20186

宮川 秀之イタリアンデザイン世界を走る ジウジアーロと共に歩んだ50年CG BOOK

多くの方に取って宮川さんの名前にはあまりなじみがないかもしれませんが、車の世界では超有名人。何しろ日本人でありながら、超有名カー・デザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロとともにイタルスタイリング(後のイタルデザイン)というこれも超有名なプロダクトデザインを専門とする会社を立ち上げる創立メンバーとなったのです。しかも、日本のプロダクトをイタリアに、イタリアのプロダクトを日本に紹介する活動も行っており、イタリアと何らかのビジネスを行っている会社で宮川さんの世話にならなかった会社はない、なんて言われているほどのやり手ビジネスマンでもあったのです。

こう書くと、バリバリのビジネスマンを想像してしまいますが、宮川さんはイタリアでも大変に尊敬されている慈善家としての側面も持っていらっしゃいます。宮川さんはマリーザさんというイタリア人に一目惚れ、結婚するのですが、その時にマリーザさんが出した条件が、子供に手がかからなくなったら、恵まれない子供たちを引き取るなり里親になるなりしよう、というようなものだったのだそうです。まあ、超美人のイタリア人に一目惚れした宮川さんは一も二もなく同意したのでしょうが、良く考えてみれば、結構重大な条件ですよねえ。で、十数年後にマリーザさんが本当にこの件を持ちだしたとき、宮川さんはそれにちゃんと応えたのです。エライ。

現在でも「インドや韓国、アフリカの子供たちの国際里親を支援、実践」しているそうです。また、イタリア国内でも様々な問題を抱えている若者たちを支援する活動を行っている、なんて記事を読んだ記憶もあります。

昨今、日本も国際化しようとか日本人も国際人になろう、なんて言われていますが、それよりはるか以前に世界を股にかけた活躍を実践していたのが宮川さんです。八面六臂の活躍も実にサラッと書いておられます。日本人もまんざら捨てたもんじゃないですね。

 

 

中野 雄ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』文春文庫

昨今、いわゆる名画やフェラーリを代表とするクラシック・カーがコレクターズアイテムとして異常な値上がりをしていましたが、アントニオ・ストラディヴァリとかグァルネリ・デル・ジェスといった名工が制作した楽器も同様に異常な値上がりをしてきたのだそうです。本書では、ここ十数年の間に五倍以上にもなった、と紹介されています。

本書には「銘器の値段を釣り上げているのは、ユダヤ系楽器商たちの闇カルテルだ」なんて噂もあるとかかれていますが、どうなんでしょうか。本書では古今東西で行われてきた聴き比べ実験(名作といわれている複数のヴァイオリンと、新作のヴァイオリンが聴き分けられるか、とか)の結果が惨憺たるものであったことも紹介されています。つまり、聴き分けられる人は専門家も含めていなかったのだそうです。

ところで、本書の中で日本音楽財団の活動が紹介されています。日本音楽財団は、アントニオ・ストラディヴァリとかグァルネリ・デル・ジェスといった名工の作った楽器を20挺ほど所有し、それを内外の音楽家たちに貸与しているのだそうです。しかも、修理・保全代金は財団持ち!こんな太っ腹な財団が何と日本にあるとは。たいへん誇らしいことですね。

私も下手の横好きで尺八なんぞを一時習っていたことがありました。楽器なんぞを始めてしばらく経つと、まず大抵誰でも新しい楽器、もっと良い楽器、平たく言えば高い楽器が欲しくなります。で、私も先生に「この楽器鳴らないから、新しい楽器がほしい」なんて言ったら、先生は私の使っていた楽器を取り上げ、サラッと吹いてくれました。あれ、鳴るじゃん。鳴らない原因は私が下手くそなだけでした。銘器とは関係のないド素人さんのお話でした。チャンチャン。

 

 

ブリア=サヴァラン 玉村豊男訳『美味礼讃』新潮社

ブリア=サヴァランは「どんなものを食べているか行ってみたまえ。君がどんな人か当ててみせよう」なんてことを言った人だってのはあちこちに引用されていましたから知っていましたが、『美味礼賛』そのものは全く読んだことがありませんでした。これは私ばかりではなく、翻訳者の玉村さん自身も似たような状態であったようです。

ということで、玉村さんが新しく翻訳した訳ですが、原著の分かりにくい部分は省いちゃったとか、順番も入れ替えてあるなど、かなり自由に“編集”してあるみたいです。

なにしろ、ブリア=サヴァランの生きていた時代(1755-1826)のフランスの大きな出来事って、フランス革命とナポレオン戦争。この時代をもろに生きていたわけですから、現代の日本人にとっては分かりにくい部分があるのも頷けるところがあります。なにしろブリア=サヴァランはフランス革命後代議士となるも、革命末期には自分の首に懸賞金が懸けられているのを知ってアメリカに亡命していた、なんてエピソードもあるような御人です。太平お気楽な現在の日本人には分からないところもあるでしょう。

で、それを新しく翻訳したのが玉村さんです。もともと翻訳家、エッセイストとして知られる玉村さんですが、趣味が高じたのか病膏肓に入っちゃったのか、現在ではヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリーというところでワインを作り、またレストランも開業していらっしゃる方です。ブリア=サヴァランの翻訳にはぴったり、ということでしょうか。本書は『美味礼賛』の翻訳というだけではなく、訳注としては長すぎる玉村さんのエッセイも随所に掲載されています。ということで、一冊で二度おいしい本書でした。是非ご一読を。

