳『心の病の「流行」と精神科治療薬の真実』福村出版

上記フランセスさんの本でも取り上げられていましたが、本書で取り扱っている最大の疑問点、問題点は「画期的な精神科治療薬が普及したのに、精神疾患の転帰は薬物治療が導入される以前よりも決してよくなっていないどころか、むしろ悪化しているようにさえ思われるのは何故なのだろうか」ということです。本書は精神疾患そのものではなく、「薬が原因で人生を台無しにする精神疾患が蔓延」していることに警鐘を鳴らしているのです。

本書でウィタカーさんは精神医学界について「地雷原」という比喩を使っています。「精神医学について執筆すると、たいていこのテーマに興味を持つようになった経緯をたずねられる。著者にはこのテーマに関心を抱く個人的理由があるに違いない、さもなくば政治的問題を孕んだ地雷原に足を踏み入れるはずがない、と思われる」って。おまけに政治的問題だけじゃなくて経済的問題まで絡んでいますからねえ。

本書では、薬品の治験として広く用いられている「無作為化プラセボ対照二重盲検試験」(治療にあたっている医者も薬を投与される患者も薬なのかプラセボなのか分からなくした試験)を精神医学においてどのように活用できるのか、という問題も取り上げられています。精神科治療薬において、医者はもちろんのこと、患者も薬なのかプラセボなのか分かってしまうのではないか、というのです。それだけではなく、短期的な臨床試験では、長期的経過がどうであったのかまでは分からないことも問題視しています。「患者は就労できたのか、人生を楽しんだのか、友人はいたか、結婚できたか?こうした質問のいずれにも答えられないだろう」としています。また、近年ADHDを患う子供たちに対しても精神病治療薬が処方されるようになりました。確かにそれらの薬は短期的には子供たちの多動を抑える効果はあるようなのですが、本当に治療している(病気が治る)と言えるのでしょうか。多動を抑えて統制できるようにすることを良しとするのは教師とか親とかであって、子ども自身ではないのではないか、と指摘しています。精神病治療薬による長期的な弊害も取り上げられています。

が、この問題は精神科治療薬のみならず、現代の医学に普遍的に付き付けられている問題なのではないでしょうか。現在の日本では平均寿命と健康寿命の差が問題視されています。人間、幸せに生きることが最も大切なことで、ただ単に死ななければ幸せ、って訳でもないようです。皆さんはこの問題、どう考えますか?

ところで、本書には面白いエピソードが紹介されていました。皆さんもサイエントロジーという新興宗教の名前を聞いたことがあると思います。有名な俳優さんが信者ですからね。サイエントロジーは精神科治療薬に長く反対キャンペーンを張っていたのだそうです。が、製薬会社はこれを巧みに利用、サイエントロジーが反対していることを以て、精神治療薬に対する反対運動はおかしなカルト宗教が主導する疑似科学であり、信用するに値しない、というキャンペーンを張ったのだそうです。で、首尾よく大儲け。カウンター・インテリジェンスの成功例、とも言えますが、なんだかねえ。

 

 

20187

森 健小倉昌男祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』小学館

本書は宅急便の生みの親であり、ビジネス書としては異例のロングセラーであり不朽の名著、本書評でも取り上げたことがある『経営学の作者でもある小倉昌男さんの、今までにあまり知られていなかった側面にスポットライトを当てた作品です。

1995年にヤマト運輸の経営から退いた小倉さんは資材を投じてヤマト福祉財団を設立、障害者が働けるパン屋「スワンベーカリー」を立ち上げるなどしました。このベーカリー設立の目的は障害者の自立です。それまでも障害者が働く共同作業所はありましたが、そこでもらえる月給は一万円ほどでした。当時であっても自立は到底無理です。で、小倉さんが掲げたのは「障害者の月給を一万円から十万円」にすることでした。“伝説の経営者”である小倉さんはもちろん経営手腕を発揮してその事業を成功させるわけですが、その裏には自身の壮絶な経験が隠されていたのです。

小倉さんというと“伝説の経営者”ですから、ものすごくエネルギッシュな方を想像していました。私が金融機関に勤めていたころお会いした中小あるいは零細企業(別に有名な会社じゃないですよ)の社長って、全員が全員、脂ぎって自信満々、まことにエネルギッシュな方ばっかりでしたからねえ。でも、実際に小倉さんと面識のある森さんによれば、小倉さんは全く違っていたようです。こんなところにも注目、でしょうか。

詳しくは本書をお読みいただきたいと思いますが、感動すること間違いなし、の一冊です。是非ご一読を。

 

 

帝国データバンク情報部 藤森 徹『あの会社はこうして潰れた』日経プレミアシリーズ

日本の企業の信用調査情報と言えば、帝国データバンク。金融機関に在籍していたとき、私もお世話になりました。藤森さんは帝国データバンクの東京支社情報部長まで務められた方だそうです。ということで、本書では幾多の企業の倒産について分析しています。本書は「中小企業の経営者、営業マン、金融機関など、企業経営に関わる全ての企業人に活用してもらえる構成をとった」そうですが、読み物としても面白く仕上がっています。だって、他人の不幸は蜜の味……、じゃなくって、会社がつぶれる原因なんて星の数ほどある、ってことをあらためて教えてくれるからです。ただ単に経営者が無能だったから、というのであれば自業自得、で済ませられるのですが、どうもそれだけではないみたいです。いやあ、社長って大変なんですねえ。やったことないから分かんないけど。

 

 

有森 隆巨大倒産 「絶対潰れない会社」を潰した社長たち』さくら舎

本書で取り上げられているのはタカタ、大昭和製紙、佐世保重工、ミサワホーム、そごう、安宅産業、セゾングループ、三光汽船、シャープという、いずれも絶対に潰れないであろうと思われていた、いわゆる巨大倒産の事例です。それらの倒産を、「企業の良し悪しは経営者で決まる」ということで、経営者、社長たちに焦点を当て、何を誤ったことによって転落していったのか、を説き起こしたものです。

本書で取り上げられているのは「巨大倒産」ですので、前掲『あの会社はこうして潰れた』のような、いささか気の毒な例はありません。典型的なのは一代で大企業を築き上げたワンマン社長が舞い上がってしまい……ってパターンが多いみたいです。本書評でも何度も取り上げた『失敗の本質でもこのパターンは散見されましたよね。

私の場合は舞い上がるほどの実績もないので何とも言えませんが……。ま、もしかしてもしかしたら舞い上がるほどの成功を収める可能性もゼロではないわけですから、他山の石とすることにいたしましょう。

