20178

古荘 純一発達障害とはなにか 誤解をとく』朝日新聞出版

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発達障害とはなにか 誤解をとく (朝日選書) [ 古荘純一 ]
価格:1620円(税込、送料無料) (2017/6/24時点)

古庄さんは青山学院大学教育人間科学部の教授ですが、れっきとした小児科、小児精神科のお医者さんでもあるようです。「臨床現場で一貫して、神経発達に問題のある子ども、不適応を抱えた子供の診察をおこって」きた方だそうです。

最近は多くの著名人が自らが発達障害であると公表するようになりました。発達障害が一般人にも知られるようになったことはそれはそれで意味のあることでしょうが、古荘さんによればそれらの方々が典型的な発達障害という訳ではなく、一般的には誤解を招きかねないと古荘さんは懸念しているようです。また、ネットなどで検索すると、あまりにも多くの自称専門家がトンデモ説を唱えていたり、自分でネット情報を調べただけの自称当事者がカウンセリングを行っていたり、という例が見受けられると懸念しています。で、本書を書いた、と。

ということで、「発達障害とは何か」は本書をお読みいただきたいと思います。

本書で強調していることのひとつに、「発達障害はスペクトラム(連続体)である」ということがあります。以前ですと、正常な人間と発達障害のある人間の間には深ーい谷があって、完全に区別がつけられると思っている方が多かったと思いますが、実は正常な人間と発達障害のある人間の間には白っぽいグレーから黒っぽいグレーまでの幅広いグレーゾーンがあると認識されるようになった、ということです。大なり小なりグレー。きっぱりと区別なんてできませんよ、ということです。グレーゾーンというと一次元的な広がりと捉えてしまうかもしれませんが、本書では三次元的なスペクトラムとしてとらえる方法も紹介されています。

あと、発達障害の一つであるADHD(注意欠陥多動性障害)などに関しては親のしつけが悪かったんだとか、愛情が足りなかったんだ、なんてアホな批判を声高に主張する向きもいらっしゃいますが、古荘さんは(というか精神医学界は)明確に否定しています。ただし、精神医学というものは現在でも確定したガチガチの学問体系というよりはダイナミックに進歩している学問のようですので、「今のところ」と付けておいた方が無難かもしれません。本書でも最後の方で発達障害に関連した用語(英語でも日本語でも)の変遷がつづられています。

発達障害という言葉はマスコミなどでもよく目にするようになりましたが、必ずしも深く理解して使っているわけでもないと思います。本書はそんな発達障害を理解するための一助になるものと思います。

 

 

中野 信子サイコパス 』文春新書

羊たちの沈黙』のレクター博士の登場によりサイコパスなんて単語もよく目にするようになりましたが、「今日の精神医学において世界標準とされている『精神障害の診断と統計マニュアル』の最新版(DSM5)には、サイコパスという記述がありません」、なんだそうです。精神医学界では「反社会性パーソナリティ障害」というんだそうです。

最近の環境汚染によりサイコパスが増えた、なんてことは全くないようですので、昔からサイコパスはいたんでしょう。ただ、中野さんはサイコパスにも二種類いるんではないのか、としています。それは、「「捕まりにくいサイコパス」(成功したサイコパス、勝ち組サイコパス)と「捕まりやすいサイコパス」(成功していないサイコパス、負け組サイコパス)」がいるのではないか、としています。

本書では「勝ち組サイコパス」として、ジョン・F・ケネディやビル・クリントンらの歴代アメリカ大統領や、何とマザー・テレサなどもそうだったんじゃないの、と紹介しています。マザー・テレサとは意外ですね。

ところで、レクター博士などのイメージからサイコパスの知能は高いのではないか、なんて思ってしまいますが、中野さんによれば、特にそのような傾向はなく、頭の良いサイコパスも頭の悪いサイコパスもいるんだそうです。でも、「捕まりにくいサイコパス」の知能は高そうですよね。ただし、サイコパスの持つプレゼンテーション能力の高さ(必ずしも中身が伴っているとは限りません)、あるいは相手の心理を巧みに操る能力などはビジネスの場における出世競争には大いに役に立ちそうです。その結果として「出世した人間にはサイコパスが多い」ということになるようです。