 

 

西原 稔新版 クラシックでわかる世界史 時代を生きた作曲家、歴史を変えた名曲』アルテスパブリッシング

私も西洋音楽史の授業を取ったことがあるのですが、いつからいつまでが中世・ルネッサンス音楽の時代で特徴はこれこれ、次はいつからいつまでがバロック音楽の時代で特徴はこれこれ、なんて感じで進められます。ではありますが、同じバロック時代の音楽(1600年頃から1750年頃まで)といっても、フランスにおけるバロック音楽とドイツにおけるバロック音楽って、けっこう趣が違います。フランスでは終盤になると神様がリフトで降りてきて大団円、なんて派手な仕掛けのオペラが作られていた一方、ドイツのバロック音楽といえば室内楽プラスアルファの構成の作品が主でした。なぜかというと、当時のフランスはルイ14世(在位1643-1715)が活躍した絶対王政の時代です。これに対してドイツは諸侯が群立した時代。平たく言うと、音楽に費やすことができるお金にも人員にも雲泥の差があったからなのです。作曲者がどうのこうのというより、両国の政治社会体制(音楽を取り巻く環境)の違いが原因だという方が作風の違いを端的に示してくれます。

音楽が作られた背景を知ることにより、いつも聞いている音楽にも新しい側面があることに気が付くのではないでしょうか。こんな音楽に対するあれこれが詰まった一冊でした。

 

20185 

上杉 隆+NOBORDER取材班『オプエド 真実を知るための異論・反論・逆説KADOKAWA

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オプエド 真実を知るための異論・反論・逆説 [ 上杉 隆 ]
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本書評で何度か取り上げてきた上杉さん(『悪いのは誰だ!新国立競技場政権交代の内幕ジャーナリズム崩壊』)ですが、諸般の事情により地上波テレビでは姿をお見かけしなってしまいました。とは言え、活躍の場を自由なネット空間に求め、元気にご活躍されているようで何よりです。

本書の題名にもなっているオプエドとはニューヨークタイムズの一面にある「Opposite Editorial」というコーナーのことなのだそうです。Editorialとは社説のことですので、それに対する反論として掲載されているのだそうです。しかも、ニューヨークタイムズの社員でも出稿可能なのだそうです。日本人の感覚からすると、上の人間から、「俺の言うことに反対するつもりか」なんて言われちゃいそうですよね。まあ、日本人にはあまり期待できないメンタリティーですね。

最初に安倍・トランプ会談のゴルフ場での映像を唯一NOBORDERが獲得したエピソードが書かれています。で、その映像を海外のメディアは買ってくれ、クレジット入りでオンエアしたのだそうです。ところが、日本のメディアはタダで、しかもクレジット抜き(つまりNOBORDERの映像だってちゃんと言わないで)で使わせてくれ、と言ってきたのだそうです(ちゃんとお金を出してクレジット付きで放送した局もあったそうですが)。その他の事例でも本書ではメディア名入りで思いっ切り批判を書いちゃってます。詳しくは本書をご覧ください。

ま、こんなことしてるからテレビ局が出してくれなくなっちゃったんだとは思いますが、上杉さんの言い分もちゃんと聞いとかなきゃね。ということで、いわゆる主要な新聞やテレビでは目にしないニュース満載の本書、是非ご一読を。上杉さんもう一度都知事選に立候補しないかな。

上杉さんのやっているニューズ・オプエドのページはこちら

 

 

矢部 宏冶知ってはいけない 隠された日本支配の構造』講談社現代新書

以前本書評で『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』をご紹介した矢部さんの新刊です。

本書に書かれていることは「半分主権国家」という言葉に端的に表されています。なにしろ、「米軍機は、米軍住宅の上では絶対に低空飛行しない。それは、アメリカの国内法がそうした危険な非行を禁止していて、その規定が海外においても適用されているからだ」でも、日本人の住宅の上は低空飛行してもかまわないのです。いくら偉そうなことを言っても、アメリカ様には逆らえないのが日本だということでしょう。

本書の指摘でなるほどと思ったのは、「世界の常識から言うと、日本の「終戦記念日」である八月十五日には何の意味もない。国際法上、意味があるのは日本がミズーリ号上で「降伏文書」にサインし、「ポツダム宣言」を正式に受け入れた九月二日だけだからです」としています。ではなぜこのようなことをしているのかというと、「日本は八月十五日を戦争の終わりと位置付けることで、「降伏」というきびしい現実から目をそらし続けている」からなのです。私も、東京裁判という戦勝国側の都合で開かれた裁判ではなく、日本人自身でなぜあのような戦争をしたのかを問い返すべきであったと思います。日本人は、どうも反省することが不得意なようですね。

本書を読むと、日本という国は実は米国の属国だか植民地だか、あるいは単なる基地の用地、つまり米国にとって都合のよい占領地であって、とてもまともな独立国とは思えない状況にあることがお分かりいただけると思います。そんなのは陰謀論だ、と思う方は是非本書をお読みいただきたいと思います。

 

 