 

 

細野 祐二粉飾決算vs会計基準』日経BP

 

税務とか会計の世界というのはやたらめったら規則が多く、その道の専門家でないと何をどうやれば規則に則った申告ができるんだかさっぱりわからないものです。ジャーナリストが書いた金融関係の話には、一応金融関係でメシを喰っていたことがある人間としては、いささかチガウンデナイノ、なんて思うこともあります。その点、本書の作者の細野さんはれっきとした公認会計士資格を持った方です。が、「キャッツ株価操縦事件に絡み、有価証券虚偽記載罪で逮捕・起訴。一貫して容疑を否認し、無罪を主張するが、2010年、最高裁で上告棄却。懲役2年、執行猶予4年の刑が確定」したという方です。で、公認会計士の登録は抹消され、その後は犯罪会計学の研究をされているそうです。なるほど、色々と言いたいことがありそうですね。

本書で取り上げられているのは長銀、日債銀、ライブドア、オリンパス、東芝の粉飾決算事件です。これらの事件について細野さんは、「時代が取得原価会計から時価会計に移行していく過程で事件化し、時価会計が主力となった時代に粉飾決算事件として決着している」、「私は事件の背景に、時価会計が経営者の倫理観を毀損していった側面が見えてならなかった」と指摘しています。会計学は進歩しているはずですが、会計のそもそもの目的である、企業の状態を正確に測定し報告するということからずれてしまっているのではないの、ということでしょう。ただし、「企業会計原則は、財務諸表の適正表示という目的上、それらの事実のうち、どれを選択して財務諸表に表示すべきかを定め、そして、少なからぬ場合において、複数の選択肢を示し、その選択適用を認めている」のです。企業はそれらのうち最も自社にとって有利なものを選択表示ができるのです。日本の企業でも米国市場などで上場している企業の場合、異なった基準によって作成された複数の財務諸表を公開している場合もあります。企業会計などにおいて唯一無二の絶対的基準などない、ということなのでしょう。

ところで、本書では「上場会社の監査契約は適正意見を暗黙の前提として継続されるというのが社会通念となっており、その中で監査人が後退するというのは、世間には言えないのっぴきならない事情があると考えられる」なんて書いてありますが、私がかつて所属していた外資系の会社では、3年だったか5年だったかごとに監査法人を変えなくてはならない、という規則がある会社がありました。で、買収された日本法人も本社からそうしろって言われて目を白黒させられたことを思い出します。癒着を防ぐ、なんて意味では評価すべきことなのでしょうが、担当部署は大変だったみたいです。企業文化も国によってかなり違うようですね。

細野さんは精いっぱい分かりやすく書いたのでしょうが、内容的に質を落とすわけにはいかなかったのでしょう。従って、本書、極めて難しいんです。私のレベルが低いのかもしれませんが。ご興味がない方は手に取らない方が賢明かもしれません。

 

細野さんの以前の著作もご紹介しておきましょう。

公認会計士vs特捜検察【電子書籍】』 『【中古】法廷会計学VS粉飾決算

 

 

20186

宮川 秀之イタリアンデザイン世界を走る ジウジアーロと共に歩んだ50年CG BOOK

多くの方に取って宮川さんの名前にはあまりなじみがないかもしれませんが、車の世界では超有名人。何しろ日本人でありながら、超有名カー・デザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロとともにイタルスタイリング(後のイタルデザイン)というこれも超有名なプロダクトデザインを専門とする会社を立ち上げる創立メンバーとなったのです。しかも、日本のプロダクトをイタリアに、イタリアのプロダクトを日本に紹介する活動も行っており、イタリアと何らかのビジネスを行っている会社で宮川さんの世話にならなかった会社はない、なんて言われているほどのやり手ビジネスマンでもあったのです。

こう書くと、バリバリのビジネスマンを想像してしまいますが、宮川さんはイタリアでも大変に尊敬されている慈善家としての側面も持っていらっしゃいます。宮川さんはマリーザさんというイタリア人に一目惚れ、結婚するのですが、その時にマリーザさんが出した条件が、子供に手がかからなくなったら、恵まれない子供たちを引き取るなり里親になるなりしよう、というようなものだったのだそうです。まあ、超美人のイタリア人に一目惚れした宮川さんは一も二もなく同意したのでしょうが、良く考えてみれば、結構重大な条件ですよねえ。で、十数年後にマリーザさんが本当にこの件を持ちだしたとき、宮川さんはそれにちゃんと応えたのです。エライ。

現在でも「インドや韓国、アフリカの子供たちの国際里親を支援、実践」しているそうです。また、イタリア国内でも様々な問題を抱えている若者たちを支援する活動を行っている、なんて記事を読んだ記憶もあります。

昨今、日本も国際化しようとか日本人も国際人になろう、なんて言われていますが、それよりはるか以前に世界を股にかけた活躍を実践していたのが宮川さんです。八面六臂の活躍も実にサラッと書いておられます。日本人もまんざら捨てたもんじゃないですね。

 

 

中野 雄ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』文春文庫

昨今、いわゆる名画やフェラーリを代表とするクラシック・カーがコレクターズアイテムとして異常な値上がりをしていましたが、アントニオ・ストラディヴァリとかグァルネリ・デル・ジェスといった名工が制作した楽器も同様に異常な値上がりをしてきたのだそうです。本書では、ここ十数年の間に五倍以上にもなった、と紹介されています。

本書には「銘器の値段を釣り上げているのは、ユダヤ系楽器商たちの闇カルテルだ」なんて噂もあるとかかれていますが、どうなんでしょうか。本書では古今東西で行われてきた聴き比べ実験(名作といわれている複数のヴァイオリンと、新作のヴァイオリンが聴き分けられるか、とか)の結果が惨憺たるものであったことも紹介されています。つまり、聴き分けられる人は専門家も含めていなかったのだそうです。

ところで、本書の中で日本音楽財団の活動が紹介されています。日本音楽財団は、アントニオ・ストラディヴァリとかグァルネリ・デル・ジェスといった名工の作った楽器を20挺ほど所有し、それを内外の音楽家たちに貸与しているのだそうです。しかも、修理・保全代金は財団持ち!こんな太っ腹な財団が何と日本にあるとは。たいへん誇らしいことですね。