それだけではなく、現代の資本主義における企業(法人)の目的とは利益(株主価値)の最大化にあります。で、企業は経済的合理性に基いて行動します。良心もへったくれもありませんので、あらゆる手段を使って利益の最大化を図ります。従業員をこき使おうが、顧客を騙そうが、バレて叩かれなきゃ良いんです。これって、「捕まりにくいサイコパス」の特徴と重なります。そのような企業においてサイコパス的な人間が出世するってのは、ある意味うなづけるものがありますよね。

サイコパスには男性が多いと言われていますが、女性がいない訳ではないようです。「現代に生きるサイコパス」という章で女性のサイコパスの詳しい分析をしています。なるほど、私のようなオタク気質の男性がコロッと騙されそうな「オタサーの姫、サークルクラッシャー」が紹介されています。あと、後妻業の女なんかもサイコパスじゃないかって書いてありました。怖っ。

本書の最後の方に気になることがかかれていました。ある人物の嘘が明らかになり、サイコパスじゃないかなんて言われても信じ続ける人間がいます。「実は、人間の脳は「信じる方が気持ちいい」」のだそうです。「人間の脳は、自分で判断をおこなうことが負担で、それを苦痛に感じるという特徴を持っています。これは認知負荷と呼ばれるものです」なのだそうです。自分で判断せず、他人の判断を鵜呑みにして従っている方が簡単だし楽だ、ということです。それが人間の特性だ、と言われてしまっては言い返しようがありませんが、私は是非自分の頭で考える生き方をしたいと思います。エッ、それってサイコパスってこと?

 

 

栗原 類発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由 KADOKAWA

現在モデルやタレントとして活躍している栗原さんは、自身が発達障害のひとつであるADD(注意欠陥障害)であることを告白し話題になりました。確かに栗原さんはモデルとして活躍できる容姿に恵まれていたことは事実ですが、「ADDの特徴である、衝動性やコミュニケーション障害を克服」してこれた裏には、「早期の診断や、母の教育方針、主治医との出会い、葛藤を通じて僕自身が学んだこと」など、様々な要因があったようです。そんな栗原さんが自身のこれまでの歩みを振り返った本です。

なんで栗原さんが「輝ける場所を見つけられた」のかは本書をお読みいただきたいと思いますが、栗原さんが本書を書いた最大の理由は、日本ではまだまだ発達障害であることを告白し、それを受け入れてくれる社会にはなっていないからでしょう。栗原さんもADDであると告白した後、多くの方から「告白してありがとう」というメッセージをいただいた、と書いています。日本は同調圧力の強い社会ですので、他とちょっとでも違うとのけ者にしてしまう雰囲気があります。最近一段と雰囲気が悪くなってきている気がします。

栗原さんは自分自身の経験を振り返りながら、ADDの自分でもどのようにすれば「できること」の範囲を広げていけるかを示しています。発達障害の症状や程度は千差万別ですから、栗原さんの方法が万人に使える、という訳ではないでしょうが、少なくとも発達障害の人間は何をやっても変わらないのだから努力するだけ無駄だということはないのだ、ということは分かると思います。そして、栗原さんの場合には本人がそのように考えるように周囲が上手に導いていった結果のようです。

「現在日本では、小中学生の約6.5%が発達障害であるとわかって」いるそうです。自分は発達障害ではないから関係ない、と思っておられるかもしれませんが、発達障害の個別的な障害のひとつひとつは程度の差こそあれ誰でも持っているような問題なのです。栗原さんは興味があることは覚えられるけど、勉強とかになると全く覚えられなくなるとか、字が汚いのでPCとかタブレットを使うようにしていると書いていますが、それって私と同じじゃあありませんか。発達障害だけではなく、どのように自分のできること、できないことと向き合って人生を過ごしていくか考えさせてくれる一冊でした。

 

 