古賀 茂明・望月 衣塑子THE 独裁者 国難を呼ぶ男!安倍晋三KKベストセラーズ

あの「I am not ABE」の古賀さんと、あの「しつこい質問で菅官房長官をいらつかせた東京新聞の」望月さんの共著です。

20183月、森友学園の問題で、財務省が国有地売却に関する決裁文書の書き替え(それって改竄じゃないの)を認めました。本書の出版は2018年の2月ですから、それなりに真相解明に役立ったのだと思います。ただ、私が読んだのかチト遅かった。

ではありますが、本書のPART5に「いま私たちにできること」という単元が設けられています。詳しくは本書をお読みいただきたいと思いますが、古賀さんと望月さんがいろいろとアドバイスしています。政治家や官僚の持つ力に比べると私たち個人の力は微々たるものですが、だからと言って諦めてしまえば、それで終わりです。

古賀さんは最後にガンジーの言葉を引用しています。「あなたがすることはほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって、自分が変えられないようにするためである」

皆様も是非ご一読を。

 

 

明石 順平『アベノミクスによろしく』インターナショナル新書

本書の表題は、「『アベノミクスをよろしく』というタイトルは、持ちフォン『ブラックジャックによろしく』をもじったものですが、それ以外にも、アベノミクスを推進。用語してきた人たちに向けて、「まともな経済政策をよろしくお願いします」という意味を込めて」いるのだそうです。

アベノミクス批判はあちこちから聞こえてくるのですが、大体において経済学などを専門にしている方が多いように思われます。が、著者の明石さんは弁護士ですので、理論的にどうだこうだ、というのではなく、徹底的にデータを基に分析を進めています。で、結論は「この本を読めば、良い結果を出すどころか、アベノミクスが空前絶後の大失敗に終わっており、さらに出口も見えないという深刻な状態に陥っていることがよくわかるでしょう」としています。

アベノミクスのインチキを暴き出した本書。皆様も手に取って真偽をお確かめください。

20184 

ダグラス・プレストン  鍛原多恵子訳『猿神のロスト・シティ 地上最後の秘境に眠る謎の文明を探せNHK出版

「中米ホンジュラスの東部に、モスキティアと呼ばれる地方がある。ここは世界最後の人跡未踏の地といわれてきた」「この地にはある古い伝説があった。ジャングルの奥地に、白い石造りの「失われた都市」が眠っているというのだった」

「毒ヘビ、ジャガー、鬱蒼としたジャングル、熱帯地方特有の病気」などに守られ、科学的な調査を拒んできたのです。で、困難を乗り越えて「失われた都市」「失われた猿神王国」を探し出す、というインディ・ジョーンズばりのお話が展開されます。これが、19世紀か20世紀初頭のお話であれば、そうなのかな、と思うところですが、実はこれ、21世紀、つい最近のお話、ノンフィクションなのです。

ただし、インディ・ジョーンズと大きく違うのは、NASAが誇る最新のテクノロジーが利用されていることでしょうか。とは言え、画像処理でここら辺に遺跡がありそうだ、ってだけでは考古学的な発見とは言えません。実際にその場所に行って、掘って、遺跡や遺物を見つけなくてはなりません。ここら辺の苦労は昔も今も同じみたいです。この現地調査には著者であるプレストンさんも参加しています。いやあ、大変そう。

本書は、基本的には遺跡発掘までのノンフィクションですが、作者がジャーナリストだけあって、発掘にまつわる様々な問題、例えば遺跡をそのまま保存したい考古学者たち、考古学者同士の足の引っ張り合い、遺跡を発掘して観光開発に生かしたい政府や業者、世界的な食肉需要の高まりから乱伐してでもジャングルを開拓したい畜産業者、バナナ・リパブリックの政治状況、時には政府関係者まで混ざっているのではないかと思われる盗掘者たち、開発に対して複雑な感情を持つ原住民たちなどなど、についても簡単ではありますがジャーナリスティックな視点から論評が加えられています。あと、リーシュマニア症という寄生虫による感染症についても結構多くのページが割かれています。作者が罹患してしまったから書かれたのだとは思います。リーシュマニア症は緊急に対策を要する6つの感染症の一つなのだそうですが、感染するのは低開発国の貧乏な方々が多いので、製薬会社が薬の開発に熱心ではないのだそうです。

どんなお話か、は本書をお読みいただきたいと思います。中々面白かったですよ。

 

 

ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田 裕之訳『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(上)(下)』河出書房新社

「アフリカでほそぼそと暮らしていたホモ・サピエンスが、食物連鎖の頂点に立ち、文明を築いたのはなぜか。その答えを解く鍵は「虚構」にある」んだそうです。ここで言う虚構には、国家、法律、貨幣なんてものが含まれています。虚構って言ってしまっては人聞きが悪いのですが、私たちの社会は、人類の間に共通の理解、アンダーステートメント、あるいは信頼関係なんてものが存在しないと存続しえないものばかりですね。そんな基本的なアイデアをもとに人類の歴史を7万年ほど前に起きたと考えられる「認知革命」、つまり言語の獲得のあたりから詳しく書き起こして行きます。

ではありますが、私が一番興味深かったのは、近現代においてなぜ西欧文明が世界中を席巻したのか、というあたりから、私たちが迎える未来について語られた下巻でしょうか。何が書かれているのか、は本書でお確かめください。真剣に考えなくてはならない課題が山積しているようですよ。是非ご一読を。

 

 