私も下手の横好きで尺八なんぞを一時習っていたことがありました。楽器なんぞを始めてしばらく経つと、まず大抵誰でも新しい楽器、もっと良い楽器、平たく言えば高い楽器が欲しくなります。で、私も先生に「この楽器鳴らないから、新しい楽器がほしい」なんて言ったら、先生は私の使っていた楽器を取り上げ、サラッと吹いてくれました。あれ、鳴るじゃん。鳴らない原因は私が下手くそなだけでした。銘器とは関係のないド素人さんのお話でした。チャンチャン。

 

 

ブリア=サヴァラン 玉村豊男訳『美味礼讃』新潮社

ブリア=サヴァランは「どんなものを食べているか行ってみたまえ。君がどんな人か当ててみせよう」なんてことを言った人だってのはあちこちに引用されていましたから知っていましたが、『美味礼賛』そのものは全く読んだことがありませんでした。これは私ばかりではなく、翻訳者の玉村さん自身も似たような状態であったようです。

ということで、玉村さんが新しく翻訳した訳ですが、原著の分かりにくい部分は省いちゃったとか、順番も入れ替えてあるなど、かなり自由に“編集”してあるみたいです。

なにしろ、ブリア=サヴァランの生きていた時代(1755-1826)のフランスの大きな出来事って、フランス革命とナポレオン戦争。この時代をもろに生きていたわけですから、現代の日本人にとっては分かりにくい部分があるのも頷けるところがあります。なにしろブリア=サヴァランはフランス革命後代議士となるも、革命末期には自分の首に懸賞金が懸けられているのを知ってアメリカに亡命していた、なんてエピソードもあるような御人です。太平お気楽な現在の日本人には分からないところもあるでしょう。

で、それを新しく翻訳したのが玉村さんです。もともと翻訳家、エッセイストとして知られる玉村さんですが、趣味が高じたのか病膏肓に入っちゃったのか、現在ではヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリーというところでワインを作り、またレストランも開業していらっしゃる方です。ブリア=サヴァランの翻訳にはぴったり、ということでしょうか。本書は『美味礼賛』の翻訳というだけではなく、訳注としては長すぎる玉村さんのエッセイも随所に掲載されています。ということで、一冊で二度おいしい本書でした。是非ご一読を。

 

 

西原 稔新版 クラシックでわかる世界史 時代を生きた作曲家、歴史を変えた名曲』アルテスパブリッシング

私も西洋音楽史の授業を取ったことがあるのですが、いつからいつまでが中世・ルネッサンス音楽の時代で特徴はこれこれ、次はいつからいつまでがバロック音楽の時代で特徴はこれこれ、なんて感じで進められます。ではありますが、同じバロック時代の音楽(1600年頃から1750年頃まで)といっても、フランスにおけるバロック音楽とドイツにおけるバロック音楽って、けっこう趣が違います。フランスでは終盤になると神様がリフトで降りてきて大団円、なんて派手な仕掛けのオペラが作られていた一方、ドイツのバロック音楽といえば室内楽プラスアルファの構成の作品が主でした。なぜかというと、当時のフランスはルイ14世(在位1643-1715)が活躍した絶対王政の時代です。これに対してドイツは諸侯が群立した時代。平たく言うと、音楽に費やすことができるお金にも人員にも雲泥の差があったからなのです。作曲者がどうのこうのというより、両国の政治社会体制(音楽を取り巻く環境)の違いが原因だという方が作風の違いを端的に示してくれます。

音楽が作られた背景を知ることにより、いつも聞いている音楽にも新しい側面があることに気が付くのではないでしょうか。こんな音楽に対するあれこれが詰まった一冊でした。

 

20185 

上杉 隆+NOBORDER取材班『オプエド 真実を知るための異論・反論・逆説KADOKAWA

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オプエド 真実を知るための異論・反論・逆説 [ 上杉 隆 ]
価格:1404円(税込、送料無料) (2018/3/24時点)

本書評で何度か取り上げてきた上杉さん(『悪いのは誰だ!新国立競技場政権交代の内幕ジャーナリズム崩壊』)ですが、諸般の事情により地上波テレビでは姿をお見かけしなってしまいました。とは言え、活躍の場を自由なネット空間に求め、元気にご活躍されているようで何よりです。

本書の題名にもなっているオプエドとはニューヨークタイムズの一面にある「Opposite Editorial」というコーナーのことなのだそうです。Editorialとは社説のことですので、それに対する反論として掲載されているのだそうです。しかも、ニューヨークタイムズの社員でも出稿可能なのだそうです。日本人の感覚からすると、上の人間から、「俺の言うことに反対するつもりか」なんて言われちゃいそうですよね。まあ、日本人にはあまり期待できないメンタリティーですね。

最初に安倍・トランプ会談のゴルフ場での映像を唯一NOBORDERが獲得したエピソードが書かれています。で、その映像を海外のメディアは買ってくれ、クレジット入りでオンエアしたのだそうです。ところが、日本のメディアはタダで、しかもクレジット抜き(つまりNOBORDERの映像だってちゃんと言わないで)で使わせてくれ、と言ってきたのだそうです(ちゃんとお金を出してクレジット付きで放送した局もあったそうですが)。その他の事例でも本書ではメディア名入りで思いっ切り批判を書いちゃってます。詳しくは本書をご覧ください。

ま、こんなことしてるからテレビ局が出してくれなくなっちゃったんだとは思いますが、上杉さんの言い分もちゃんと聞いとかなきゃね。ということで、いわゆる主要な新聞やテレビでは目にしないニュース満載の本書、是非ご一読を。上杉さんもう一度都知事選に立候補しないかな。

上杉さんのやっているニューズ・オプエドのページはこちら

 

 

矢部 宏冶知ってはいけない 隠された日本支配の構造』講談社現代新書

以前本書評で『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』をご紹介した矢部さんの新刊です。

本書に書かれていることは「半分主権国家」という言葉に端的に表されています。なにしろ、「米軍機は、米軍住宅の上では絶対に低空飛行しない。それは、アメリカの国内法がそうした危険な非行を禁止していて、その規定が海外においても適用されているからだ」でも、日本人の住宅の上は低空飛行してもかまわないのです。いくら偉そうなことを言っても、アメリカ様には逆らえないのが日本だということでしょう。

本書の指摘でなるほどと思ったのは、「世界の常識から言うと、日本の「終戦記念日」である八月十五日には何の意味もない。国際法上、意味があるのは日本がミズーリ号上で「降伏文書」にサインし、「ポツダム宣言」を正式に受け入れた九月二日だけだからです」としています。ではなぜこのようなことをしているのかというと、「日本は八月十五日を戦争の終わりと位置付けることで、「降伏」というきびしい現実から目をそらし続けている」からなのです。私も、東京裁判という戦勝国側の都合で開かれた裁判ではなく、日本人自身でなぜあのような戦争をしたのかを問い返すべきであったと思います。日本人は、どうも反省することが不得意なようですね。