天咲 心良COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇』講談社

本書は天咲さんの個人的経験を基にした自伝的小説だそうです。天咲さんの本名その他は明らかにされていませんが、本書の作者略歴には昭和の生まれとなっていますので、上にご紹介した栗原さんよりだいぶ年上で、しかも発達障害に対する理解も深くなかった(というか、知らなかった)日本で育ちましたので、『壮絶な体験』を強いられたようです。

本書の主人公の心良(本書は一応小説です)は大人になってから「高機能広汎性発達障害」(現在では自閉症スペクトラム障害(ASD)と呼ぶようです)と診断されました。それにまつわるエピソードは本書をお読みいただきたいと思いますが、本書の最初の方、ここらが生まれたあたりのエピソードとして、二人続けて女の子だったことから父親が出生を全く喜んでくれなかったとか、父方の祖母が自分の息子に似た姉だけをかわいがり、母親似の主人公は「汚らしい顔」だと言って全くかわいがらなかった、なんて心が冷え冷えとするエピソードが出てきます。発達障害云々とは全く関係がありませんが、これ、今でも実際によく見聞きするエピソードです。こんなことで差別される世の中ですから、発達障害を抱えた成長後の心良の苦労がしのばれます。

実は私、今月の書評の順番の通りに読み進めてきましたので、本書の心良が嫌がっている意味がなんとなく分かりましたが(本書には丁寧な解説も付いています)、知らないまま心良と出会っていたら、単なるわがままな子だと思ったのではないでしょうか。本書にも、知恵遅れ(知的障害)を疑われ、テストを受けさせられた場面が出てきます。知的障害はないと判定されたようなのですが、恐らくそれなりの専門機関に受診したにもかかわらず、その他の障害があるとの診断はなさ れなかったようです。私たちの人生には自分ではどうすることも出来ない運不運があるようです。その当時の理解はそんなものだったんだ、ということかもしれませんが、やはりやりきれなさを感じます。

 

 

天咲 心良COCORA 自閉症を生きた少女 2 思春期 篇』講談社

小学校の間も『壮絶な体験』を強いられた心良ですが、なぜか中学校から留学することになってしまいました。

心良の両親としては、発達障害といった診断があったわけでもなく、教室ではじっとしてはいられなかったものの本は大好きで様々なことを知っている心良を単に日本の環境にはなじめない子、と判断していたのかもしれません。でも、言葉も分からない国に送り出すには相当の覚悟が必要だと思うんですがねえ。英語の家庭教師にも、厄介払いしたいんじゃないのか、なんて言われたみたいです。英語の家庭教師の国では「問題ばかり起こし家族から爪はじきにされた挙句、お金だけはあるからと自国ほど好き勝手にはできない、異国の地という監獄へ送り込まれる留学生が、後を絶たなかった」のだそうです。んー、波乱の予感がします。

ではありますが、意外にも暖かいホストファミリーに恵まれ、幸せな生活が始まったかに思えましたが、心良は思春期。それまでとは違った葛藤に出会うことになります。実は私も短期留学の女の子を家で預かったことがあるのですが、ここまでちゃんと心を込めてお世話できたのかなあ、と今更ながらに反省させられました。

前書と本書で小学校から思春期をカバーしたのですが、実は本書は三部作の予定で、この後青年期編が続くことになっています。読んでいて、決して楽しいとかハッピーになれる、というものではない本書ではありますが、実に魅力的で引きこまれるものがあります。早く青年期篇を読んでみたいものです。

 

 

20177

李 東雷 監修笹川陽平、解説牧野田亨『中日対話か?対抗か?』日本僑報社

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中日対話か?対抗か? [ 李東雷 ]
価格:1620円(税込、送料無料) (2017/5/25時点)

著者の李さんは中国国防省で「アジア太平洋安全保障の実務と研究」に携わってきた元中佐なんだそうです。米国や英国にも留学経験があり、訪日経験もあるのだそうです。そんな李さんが「老兵東雷」というハンドルネームでアップしたブログ「現代社会を妖魔化した対日外交は失敗」の翻訳だそうです。李さんは「本書に収めた文章はすべて中国のネット上で発表し、大きな反響を呼んだ」、「日本に関する私の文章が中国のネット上で制限されたり、遮断されたり、削除されたことはない」と書いています。