斎藤 健転落の歴史に何を見るか 増補 』ちくま文庫

先ごろ発足した第3次安倍第3次改造内閣において農林水産大臣に就任された斎藤さんの著作です。新書版の本書が出版されたのが2002年だそうです。政治家として初出馬が2006年、初当選が2009年だそうですから、それ以前の通商産業省の官僚時代に書かれたもののようです。経歴を拝見すると、築駒、東大経済学部、通商産業省入省という、思いっ切りエリートの経歴を持っていらっしゃいます。その後、ハーバード大学ケネディスクールで修士号も取得されているそうです。で、いまは大臣。いやあ、華麗なる経歴、ってとこでしょうか。

本書のテーマは、「戦前の転落の歴史は、1920年代の10年間こそ、それを逆転する可能性があったにもかかわらず、結果的に日本は、その可能性を生かせなかった。その後1930年代に入ってからの日本の歴史は、転落の加速度が日増しに強まり、もう誰にもそれをおしとどめることはできなかった」という反省に基づき、一体何が悪かったのかを検証し、再び歴史の大きな転換期に差し掛かっているかに思える現代においてその経験を生かしたい、というあたりにあるようです。で、日本が道を誤ったのは「ジェネラリストの指導者を育成してこなかった、組織に十分な自己改革力がなかった、道徳律を失った、深く洞察した正確な歴史を残してこなかった」という四つの要因があった、としています。本書評でもご紹介した『失敗の本質』(本書でも言及されています)とも重なる指摘ですね。

先の大戦についても、「やはり、あの大戦とは何だったのか、日本のどの行為が問題で、どの行為はやむをえないものと判断されるのか、さらには、戦争という極限状態であらわれる日本人の弱点は何か、それらを克服するためにはどうしたらいいのか、長所は何か、それは失われつつあるのではないか等々について、日本人としての冷静かつ確固たる総括が必要である」としています。私も全く賛同いたします。

「自らをごまかさない組織人の方々の、わずかな一助にでもなれば幸いである」と書いている斎藤さんですが、昨今、「四つの要因」をそのまま実践している内閣があるような気がします。斎藤さんは大丈夫なのでしょうか。

 

 

マルクス・シドニウス・ファルクス著 ジェリー・トナー解説 北綾子訳『ローマ貴族 9つの習慣』太田出版

本書評でもご紹介した『奴隷のしつけ方に続くローマ貴族ファルクスさんの二冊目です。何で二千年も経った今頃何冊も本が出版されるのかですって?ま、そこら辺は大人の事情ってことで。

本書には、なぜローマ帝国がキリスト教を受け入れたのかについて、へー、なるほど、と思うような解説がトナー先生によって書かれています。後の時代のキリスト教徒である学者が書く一般的なローマ史では、優れたキリスト教に改宗するのは当たり前ではないか、みたいな書かれ方をしているのですが、内憂外患の時代であった4世紀に皇帝となり絶大な権力を手にしたコンタンティヌス帝が、自身の統治に都合が良い新しい思想としてキリスト教を採用したと見る方が当っているのではないか、というのです。戦前戦中の日本国政府がどのような思想に準拠したのか、とか、ナチス支配下のドイツではどのような思想がもてはやされたのか、なんて思いを巡らせると、そうなのかもしれないな、と思います。私たちの思想信条なんて結構柔軟、悪く言えば簡単に変えられるのなのかもしれませんね。

 

 

塩野 七生ギリシア人の物語2』新潮社

本書で取り上げられているのは紀元前461年から404年まで。

第一巻においてペルシアを撃破、我が世の春を迎えたギリシアですが、民主制政治はあっという間にデマゴーグが横行する衆愚主義に陥り、アテネとスパルタは泥沼の戦争を始めてしまいます。うーん、人間って案外簡単にダメになっちゃうんですねえ。上にご紹介した『転落の歴史に何を見るのか』でも似たような状況が描かれていました。アテネにとってペルシアに勝利したのが日本の明治維新にあたるのでしょうか。で、その後ペリクレスが30年以上に亘って君臨するのですが、彼が明治の元勲たちに当たるのでしょうか。で、彼の死後30年ほどでガタガタになってしまいます。2500年位じゃ人間って進歩しないんですねえ。

民主政の元祖が衆愚政の元祖になってしまう訳ですが、民主政と衆愚政って、紙一重、というかコインの表裏みたいなもんじゃないかと塩野さんは言っています。その違いは、「民主政のリーダー―――民衆に自信を持たせることができる人。衆愚政のリーダー―――民衆が心の奥底に持っている獏とした将来への不安を、煽るのが実に巧みな人」にあるのではないか、としています。昨今の日本の政治状況というか社会状況を鑑みると、「煽るのが実に巧みな人」が幅を利かせているような気がします。皆さんはどう思われますか。

 

20183

エマニュエル・トッド 『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』朝日新書

外国人作者なのに、翻訳者の名前が記されていないことに気が付いたあなた、鋭い。実は本書は朝日新聞に掲載されたトッドのインタビュー記事をまとめたものなのだそうです。その連載期間は1998年から2016年まで。この期間、何だかんだ言って、いろんなことが起きましたね。

トッドさんの著作を読むのは本書が初めてなのですが、トッドさんって何しろ現代最高の知性で、「ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、英EU離脱などを予言」したんだそうです。読んでいて、こいつ頭良さそうだな、とは思いました。