本書を読むと、日本という国は実は米国の属国だか植民地だか、あるいは単なる基地の用地、つまり米国にとって都合のよい占領地であって、とてもまともな独立国とは思えない状況にあることがお分かりいただけると思います。そんなのは陰謀論だ、と思う方は是非本書をお読みいただきたいと思います。

 

 

古賀 茂明・望月 衣塑子THE 独裁者 国難を呼ぶ男!安倍晋三KKベストセラーズ

あの「I am not ABE」の古賀さんと、あの「しつこい質問で菅官房長官をいらつかせた東京新聞の」望月さんの共著です。

20183月、森友学園の問題で、財務省が国有地売却に関する決裁文書の書き替え(それって改竄じゃないの)を認めました。本書の出版は2018年の2月ですから、それなりに真相解明に役立ったのだと思います。ただ、私が読んだのかチト遅かった。

ではありますが、本書のPART5に「いま私たちにできること」という単元が設けられています。詳しくは本書をお読みいただきたいと思いますが、古賀さんと望月さんがいろいろとアドバイスしています。政治家や官僚の持つ力に比べると私たち個人の力は微々たるものですが、だからと言って諦めてしまえば、それで終わりです。

古賀さんは最後にガンジーの言葉を引用しています。「あなたがすることはほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって、自分が変えられないようにするためである」

皆様も是非ご一読を。

 

 

明石 順平『アベノミクスによろしく』インターナショナル新書

本書の表題は、「『アベノミクスをよろしく』というタイトルは、持ちフォン『ブラックジャックによろしく』をもじったものですが、それ以外にも、アベノミクスを推進。用語してきた人たちに向けて、「まともな経済政策をよろしくお願いします」という意味を込めて」いるのだそうです。

アベノミクス批判はあちこちから聞こえてくるのですが、大体において経済学などを専門にしている方が多いように思われます。が、著者の明石さんは弁護士ですので、理論的にどうだこうだ、というのではなく、徹底的にデータを基に分析を進めています。で、結論は「この本を読めば、良い結果を出すどころか、アベノミクスが空前絶後の大失敗に終わっており、さらに出口も見えないという深刻な状態に陥っていることがよくわかるでしょう」としています。

アベノミクスのインチキを暴き出した本書。皆様も手に取って真偽をお確かめください。

20184 

ダグラス・プレストン  鍛原多恵子訳『猿神のロスト・シティ 地上最後の秘境に眠る謎の文明を探せNHK出版

「中米ホンジュラスの東部に、モスキティアと呼ばれる地方がある。ここは世界最後の人跡未踏の地といわれてきた」「この地にはある古い伝説があった。ジャングルの奥地に、白い石造りの「失われた都市」が眠っているというのだった」

「毒ヘビ、ジャガー、鬱蒼としたジャングル、熱帯地方特有の病気」などに守られ、科学的な調査を拒んできたのです。で、困難を乗り越えて「失われた都市」「失われた猿神王国」を探し出す、というインディ・ジョーンズばりのお話が展開されます。これが、19世紀か20世紀初頭のお話であれば、そうなのかな、と思うところですが、実はこれ、21世紀、つい最近のお話、ノンフィクションなのです。

ただし、インディ・ジョーンズと大きく違うのは、NASAが誇る最新のテクノロジーが利用されていることでしょうか。とは言え、画像処理でここら辺に遺跡がありそうだ、ってだけでは考古学的な発見とは言えません。実際にその場所に行って、掘って、遺跡や遺物を見つけなくてはなりません。ここら辺の苦労は昔も今も同じみたいです。この現地調査には著者であるプレストンさんも参加しています。いやあ、大変そう。

本書は、基本的には遺跡発掘までのノンフィクションですが、作者がジャーナリストだけあって、発掘にまつわる様々な問題、例えば遺跡をそのまま保存したい考古学者たち、考古学者同士の足の引っ張り合い、遺跡を発掘して観光開発に生かしたい政府や業者、世界的な食肉需要の高まりから乱伐してでもジャングルを開拓したい畜産業者、バナナ・リパブリックの政治状況、時には政府関係者まで混ざっているのではないかと思われる盗掘者たち、開発に対して複雑な感情を持つ原住民たちなどなど、についても簡単ではありますがジャーナリスティックな視点から論評が加えられています。あと、リーシュマニア症という寄生虫による感染症についても結構多くのページが割かれています。作者が罹患してしまったから書かれたのだとは思います。リーシュマニア症は緊急に対策を要する6つの感染症の一つなのだそうですが、感染するのは低開発国の貧乏な方々が多いので、製薬会社が薬の開発に熱心ではないのだそうです。

どんなお話か、は本書をお読みいただきたいと思います。中々面白かったですよ。

 

 

ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田 裕之訳『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(上)(下)』河出書房新社

「アフリカでほそぼそと暮らしていたホモ・サピエンスが、食物連鎖の頂点に立ち、文明を築いたのはなぜか。その答えを解く鍵は「虚構」にある」んだそうです。ここで言う虚構には、国家、法律、貨幣なんてものが含まれています。虚構って言ってしまっては人聞きが悪いのですが、私たちの社会は、人類の間に共通の理解、アンダーステートメント、あるいは信頼関係なんてものが存在しないと存続しえないものばかりですね。そんな基本的なアイデアをもとに人類の歴史を7万年ほど前に起きたと考えられる「認知革命」、つまり言語の獲得のあたりから詳しく書き起こして行きます。

ではありますが、私が一番興味深かったのは、近現代においてなぜ西欧文明が世界中を席巻したのか、というあたりから、私たちが迎える未来について語られた下巻でしょうか。何が書かれているのか、は本書でお確かめください。真剣に考えなくてはならない課題が山積しているようですよ。是非ご一読を。

 

 

斎藤 健転落の歴史に何を見るか 増補 』ちくま文庫

先ごろ発足した第3次安倍第3次改造内閣において農林水産大臣に就任された斎藤さんの著作です。新書版の本書が出版されたのが2002年だそうです。政治家として初出馬が2006年、初当選が2009年だそうですから、それ以前の通商産業省の官僚時代に書かれたもののようです。経歴を拝見すると、築駒、東大経済学部、通商産業省入省という、思いっ切りエリートの経歴を持っていらっしゃいます。その後、ハーバード大学ケネディスクールで修士号も取得されているそうです。で、いまは大臣。いやあ、華麗なる経歴、ってとこでしょうか。