李さんは「経済の相互依存が緊密化したグローバル時代は、ともに小舎となり、ともに反映することこそが国際関係の目標であり、中日関係の根本的な利益に合致する」と書いています。教条的、イデオロギー的な考え方はやめて、現実的に考えよう、ということでしょう。

昨今、中国はもちろんのことですが、日本やアメリカ、そしてヨーロッパでもむき出しの自国中心主義がまかり通るようになってきました。世の中には自分とは異なる見解を持つ人々がいることにもう少し寛容になりたいものです。日本でも中国を「妖魔化」するがごとき議論も聞かれます。相手に求めるなら、隗より始めよ、でしょうか。

 

 

熊谷 奈緒子慰安婦問題』ちくま新書

先ごろ、いわゆる慰安婦問題を一つの契機として駐韓大使の一時帰国という措置が取られた日韓関係ですが、一時帰国のはずが大使は日本に留まったままで、日韓関係は一向に改善する気配を見せていません。というか、一昔前より悪化しているのではないでしょうか。

そんな現状に対し、熊谷さんは「真の和解を目指して、日本がなすべきこと、責任を果たしていくべきことを提示する。慰安婦問題を、主観的かつ表層的、一面的に捉えることなく、客観的かつ多面的に理解することを目指していきたい」ということで本書が書かれたようです。

ただし、本書は文部科学省の科学研究費の助成を受けた研究の成果だそうですので、日本国政府の公式見解とは大幅に異なった見方をしているわけではないことは当然でしょう。とは言え、ネットを検索してみると、熊谷さんは右派からも左派からも叩かれています。ってことは結構中道的だってことなんでしょうか。熊谷さんは政治学で博士号を取得した方ですので、学術的には問題のない書き方をしていらっしゃると私は思います。

こうした学術的態度が良くも悪くも本書の特徴となっています。熊谷さんはある特定の立場に立って明快にああすれば良い、ここが悪い、と一刀両断にしているわけではありません。ですから、左右両派から受けが悪いのでしょう。ではありますが、様々な立場の意見がコンパクトにまとめられていますので、オレの意見はこうだ、と主張する前に一読してみるのはいかがでしょうか。あ、こんなこともしてたんだ、なんて情報が見つかるかもしれませんよ。

 

 

有馬 哲夫歴史問題の正解』新潮新書

有馬さんは早稲田大学社会科学部・大学院社会科学研究科の教授です。以前日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」』でご紹介したように、戦中戦後日本の歴史をアメリカ国立公文書記録管理局などから発掘した資料を基に再検討するような研究を続けている方です。

「日本は無条件降伏をしていない」

「真珠湾攻撃は騙し討ちではない」

「ヤルタ会議は戦後秩序を作らなかった」

などの主張をしていますので、ゴリゴリの右翼なのかと思いましたが、そうではないようです。

「中国や韓国やロシアの反日プロパガンダは根拠を示さない。言いっぱなしだ。それを示せば、嘘であるか、論理が破綻していることが露見するからだ。これらのプロパガンダに対抗するためにするべきことは、歴史的資料に基づき根拠を示すことだ。決して、相手をとりあえず欺いておくために、でっち上げをしたり、都合の悪いことを隠したりすることではない」ということを示すために本書が書かれたようです。巻末にはそれを示す参考文献がずらっと並んでいます。議論ってのはこうでなくてはいけませんよね。どうも最近は偏狭なイデオロギーに基いた罵り合いばっかりで辟易としていますからね。

史料がずらりと並べてあるからといって、有馬さんの解釈だけが正しいという訳でもないでしょう。私も國體護持に関する有馬さんの解釈には素直に頷けないものがあります。ではありますが、それは私たちが個人として判断すべきことでしょう。判断をするためにはまず基本的な知識を得てから。皆様も是非ご一読を。

 

 