内容については本書評ではあまり触れないようにいたしますが、トッドさんは現代社会の行き詰まりは各国の政策の良し悪しによって起こっているのではなく、歴史の必然なのだ、と思っているようです。その分析にはなるほどそうなのかもしれない、と思わせる説得力がありました。

日本についても様々な意見を述べています。核武装をしろとか。賛否はあるでしょうが、その理由も明快に述べていますので、皆様にも本書を読み、そして考えていただきたいと思います。是非ご一読を。

 

鹿島 茂エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』ベスト新書

トッドさんは大変聡明な方でいらっしゃいますので、インタビューということもあり前書では比較的分かりやすくその理論を展開しているように思います。ただしトッドさんがその分析の基礎にしている家族人類学とか人口動態学などは自明というほど知られた分野という訳ではないでしょう。ということで、明治大学教授の加島さんがここ3年程明治大学でトッド理論について講義や演習を行ってきたのだそうです。本書はその講義録を編集者の助けを借りてまとめたものです。

トッド理論というのは家族のあり方を四つのパターンに分け(後にはさらに細分されたようです)、それぞれの変化を識字率と出生率をパラメータとして分析すると、ものの見事に社会の変化を記述することができるというものです。詳しくは本書をお読みいただきたいと思いますが、なるほど面白い観点から社会を分析しているなあと感心いたしました。これって、多分企業のあり方の分析などにも応用可能だと思います。誰かやってみませんか?

本書の最初の方で鹿島さんは「トッドにインタビューした記事をまとめてつくられた新書というものをいくつか読んでみましたが、ひどいのになると、トッドの本など一冊も読んだことがない人がインビューしていることが歴然としているものさえあります」なんて書いています。でも、本物のトッドさんの著作を読むのは大変そうですので、ま、ここらでお茶を濁しておくことにしましょう。

ところで、トッドさんは日本を直系家族国家であるとしています。で、直系家族の特徴として、権力者の意をくむ「忖度」の習慣が強いことが挙げられるのだそうです。ここから先は鹿島さんの意見だと思いますが、「この意味で、籠池問題で話題になった官僚たちの忖度こそ、最も危険なファシズムの兆候なのです」と書いています。これってヤバくね?

 

 

村上 由美子武器としての人口減社会 国際比較統計でわかる日本の強さ』光文社新書

村上さんは上智大学外国語学科を卒業後、スタンフォード大学大学院で国際関係学修士を取得、国連に勤務します。国連勤務の後、ハーバードでMBAを取得、今度はゴールドマンサックス、クレディスイス証券など金融界で活躍、現在OECD東京センター長を務めるという、とんでもなく立派なキャリアをお持ちの方です。

現在の日本では人口減社会を憂う論調が幅を利かしていますが、実はそうでもないんではないの、というのが村上さんの主張です。今月ご紹介したトッドさんの主張の中にも、女性の活躍や少子化などは社会が進歩していくうえで必然的に通る道であることを指摘していますが、村上さんの主張も同じ方向性を持っているようです。

さすがOECDの幹部だけあって、村上さんは様々なデータを駆使して論を進めて行きます。どうでしょうか、あなたは日本の未来は明るいと見ますか、それとも……。

 

 

ジョン・ケイ 薮井真澄訳『金融に未来はあるかウォール街、シティが認めたくなかった意外な真実【電子書籍】』ダイヤモンド社

ケイさんは経済学の専門家として金融関係の政策立案に携わった経歴をお持ちのようです。そのような役職に選ばれるわけですから、金融界とはべったりな関係、という訳ではなく、むしろ批判的な立場をとっているようです。

本書でも「サブプライム住宅ローンをもとにしたシンセティックCDO(何のことだかわからなくても大丈夫)」について書かれています。この商品は数ある金融商品の中でも複雑な組成をした商品で、かつて私の同僚であった金融の専門家も“住宅ローンを担保にしているにもかかわらず、CDOの買い手には担保処分権がないというリーガルリスクを抱えていた”なんて言っていました。私としては、これはリーガルリスクというより、商品設計にまつわる問題と思えます。CDOの欠点として、システマティック・リスクへの感応度が高いことが挙げられます。つまり、住宅ローンの焦げ付きが増えた、なんてニュースが出たとき、個別の担保付きローンであれば順次担保の処分を考えますが、様々なローンを集めて証券化されたCDOの場合、対抗手段は証券の売却しかありません。で、誰もかれもが自分の証券を処分しようとしますので、CDO全体の価格が暴落してしまいます。いくら米国の住宅ローンの規模が大きいとは言え、このようなことが起きると、大手金融機関の資金力をもってしてもマーケットは破綻してしまうのです。とは言え、私も今でこそ偉そうに講釈を垂れていますが、CDOのリスクが顕在化する前にこのようなリスクを指摘していたのは、ごく少数か、それ以下だったはずです。

本書では「このリスクの売買は、自分が何を取引しているか、そしてリスクの性質をいくらか知っていた面々と、そうでなかった面々との間で行われていたわけだ」と書かれていますが、実は売り手もリスクの性質をいくらかは知っていたかもしれませんが、理解していた、とはとても思えない状況でした。実は、それ以外にも金融界には、訳の分かんないリスクは他人に売りつけちまえ、という昔ながらの知恵もあるんです(こんなこと言っちゃって良いのかな)。高度な理論に裏打ちされた新しい金融商品が生まれた金融イノベーションですが、もしかしたら実態はこんなもんだったのかもしれませんね。