本書のテーマは、「戦前の転落の歴史は、1920年代の10年間こそ、それを逆転する可能性があったにもかかわらず、結果的に日本は、その可能性を生かせなかった。その後1930年代に入ってからの日本の歴史は、転落の加速度が日増しに強まり、もう誰にもそれをおしとどめることはできなかった」という反省に基づき、一体何が悪かったのかを検証し、再び歴史の大きな転換期に差し掛かっているかに思える現代においてその経験を生かしたい、というあたりにあるようです。で、日本が道を誤ったのは「ジェネラリストの指導者を育成してこなかった、組織に十分な自己改革力がなかった、道徳律を失った、深く洞察した正確な歴史を残してこなかった」という四つの要因があった、としています。本書評でもご紹介した『失敗の本質』(本書でも言及されています)とも重なる指摘ですね。

先の大戦についても、「やはり、あの大戦とは何だったのか、日本のどの行為が問題で、どの行為はやむをえないものと判断されるのか、さらには、戦争という極限状態であらわれる日本人の弱点は何か、それらを克服するためにはどうしたらいいのか、長所は何か、それは失われつつあるのではないか等々について、日本人としての冷静かつ確固たる総括が必要である」としています。私も全く賛同いたします。

「自らをごまかさない組織人の方々の、わずかな一助にでもなれば幸いである」と書いている斎藤さんですが、昨今、「四つの要因」をそのまま実践している内閣があるような気がします。斎藤さんは大丈夫なのでしょうか。

 

 

マルクス・シドニウス・ファルクス著 ジェリー・トナー解説 北綾子訳『ローマ貴族 9つの習慣』太田出版

本書評でもご紹介した『奴隷のしつけ方に続くローマ貴族ファルクスさんの二冊目です。何で二千年も経った今頃何冊も本が出版されるのかですって?ま、そこら辺は大人の事情ってことで。

本書には、なぜローマ帝国がキリスト教を受け入れたのかについて、へー、なるほど、と思うような解説がトナー先生によって書かれています。後の時代のキリスト教徒である学者が書く一般的なローマ史では、優れたキリスト教に改宗するのは当たり前ではないか、みたいな書かれ方をしているのですが、内憂外患の時代であった4世紀に皇帝となり絶大な権力を手にしたコンタンティヌス帝が、自身の統治に都合が良い新しい思想としてキリスト教を採用したと見る方が当っているのではないか、というのです。戦前戦中の日本国政府がどのような思想に準拠したのか、とか、ナチス支配下のドイツではどのような思想がもてはやされたのか、なんて思いを巡らせると、そうなのかもしれないな、と思います。私たちの思想信条なんて結構柔軟、悪く言えば簡単に変えられるのなのかもしれませんね。

 

 

塩野 七生ギリシア人の物語2』新潮社

本書で取り上げられているのは紀元前461年から404年まで。

第一巻においてペルシアを撃破、我が世の春を迎えたギリシアですが、民主制政治はあっという間にデマゴーグが横行する衆愚主義に陥り、アテネとスパルタは泥沼の戦争を始めてしまいます。うーん、人間って案外簡単にダメになっちゃうんですねえ。上にご紹介した『転落の歴史に何を見るのか』でも似たような状況が描かれていました。アテネにとってペルシアに勝利したのが日本の明治維新にあたるのでしょうか。で、その後ペリクレスが30年以上に亘って君臨するのですが、彼が明治の元勲たちに当たるのでしょうか。で、彼の死後30年ほどでガタガタになってしまいます。2500年位じゃ人間って進歩しないんですねえ。

民主政の元祖が衆愚政の元祖になってしまう訳ですが、民主政と衆愚政って、紙一重、というかコインの表裏みたいなもんじゃないかと塩野さんは言っています。その違いは、「民主政のリーダー―――民衆に自信を持たせることができる人。衆愚政のリーダー―――民衆が心の奥底に持っている獏とした将来への不安を、煽るのが実に巧みな人」にあるのではないか、としています。昨今の日本の政治状況というか社会状況を鑑みると、「煽るのが実に巧みな人」が幅を利かせているような気がします。皆さんはどう思われますか。

 

20183

エマニュエル・トッド 『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』朝日新書

外国人作者なのに、翻訳者の名前が記されていないことに気が付いたあなた、鋭い。実は本書は朝日新聞に掲載されたトッドのインタビュー記事をまとめたものなのだそうです。その連載期間は1998年から2016年まで。この期間、何だかんだ言って、いろんなことが起きましたね。

トッドさんの著作を読むのは本書が初めてなのですが、トッドさんって何しろ現代最高の知性で、「ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、英EU離脱などを予言」したんだそうです。読んでいて、こいつ頭良さそうだな、とは思いました。

内容については本書評ではあまり触れないようにいたしますが、トッドさんは現代社会の行き詰まりは各国の政策の良し悪しによって起こっているのではなく、歴史の必然なのだ、と思っているようです。その分析にはなるほどそうなのかもしれない、と思わせる説得力がありました。

日本についても様々な意見を述べています。核武装をしろとか。賛否はあるでしょうが、その理由も明快に述べていますので、皆様にも本書を読み、そして考えていただきたいと思います。是非ご一読を。

 

鹿島 茂エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』ベスト新書

トッドさんは大変聡明な方でいらっしゃいますので、インタビューということもあり前書では比較的分かりやすくその理論を展開しているように思います。ただしトッドさんがその分析の基礎にしている家族人類学とか人口動態学などは自明というほど知られた分野という訳ではないでしょう。ということで、明治大学教授の加島さんがここ3年程明治大学でトッド理論について講義や演習を行ってきたのだそうです。本書はその講義録を編集者の助けを借りてまとめたものです。

トッド理論というのは家族のあり方を四つのパターンに分け(後にはさらに細分されたようです)、それぞれの変化を識字率と出生率をパラメータとして分析すると、ものの見事に社会の変化を記述することができるというものです。詳しくは本書をお読みいただきたいと思いますが、なるほど面白い観点から社会を分析しているなあと感心いたしました。これって、多分企業のあり方の分析などにも応用可能だと思います。誰かやってみませんか?