清水 潔「南京事件」を調査せよ』文藝春秋

清水さんは日本テレビの報道記者・解説委員です。「雑誌記者時代から事件。事故を中心に調査報道を展開。著書に『桶川ストーカー殺人事件 遺言』、『殺人犯はそこにいるー隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件ー』などがある」方です。紹介された著作は事件の真相が明るみに出るとともに大きな話題となりましたので、ご存じの方も多く居られるかもしれません。

そんな清水さんがギャラクシー賞などを数々の賞を受賞したテレビ・ドキュメンタリー番組『南京事件 兵士たちの遺言』を制作するにあたって調査した内容を基に改めて著作にしたものです。

南京事件については前出の有馬さんも取り上げています。清水さんの結論は有馬さんのものとはいささか異なっているように思います。本書にも述べられているように、本書は「“一部の人たち”から拒絶」されているようです。どちらを信じるかはあなた次第。是非読み比べてみてください。

 

 

20176

國重 惇史住友銀行秘史』講談社

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住友銀行秘史 [ 國重 惇史 ]
価格:1944円(税込、送料無料) (2017/4/25時点)

國重さんは1968年住友銀行に入行後、長らくMOF担を務め、1994年には同期トップで取締役になられた方です。銀行に勤めるサラリーマンの中ではエリートの中のエリートですね。國重さん、思いっ切り自慢しています。國重さんは戦後最大の経済事件とも言われるイトマン事件のころ住友銀行の中枢にあって事件を深く知り、大蔵省とマスコミに告発状を送った当事者なんだそうです。

実は私はこの事件発覚の少し前まで、ある邦銀(住友銀行ではありません)に勤めておりましたので、銀行の内部事情を全く知らない訳ではありません。ま、本書にもクドクドと書いてありますが、銀行員にとっては出世(というか席次)がすべて。時あたかもバブル真っ盛りの時代でしたし。本書に出てくるエピソードに似ていますが、住友銀行の行員は業務日誌を自転車をこぎながら書いている、なんて話が、肯定的なニュアンスで語られていました。今の私だったら、「そんなことやってられっか」って言えますけど、当時は感心して聞いていたような気がします。いやあ、すごい時代でしたね。私は邦銀をたった6年で辞めちゃいましたからそれ以上は知りませんけど。

基本的には半沢直樹風なお話なわけですが、現実の世界を描いた本書ではイイモンとワルモンの区別がうまくつきません。どちらかというとワルモンばっか。本書を読んでの私の感想は、こんな修羅場に居合わせなくて良かった、の一言に尽きます。まあ、私はここに名前が出てくる方々ほどの偉くはなれそうにありませんから関係ないかもしれませんがね。

 

 

永野 健二バブル』新潮社

戦後の日本経済の大きな転換点がバブルとその崩壊にありました。それ以前は高度成長期でしたが、バブル崩壊後は永らくデフレに苦しむ、「失われた20年」になりました。バブル崩壊後20年以上経っている今現在でもまだ終わってないような気もしますが。そんなバブルの時代を、永野さんは1970年代の三光汽船によるジャパンライン買収事件から時代を追って解き明かして行きます。

これがどのような事件であったかは本書をお読みいただきたいと思いますが、簡単に言ってしまえば戦後の復興期を支えた官庁を中心とした護送船団方式に異を唱えた企業があった、ということです。なぜそんなことができたのでしょうか。細かい問題はいくつもあったのでしょうが、煎じ詰めると護送船団方式が通用しない時代になった、ということでしょう。が、日本はその後も後生大事に護送船団方式を護って行きます。で、破綻した、と。

本書評でも何度も取り上げてきた「失敗の本質というか、「日本的な空気」が第二の敗戦をもたらしたんだなあ、ということが今更ながらに分かりました。その時の日本のトップが情けなかったのか、日本人的なものがいけなかったのか、それとも失敗ってのはいつでもこんなもんなのか、色々考えさせられました。

永野さんが本書を出版した理由の一つに、またもやバブルが起き、はじけそうだ、という危機感があるのだと思います。はてさて、今回はどのような経緯をたどるのでしょうか。皆様も是非ご一読を。

 

 