本書にも、「金融業界の外からやって来た人がトレーディングの世界を訪れたなら、トレーダーがいかに浅はかな一般知識しか持っていないかを目の当たりにして衝撃を受けるだろう」なんて書いてあります。確かに私も、トレーディングの世界で、“こいつアッタマ良いな”って思ったことはあるませんね。“こいつすっげえグリーディーだな”と思ったことはありますが。

このような現状を踏まえ、“あんたたち、分かったようなこと言っているけど、ホントに分かってんの”、“このまんまだと金融業界そのものが破綻しちゃうよ”と警鐘を鳴らしているのが本書です。色々と示唆に富んだ、とっても面白い一冊でした。皆様も是非ご一読を。

 

 

20182

Angie Thomas The Hate U Give HATE U GIVEBalzer & Bray

本書はYA(ヤングアダルト)小説という一般的にはティーン向けとされている小説ですので、あまり私が普段読む本ではありません。ですが、本書は作者のトーマスさんのデビュー作であるにもかかわらず、世代を超えた読者に支持されるベストセラーになり、複数の映画会社が映画化権の争奪戦をした、というほどの話題作だったそうです。ということで読んでみました。

本書の主人公は16歳の黒人少女スター(綴りはStarr)。住まいはスラム街にありますが、それなりに稼ぎのある家庭に育ち、裕福な白人家庭の子弟が多い私立高校に通っています。で、そのまま幸せに暮らしました、じゃ、小説が成り立ちませんよね。ここから先は本書をお読みください。

ところで、本書の題名『The Hate U Give』は、2pac Tupac Shaker)というラッパーが自ら所属していたバンドの名前Thug Life(チンピラの一生、って感じですか)(アルバムが Thug Life / Volume 1)の意味の説明として作った「The Hate U Give Little Infants Fuck Everybody(おまえらがガキどもに憎しみをなすり込んでるんだ、だからガキどもはくそったれになっちまうんだ、なんて意味でしょうか)」から採ったものなんだそうです。で、頭文字をつなげるとThug Lifeになります。説明の内容と合わせると、憎悪や貧困の連鎖から逃れられない人々の人生が……なんてことを訴えているのかな、と思います。こんなことも念頭に置きながらご一読ください。

現代アメリカの口語的表現が多用されているのでいささか読み難かった(だって、オンライン辞書にも出てこないような単語が使われているんですよ)のですが、意外にも早く読了しました。最後のAuthor’s noteに著者自身の経験と本書が書かれるに至った経緯が書かれています。ほんの4ページほどですが、大変説得力のある文章でした。

読後感が爽快とは言えない本書ですが、日本人があまり知らない現在のアメリカのダークな側面を鋭く描き出しているように思いました。是非ご一読を。

 

 

オーウェン・ジョーンズ 依田卓巳訳『チャヴ 弱者を敵視する社会』海と月社

本書の題名のチャヴ(Chavs)ってのは、英国の俗語で労働者階級の若者の蔑称なんだそうです。「彼らの多くはイングランドに暮らしながら、そこを多分「エンガーランド」と発音している」ような「不潔なティーンエイジャーたち」なんて思われてるみたいです。上記THUGじゃありませんが、CHAVSも「公営住宅に住んで暴力的(Council Housed And Violent)」の頭文字だなんて言われているみたいです。思いっ切り見下してますね。

本書はイギリスが舞台ですので、前述のアメリカとは若干状況は異なるのですが、根本的には共通する問題があるようです。本書で紹介されているある保守党の政治家は「保守党は特権階級の仲間の連合で成り立っている。大きな党是はその特権を守ることだ。そして選挙に勝つ秘訣は、必要最小限のほかの人々に必要最小限のものを与えることだ」って言い放ったそうです。正直っちゃ、正直ですよね。それに、これ、部分的に単語を入れ替えれば、アメリカにだって、日本にだって当てはまるんじゃないですか。

最近では社会問題はすべて個人の選択の結果、自己責任だと片付けられてしまいます。つまり、あなたの生活が上手くいかないのはあなたが怠惰で努力しなかったからだ、ってことです。で、セーフティーネットはどんどん取り払われています。“働かない奴に金を払うのか?”って。確かにそのような側面が全くないわけではありません。が、一見選択の余地が広がっているように見えても事実上選択できない例がたくさんあります。アメリカでも、黒人だって努力すればスポーツのスーパースターにだって、芸能界のスーパースターにだって、大統領にだってなれるんだ、って言われても、そんな成功者はごく一握り、いやひとつまみでしょう。ひとつまみだからこそスーパースターなんです。何かの集会があったとして、あなたのいる集会室にビル・ゲイツが入ってきたら、部屋にいる人間の平均所得はドーンと上がります。でも、それでビル・ゲイツ以外の人間の生活が楽になるわけではないんです。本当に問題なのは平均値ではなく、中央値なんでしょう。

イギリスってのは何百年も植民地支配を続けて来た国ですから、被支配階級をいかに管理するか、なんて問題には膨大なノウハウが蓄積されているようです。支配被支配の歴史が何千年もある中国では“上に政策あれば下に対策あり”って言われているそうですが、イギリスやアメリカ、そして日本ではどうなんでしょうか。こんなところは中国を見習いたいものですね。