本書の最初の方で鹿島さんは「トッドにインタビューした記事をまとめてつくられた新書というものをいくつか読んでみましたが、ひどいのになると、トッドの本など一冊も読んだことがない人がインビューしていることが歴然としているものさえあります」なんて書いています。でも、本物のトッドさんの著作を読むのは大変そうですので、ま、ここらでお茶を濁しておくことにしましょう。

ところで、トッドさんは日本を直系家族国家であるとしています。で、直系家族の特徴として、権力者の意をくむ「忖度」の習慣が強いことが挙げられるのだそうです。ここから先は鹿島さんの意見だと思いますが、「この意味で、籠池問題で話題になった官僚たちの忖度こそ、最も危険なファシズムの兆候なのです」と書いています。これってヤバくね?

 

 

村上 由美子武器としての人口減社会 国際比較統計でわかる日本の強さ』光文社新書

村上さんは上智大学外国語学科を卒業後、スタンフォード大学大学院で国際関係学修士を取得、国連に勤務します。国連勤務の後、ハーバードでMBAを取得、今度はゴールドマンサックス、クレディスイス証券など金融界で活躍、現在OECD東京センター長を務めるという、とんでもなく立派なキャリアをお持ちの方です。

現在の日本では人口減社会を憂う論調が幅を利かしていますが、実はそうでもないんではないの、というのが村上さんの主張です。今月ご紹介したトッドさんの主張の中にも、女性の活躍や少子化などは社会が進歩していくうえで必然的に通る道であることを指摘していますが、村上さんの主張も同じ方向性を持っているようです。

さすがOECDの幹部だけあって、村上さんは様々なデータを駆使して論を進めて行きます。どうでしょうか、あなたは日本の未来は明るいと見ますか、それとも……。

 

 

ジョン・ケイ 薮井真澄訳『金融に未来はあるかウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実【電子書籍】』ダイヤモンド社

ケイさんは経済学の専門家として金融関係の政策立案に携わった経歴をお持ちのようです。そのような役職に選ばれるわけですから、金融界とはべったりな関係、という訳ではなく、むしろ批判的な立場をとっているようです。

本書でも「サブプライム住宅ローンをもとにしたシンセティックCDO(何のことだかわからなくても大丈夫)」について書かれています。この商品は数ある金融商品の中でも複雑な組成をした商品で、かつて私の同僚であった金融の専門家も“住宅ローンを担保にしているにもかかわらず、CDOの買い手には担保処分権がないというリーガルリスクを抱えていた”なんて言っていました。私としては、これはリーガルリスクというより、商品設計にまつわる問題と思えます。CDOの欠点として、システマティック・リスクへの感応度が高いことが挙げられます。つまり、住宅ローンの焦げ付きが増えた、なんてニュースが出たとき、個別の担保付きローンであれば順次担保の処分を考えますが、様々なローンを集めて証券化されたCDOの場合、対抗手段は証券の売却しかありません。で、誰もかれもが自分の証券を処分しようとしますので、CDO全体の価格が暴落してしまいます。いくら米国の住宅ローンの規模が大きいとは言え、このようなことが起きると、大手金融機関の資金力をもってしてもマーケットは破綻してしまうのです。とは言え、私も今でこそ偉そうに講釈を垂れていますが、CDOのリスクが顕在化する前にこのようなリスクを指摘していたのは、ごく少数か、それ以下だったはずです。

本書では「このリスクの売買は、自分が何を取引しているか、そしてリスクの性質をいくらか知っていた面々と、そうでなかった面々との間で行われていたわけだ」と書かれていますが、実は売り手もリスクの性質をいくらかは知っていたかもしれませんが、理解していた、とはとても思えない状況でした。実は、それ以外にも金融界には、訳の分かんないリスクは他人に売りつけちまえ、という昔ながらの知恵もあるんです(こんなこと言っちゃって良いのかな)。高度な理論に裏打ちされた新しい金融商品が生まれた金融イノベーションですが、もしかしたら実態はこんなもんだったのかもしれませんね。

本書にも、「金融業界の外からやって来た人がトレーディングの世界を訪れたなら、トレーダーがいかに浅はかな一般知識しか持っていないかを目の当たりにして衝撃を受けるだろう」なんて書いてあります。確かに私も、トレーディングの世界で、“こいつアッタマ良いな”って思ったことはあるませんね。“こいつすっげえグリーディーだな”と思ったことはありますが。

このような現状を踏まえ、“あんたたち、分かったようなこと言っているけど、ホントに分かってんの”、“このまんまだと金融業界そのものが破綻しちゃうよ”と警鐘を鳴らしているのが本書です。色々と示唆に富んだ、とっても面白い一冊でした。皆様も是非ご一読を。

 

 

20182

Angie Thomas The Hate U Give HATE U GIVEBalzer & Bray

本書はYA(ヤングアダルト)小説という一般的にはティーン向けとされている小説ですので、あまり私が普段読む本ではありません。ですが、本書は作者のトーマスさんのデビュー作であるにもかかわらず、世代を超えた読者に支持されるベストセラーになり、複数の映画会社が映画化権の争奪戦をした、というほどの話題作だったそうです。ということで読んでみました。

本書の主人公は16歳の黒人少女スター(綴りはStarr)。住まいはスラム街にありますが、それなりに稼ぎのある家庭に育ち、裕福な白人家庭の子弟が多い私立高校に通っています。で、そのまま幸せに暮らしました、じゃ、小説が成り立ちませんよね。ここから先は本書をお読みください。

ところで、本書の題名『The Hate U Give』は、2pac Tupac Shaker)というラッパーが自ら所属していたバンドの名前Thug Life(チンピラの一生、って感じですか)(アルバムが Thug Life / Volume 1)の意味の説明として作った「The Hate U Give Little Infants Fuck Everybody(おまえらがガキどもに憎しみをなすり込んでるんだ、だからガキどもはくそったれになっちまうんだ、なんて意味でしょうか)」から採ったものなんだそうです。で、頭文字をつなげるとThug Lifeになります。説明の内容と合わせると、憎悪や貧困の連鎖から逃れられない人々の人生が……なんてことを訴えているのかな、と思います。こんなことも念頭に置きながらご一読ください。

現代アメリカの口語的表現が多用されているのでいささか読み難かった(だって、オンライン辞書にも出てこないような単語が使われているんですよ)のですが、意外にも早く読了しました。最後のAuthor’s noteに著者自身の経験と本書が書かれるに至った経緯が書かれています。ほんの4ページほどですが、大変説得力のある文章でした。

読後感が爽快とは言えない本書ですが、日本人があまり知らない現在のアメリカのダークな側面を鋭く描き出しているように思いました。是非ご一読を。

 