本書はイギリスにおける政府の政策を批判したものですが、本書の指摘は間違いなく日本にも当てはまると思います。私たちも今一度自分の置かれている状況を見直した方が良いのではないでしょうか。そのためにも是非ご一読を。

 

 

勢古 浩爾ウソつきの国』ミシマ社

勢古さんは「まっとうに生きてきた」と主張されています。でも、ウソをついてことがないか、というと、そんなことはない、礼儀としてウソを言わなきゃいけない場面だってあるんだ、としています。そうでしょうねえ。よそ様のお家に招かれて食事を出されたのにまずい、って言っちゃうとか、よそ様が子供の写真を見せてきたのに、他人のガキなんぞに興味ない、なんて言っちゃうのは、たとえそう思ったとしてもバカ正直ではなくて単なるバカ。ではありますが、欺瞞にみちた言葉だけが上滑りしていくのも、なんだかなあ、って気がします。なんでも忖度のご時世ですからねえ。

あと、最近はちょっとでも法律とか規則に違反しているとか、モラル的にどうのこうの、なんてことで私たちが目にするメディアやネットのSNSとかで無茶苦茶に叩かれちゃう場合があります。叩かれる原因がないとは言いませんが、自分は反撃されない場所からキャーキャー言うってのも、なんだかなあ、って感じです。

社会からウソを根絶するのは不可能です。そんな世の中においてどのように生きていくべきか、そして勢古さんはどのように生きていこうとしているか、を説いたのが本書です。私には共感できる箇所が随分とありましたよ。皆さんはいかがでしょうか。

 

 

保坂 渉・池谷 孝司子どもの貧困連鎖』新潮文庫

201712月、「日本を訪れているユニセフ=国連児童基金のレーク事務局長がNHKの取材に応じ、日本の子どもの貧困率が先進国でも高い水準にあることに懸念を示し、格差の解消に向けて教育などの機会の平等を確保すべきだという考えを示し」たそうです

本書は20104月から20111月までに共同通信が配信した連載記事を基にしたものだそうです。遅ればせながら日本でも幼児教育無償化が取り上げられていますが、本書を読むと無償化さえすれば、貧困の連鎖が食い止められる、というものではなさそうなことが分かります。日本は教育に対してお金だけではなくマン・パワーもかけてこなかったのではないでしょうか。教育無償化にしても、幼児教育無償化より全入にして欲しいとの要望が多く聞かれました。政府の方針はこのままでよいのでしょうか。

本書では日本でも最近「家族、教育、仕事」の関係が破綻してしまったとの指摘がなされています。以前であれば正規雇用の仕事が多くあり、家庭の運営(経済的)も上手く行き、教育にも対しても家庭の支援が期待できました。が、最近では非正規雇用が多くなり、経済的に家庭の運営が上手く行かず、教育にかける意欲も資金も労力も減退、そのような家庭では未成年の子供たちも働き手として経済的貢献が求められるものの、年齢も学歴も、あるいは健康状態も十分でないため恵まれた職場ではなく低賃金の単純非正規労働しかない、奨学金(貸与型、つまり借金タイプが日本では多い)ですら生活費に消えてしまう、などなど、正に「貧困連鎖」が起こってしまっているようです。

私たち日本人が全員人間らしい生活を送れるようになるためには何が必要なのでしょうか。皆様も是非ご一読を。

 

 

20181

瀬木 真一真贋の世界 美術裏面史 贋作の事件簿』河出書房出版

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贋作の歴史というのは古いものなのだそうです。「贋作というものをまったく知らなかった清潔で無菌の状態を史上に求めようとすると、せいぜい原始の一時代が浮かび上がるだけで、美術が美術として最初に祖の形をととのえたエジプトになると、もう、多数の模作が表れる有様であり、美術が珍重されたギリシア・ローマ時代には、明らかに意識的行為とみられる贋作が大量につくられている」んだそうです。

でも、『古代ローマ人の24時間』によれば、ローマ時代のお金持ちの家にはギリシア、あるいはエジプト王朝時代の骨董品が飾られていたそうです。儲かるとなりゃ何でもするのが人間ですから、それなりの技術だかノウハウだかを持って居る人間にとっては、アホな鴨がネギしょってるみたいなもんだったんでしょうねえ。

そんな贋作ですが、贋作であるか、真作であるかは専門家でも区別が難しいことが本書でも取り上げられています。科学的鑑定などで決定的な証拠(例えば新しい化学合成の絵の具が使われているので、絶対に古い時代の作品ではないと分かるとか)でも出てこない限り、専門家でも迷う場合があるようなのです。本書でゴッホのカタログ・レゾネを作成したド・ラ・ファイユという学者の例が取り上げられています。彼自身は真面目な学者で、それこそ一生をゴッホのカタログ・レゾネ作りにささげたような方なのだそうです。が、いくつかの作品については初期のカタログ・レゾネでは真作としたものの、中期のカタログ・レゾネでは贋作と変更、さらに晩年のカタログ・レゾネでは再び真作であると判断した、なんてことがあるのだそうです。まあ、学者が一度「こうである」なんて書いてしまったことを訂正するってのは大変真面目な姿勢であるとも言えますが、判断が何度も変わるってのもねえ。

私たちが個人としてゴッホを買う、なんてことはもはや想像もできませんが、どこぞの美術館が目玉としてゴッホを購入する、なんてことはあり得ます。その際参考にするのがカタログ・レゾネなわけですが、そのカタログ・レゾネそのものが変わってしまうこともあるとは。購買責任者にとっては悪夢でしょうねえ。

本書は1977年に別の出版社から出されたものの再版です。40年も経ってから再販されるってことは、良く言えば本書の内容は全く古びていない、悪く言えば今でも美術界には贋作ははびこっている、ということなんでしょうか。

 

 

中野 京子運命の絵』文藝春秋

本書評でも何度か採り上げたことのある中野さんの新作です。最近は中野さんの著作を基にした『「怖い絵」展』が全国を回っていますので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

本書のテーマは運命の瞬間を描いた絵画です。運命の瞬間、といっても、歴史的な場面における登場人物にとっての運命の瞬間や(1812年のナポレオンの肖像とか)、描いた画家にとっての運命の瞬間など様々です。

本書の美点は、取り上げられた絵画の写真がカラーで掲載されていることでしょう。またその画の外側には、絵の中のこの部分に注目しなさい、という指示が書きこまれていますので、大いに本書を読む助けになりました。

 

 

原田 マハサロメ』文藝春秋

本書評でも何度か取り上げたことがある原田マハさんの新作です。

サロメの物語は新約聖書のマタイ伝に登場します。そのあらすじは……、ま、先王ピリポの娘サロメがいます。て、その母親、亡き先王ピリポの妻ヘロデアと結婚したのが新しいユダヤの王ヘロデ。で、ヘロデ王の誕生日にサロメが踊りを舞い、喜んだヘロデ王が、何でも褒美を取らす、なんて言っちゃったもんだから、サロメはバプテスマのヨハネの生首を所望した、なんてお話です。で、これを思いっ切り脚色して戯曲化したのがオスカー・ワイルド。このオスカー・ワイルドの評判は「天才」「犯罪者にして芸術家」「男色家」。なかなかのもんですな。そんなワイルドの『サロメ改版 (岩波文庫)』に挿絵を描いて一躍時の人になったのがオーブリー・ビアズリー。本書の表紙にも使われていますので、どんな作風かはお分かりいただけると思います。

本書はそんなオスカー・ワイルド、オーブリー・ビアズリー、そしてオーブリーの姉のメイベルを中心として展開していきますが、本書はいわゆる伝記や評伝ではなく、原田さんが想像の翼を広げた小説になっています。

原田マハ・ワールド全開、例によってとっても面白い一冊でした。是非ご一読を。

 

 

フィリップ・フック 中山ゆかり訳『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』フィルムアート社

最近クリスティーズのオークションでレオナルド・ダ・ビンチ作とされる『サルバトール・ムンディ』(救世主)芸術作品としては文句なしの世界最高額の45千万ドルで落札されて話題になりました。

著者のフックさんはケンブリッジ大学で美術史を修め、世界二大オークション会社のクリスティーズに就職した方だそうです。現在は世界二大オークション会社のもう一つであるサザビーズのディレクターを務め、「印象派・近代美術部門の重要なセールを手掛ける花形的な競売人(オークショニア)としても知られる」方だそうです。美術そのものに詳しいことはもちろん、美術のビジネス面にも精通している方、ということです。

本書の原題は"Breakfast at Sotheby's  An A-Z of the Art World"となっていることからも分かる通り、辞書形式で美術にまつわるあれこれをアルファベット順に書き綴ったアンソロジーのような形式をとっているようです。

最近では投資の対象にもなっている芸術作品ですが、本書によればその価格は、特に長期的にはかなり変動するようです。オールド・マスターたちの作品の値段も上昇していますが、印象派や現代美術の作品のロケットのような高騰ぶりにはかなわないでしょう。もちろん、美術館に収納されているような作品(その最高峰はモナリザでしょうか)の価格は高騰しているのでしょうが、博物館に収められた作品はあまり市場には出回りません。それだけでなく、過去の作家の作品でも、購入者の趣味の変化などにより人気がなくなってしまった作家の作品も多いようです。

日本でも最近は屏風とか掛け軸の価格が低迷していると言われています。なぜかというと、日本における一般住宅のスタイルが変化したから。掛け軸を飾る床の間とか、何双もある屏風を飾れる広大な広間なんて最近見かけないですからねえ。で、人気がなくなっちゃたんだそうです。

日本ではあまりなじみがないオークションですが、実は何も天文学的な値段の美術品、骨董品、あるいはビッカビカのクラシック・カーなぞばかりを取り扱っているわけではなく、私たちでも購入可能な値段の競売品も数多く取り扱っているのだそうです。ただ、あるクラシック・カーの愛好家が、オークションは売るには良いけれど、買うところではない、なんて言っていました。オークション会場では掘り出し物もある一方で、欲しいと思う人間が複数いる場合には入札する方も熱くなってしまい、後から考えると、どう考えても高すぎるだろ、なんて値段になってしまうことも多いからだそうです。魅惑的なオークションの世界へようこそ。私は……、しばらく様子を見ましょうか。

オークショニアから見た美術・芸術に関するあれこれ。私たちがなかなか知ることのできない世界を垣間見させてくれる一冊でした。

 

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