 

オーウェン・ジョーンズ 依田卓巳訳『チャヴ 弱者を敵視する社会』海と月社

本書の題名のチャヴ(Chavs)ってのは、英国の俗語で労働者階級の若者の蔑称なんだそうです。「彼らの多くはイングランドに暮らしながら、そこを多分「エンガーランド」と発音している」ような「不潔なティーンエイジャーたち」なんて思われてるみたいです。上記THUGじゃありませんが、CHAVSも「公営住宅に住んで暴力的(Council Housed And Violent)」の頭文字だなんて言われているみたいです。思いっ切り見下してますね。

本書はイギリスが舞台ですので、前述のアメリカとは若干状況は異なるのですが、根本的には共通する問題があるようです。本書で紹介されているある保守党の政治家は「保守党は特権階級の仲間の連合で成り立っている。大きな党是はその特権を守ることだ。そして選挙に勝つ秘訣は、必要最小限のほかの人々に必要最小限のものを与えることだ」って言い放ったそうです。正直っちゃ、正直ですよね。それに、これ、部分的に単語を入れ替えれば、アメリカにだって、日本にだって当てはまるんじゃないですか。

最近では社会問題はすべて個人の選択の結果、自己責任だと片付けられてしまいます。つまり、あなたの生活が上手くいかないのはあなたが怠惰で努力しなかったからだ、ってことです。で、セーフティーネットはどんどん取り払われています。“働かない奴に金を払うのか?”って。確かにそのような側面が全くないわけではありません。が、一見選択の余地が広がっているように見えても事実上選択できない例がたくさんあります。アメリカでも、黒人だって努力すればスポーツのスーパースターにだって、芸能界のスーパースターにだって、大統領にだってなれるんだ、って言われても、そんな成功者はごく一握り、いやひとつまみでしょう。ひとつまみだからこそスーパースターなんです。何かの集会があったとして、あなたのいる集会室にビル・ゲイツが入ってきたら、部屋にいる人間の平均所得はドーンと上がります。でも、それでビル・ゲイツ以外の人間の生活が楽になるわけではないんです。本当に問題なのは平均値ではなく、中央値なんでしょう。

イギリスってのは何百年も植民地支配を続けて来た国ですから、被支配階級をいかに管理するか、なんて問題には膨大なノウハウが蓄積されているようです。支配被支配の歴史が何千年もある中国では“上に政策あれば下に対策あり”って言われているそうですが、イギリスやアメリカ、そして日本ではどうなんでしょうか。こんなところは中国を見習いたいものですね。

本書はイギリスにおける政府の政策を批判したものですが、本書の指摘は間違いなく日本にも当てはまると思います。私たちも今一度自分の置かれている状況を見直した方が良いのではないでしょうか。そのためにも是非ご一読を。

 

 

勢古 浩爾ウソつきの国』ミシマ社

勢古さんは「まっとうに生きてきた」と主張されています。でも、ウソをついてことがないか、というと、そんなことはない、礼儀としてウソを言わなきゃいけない場面だってあるんだ、としています。そうでしょうねえ。よそ様のお家に招かれて食事を出されたのにまずい、って言っちゃうとか、よそ様が子供の写真を見せてきたのに、他人のガキなんぞに興味ない、なんて言っちゃうのは、たとえそう思ったとしてもバカ正直ではなくて単なるバカ。ではありますが、欺瞞にみちた言葉だけが上滑りしていくのも、なんだかなあ、って気がします。なんでも忖度のご時世ですからねえ。

あと、最近はちょっとでも法律とか規則に違反しているとか、モラル的にどうのこうの、なんてことで私たちが目にするメディアやネットのSNSとかで無茶苦茶に叩かれちゃう場合があります。叩かれる原因がないとは言いませんが、自分は反撃されない場所からキャーキャー言うってのも、なんだかなあ、って感じです。

社会からウソを根絶するのは不可能です。そんな世の中においてどのように生きていくべきか、そして勢古さんはどのように生きていこうとしているか、を説いたのが本書です。私には共感できる箇所が随分とありましたよ。皆さんはいかがでしょうか。

 

 

保坂 渉・池谷 孝司子どもの貧困連鎖』新潮文庫

201712月、「日本を訪れているユニセフ=国連児童基金のレーク事務局長がNHKの取材に応じ、日本の子どもの貧困率が先進国でも高い水準にあることに懸念を示し、格差の解消に向けて教育などの機会の平等を確保すべきだという考えを示し」たそうです

本書は20104月から20111月までに共同通信が配信した連載記事を基にしたものだそうです。遅ればせながら日本でも幼児教育無償化が取り上げられていますが、本書を読むと無償化さえすれば、貧困の連鎖が食い止められる、というものではなさそうなことが分かります。日本は教育に対してお金だけではなくマン・パワーもかけてこなかったのではないでしょうか。教育無償化にしても、幼児教育無償化より全入にして欲しいとの要望が多く聞かれました。政府の方針はこのままでよいのでしょうか。

本書では日本でも最近「家族、教育、仕事」の関係が破綻してしまったとの指摘がなされています。以前であれば正規雇用の仕事が多くあり、家庭の運営(経済的)も上手く行き、教育にも対しても家庭の支援が期待できました。が、最近では非正規雇用が多くなり、経済的に家庭の運営が上手く行かず、教育にかける意欲も資金も労力も減退、そのような家庭では未成年の子供たちも働き手として経済的貢献が求められるものの、年齢も学歴も、あるいは健康状態も十分でないため恵まれた職場ではなく低賃金の単純非正規労働しかない、奨学金(貸与型、つまり借金タイプが日本では多い)ですら生活費に消えてしまう、などなど、正に「貧困連鎖」が起こってしまっているようです。

私たち日本人が全員人間らしい生活を送れるようになるためには何が必要なのでしょうか。皆様も是非ご一読を。

 

 

20181

瀬木 真一真贋の世界 美術裏面史 贋作の事件簿』河出書房出版

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贋作の歴史というのは古いものなのだそうです。「贋作というものをまったく知らなかった清潔で無菌の状態を史上に求めようとすると、せいぜい原始の一時代が浮かび上がるだけで、美術が美術として最初に祖の形をととのえたエジプトになると、もう、多数の模作が表れる有様であり、美術が珍重されたギリシア・ローマ時代には、明らかに意識的行為とみられる贋作が大量につくられている」んだそうです。

でも、『古代ローマ人の24時間』によれば、ローマ時代のお金持ちの家にはギリシア、あるいはエジプト王朝時代の骨董品が飾られていたそうです。儲かるとなりゃ何でもするのが人間ですから、それなりの技術だかノウハウだかを持って居る人間にとっては、アホな鴨がネギしょってるみたいなもんだったんでしょうねえ。

そんな贋作ですが、贋作であるか、真作であるかは専門家でも区別が難しいことが本書でも取り上げられています。科学的鑑定などで決定的な証拠(例えば新しい化学合成の絵の具が使われているので、絶対に古い時代の作品ではないと分かるとか)でも出てこない限り、専門家でも迷う場合があるようなのです。本書でゴッホのカタログ・レゾネを作成したド・ラ・ファイユという学者の例が取り上げられています。彼自身は真面目な学者で、それこそ一生をゴッホのカタログ・レゾネ作りにささげたような方なのだそうです。が、いくつかの作品については初期のカタログ・レゾネでは真作としたものの、中期のカタログ・レゾネでは贋作と変更、さらに晩年のカタログ・レゾネでは再び真作であると判断した、なんてことがあるのだそうです。まあ、学者が一度「こうである」なんて書いてしまったことを訂正するってのは大変真面目な姿勢であるとも言えますが、判断が何度も変わるってのもねえ。

私たちが個人としてゴッホを買う、なんてことはもはや想像もできませんが、どこぞの美術館が目玉としてゴッホを購入する、なんてことはあり得ます。その際参考にするのがカタログ・レゾネなわけですが、そのカタログ・レゾネそのものが変わってしまうこともあるとは。購買責任者にとっては悪夢でしょうねえ。

本書は1977年に別の出版社から出されたものの再版です。40年も経ってから再販されるってことは、良く言えば本書の内容は全く古びていない、悪く言えば今でも美術界には贋作ははびこっている、ということなんでしょうか。

 

 

中野 京子運命の絵』文藝春秋

本書評でも何度か採り上げたことのある中野さんの新作です。最近は中野さんの著作を基にした『「怖い絵」展』が全国を回っていますので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

本書のテーマは運命の瞬間を描いた絵画です。運命の瞬間、といっても、歴史的な場面における登場人物にとっての運命の瞬間や(1812年のナポレオンの肖像とか)、描いた画家にとっての運命の瞬間など様々です。

本書の美点は、取り上げられた絵画の写真がカラーで掲載されていることでしょう。またその画の外側には、絵の中のこの部分に注目しなさい、という指示が書きこまれていますので、大いに本書を読む助けになりました。

 

 

原田 マハサロメ』文藝春秋

本書評でも何度か取り上げたことがある原田マハさんの新作です。

サロメの物語は新約聖書のマタイ伝に登場します。そのあらすじは……、ま、先王ピリポの娘サロメがいます。て、その母親、亡き先王ピリポの妻ヘロデアと結婚したのが新しいユダヤの王ヘロデ。で、ヘロデ王の誕生日にサロメが踊りを舞い、喜んだヘロデ王が、何でも褒美を取らす、なんて言っちゃったもんだから、サロメはバプテスマのヨハネの生首を所望した、なんてお話です。で、これを思いっ切り脚色して戯曲化したのがオスカー・ワイルド。このオスカー・ワイルドの評判は「天才」「犯罪者にして芸術家」「男色家」。なかなかのもんですな。そんなワイルドの『サロメ改版 (岩波文庫)』に挿絵を描いて一躍時の人になったのがオーブリー・ビアズリー。本書の表紙にも使われていますので、どんな作風かはお分かりいただけると思います。

本書はそんなオスカー・ワイルド、オーブリー・ビアズリー、そしてオーブリーの姉のメイベルを中心として展開していきますが、本書はいわゆる伝記や評伝ではなく、原田さんが想像の翼を広げた小説になっています。

原田マハ・ワールド全開、例によってとっても面白い一冊でした。是非ご一読を。

 

 

フィリップ・フック 中山ゆかり訳『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』フィルムアート社

最近クリスティーズのオークションでレオナルド・ダ・ビンチ作とされる『サルバトール・ムンディ』(救世主)芸術作品としては文句なしの世界最高額の45千万ドルで落札されて話題になりました。

著者のフックさんはケンブリッジ大学で美術史を修め、世界二大オークション会社のクリスティーズに就職した方だそうです。現在は世界二大オークション会社のもう一つであるサザビーズのディレクターを務め、「印象派・近代美術部門の重要なセールを手掛ける花形的な競売人(オークショニア)としても知られる」方だそうです。美術そのものに詳しいことはもちろん、美術のビジネス面にも精通している方、ということです。

本書の原題は"Breakfast at Sotheby's  An A-Z of the Art World"となっていることからも分かる通り、辞書形式で美術にまつわるあれこれをアルファベット順に書き綴ったアンソロジーのような形式をとっているようです。

最近では投資の対象にもなっている芸術作品ですが、本書によればその価格は、特に長期的にはかなり変動するようです。オールド・マスターたちの作品の値段も上昇していますが、印象派や現代美術の作品のロケットのような高騰ぶりにはかなわないでしょう。もちろん、美術館に収納されているような作品(その最高峰はモナリザでしょうか)の価格は高騰しているのでしょうが、博物館に収められた作品はあまり市場には出回りません。それだけでなく、過去の作家の作品でも、購入者の趣味の変化などにより人気がなくなってしまった作家の作品も多いようです。

日本でも最近は屏風とか掛け軸の価格が低迷していると言われています。なぜかというと、日本における一般住宅のスタイルが変化したから。掛け軸を飾る床の間とか、何双もある屏風を飾れる広大な広間なんて最近見かけないですからねえ。で、人気がなくなっちゃたんだそうです。

日本ではあまりなじみがないオークションですが、実は何も天文学的な値段の美術品、骨董品、あるいはビッカビカのクラシック・カーなぞばかりを取り扱っているわけではなく、私たちでも購入可能な値段の競売品も数多く取り扱っているのだそうです。ただ、あるクラシック・カーの愛好家が、オークションは売るには良いけれど、買うところではない、なんて言っていました。オークション会場では掘り出し物もある一方で、欲しいと思う人間が複数いる場合には入札する方も熱くなってしまい、後から考えると、どう考えても高すぎるだろ、なんて値段になってしまうことも多いからだそうです。魅惑的なオークションの世界へようこそ。私は……、しばらく様子を見ましょうか。

オークショニアから見た美術・芸術に関するあれこれ。私たちがなかなか知ることのできない世界を垣間見させてくれる一冊でした。

 

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