ミカ・ゼンコ 関美和訳『レッドチーム思考』文藝春秋

自分自身で自分自身が作った計画や予測を第三者的な視点から検証するにはかなりの困難が付きまといます。何しろインサイダーの自分が、手間も暇もかけてこれがベストだと思って作ったんですからね。これは組織として何かを決断しなくてはならない場合にも当てはまります。これは「追認バイアス」と呼ばれるそうです。その他、偉い人の言うことにはとりあえず賛成しておく、なんていう「組織バイアス」もあります。

このようなバイアスを相殺するために考案されたのがレッドチームです。もともとはカトリック教会内に設けられた「列聖調査審査官」(別名「悪魔の代弁者」)に由来するそうです。昔々の聖人認定なんてのはかなりいい加減で、仏陀(ゴータマ・シッタルダ)の事績を適当に編纂してキリスト教の聖人にしちゃった、なんて例まであったと読んだことがあります。聖人のインフレ状態になるとありがたみも無くなってしまいますので、聖列に際してはその事績を「悪魔の代弁者」に徹底的に反論させ、それを論破した後でなくては聖人認定をしない、ってことにしたみたいです。

これに倣って冷戦時代のアメリカ軍でレッドチームの考え方が形成されていったのだそうです。最近の活用例として本書に挙げられているのがブッシュ(子)政権時代、イスラエルからシリア空爆への参加を求められた際のレッドチームです。なんでこんなものを使う気になったのか、というと、やはり「大量破壊兵器がある」なんて言ってイラクに侵攻したものの、大量兵器の痕跡も見つからなくって、思いっ切り恥をかいたから、みたいです。誰かが何か言うと「そーだそーだ」なんて言うだけの幇間ばかりではダメだ、ということでしょう。でも、ブッシュ元大統領がそんなものを作らせたのだとしたら、意外とヤルじゃないですか。

というような経緯ですので、「レッドチーム」を設置するというアイデアは古いようで新しく、現在のアメリカでも決して根付いている、という訳ではないようです。

そんなレッドチームですが、レッドチームさえ作れば上手く行くのか、というとそんなことはありません。「レッドチームの成功はリーダーに懸かっている」なんて表題の章があります。レッドチームはケチを付ける役目ではありますが、トップリーダーが「俺の見立てにケチを付けるのか」なんて言ったらレッドチームの存在意義がなくなってしまいます。まあ、この本を読んで「ウチにもレッドチームを作ろう」なんて言っている社長は今一つ怪しいですねえ。本書評でも何度か書いたことがありますが、「ブレイン・ストーミング」をやろう、なんて言う上司に限って下の者の意見なんて聞かないですからね。だから皆何も言わなくなるんです。そこを分かってくれないと……。

形だけ真似したって上手く行きっこない「レッドチーム」ではありますが、日本の「失敗の本質を鑑みるに、本書を一読する価値はあると思います。皆様も是非ご一読、ご一考を。

 

 

新井 信昭レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?』新潮社

本書に書かれた新井さんの経歴を見るだけで、「あー、この人はいろいろな経験を積んできた方なんだなあ」ってことが分かります。知財戦略の本を書かれていることからも分かるように、弁理士でもありますが、工学の博士号をお持ちであったり、知財戦略論を大学で講義しているなど、様々な活躍をされている方のようです。

本書の初っ端に書かれているのは、特許を取ったからといって「アイデアの海外への流出」が防げるわけではない、というショッキングなフレーズです。

サントリーのヒット商品「伊右衛門」のレシピはサントリーの特許公報を調べると簡単に分かるそうです。それに対してコカ・コーラのレシピは本社でも二人の人間しか知らないとか、同時に事故に遭うと困るのでその二人は絶対に同じ飛行機には乗らない、なんて話もあります。特許に頼らずレシピを守っているコカ・コーラの方が偉い、なんて思いそうですが、知財戦略を大学で講義している新井さんがその程度のことを言うはずはありません。じゃ、なんなのか、は本書をお読みいただきたいと思います。

ところで、この「知財戦略」の重要性を物語るあるエピソードが本書の最初の方に書かれています。それは、ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授と所属する京都大学iPS細胞研究所の知財戦略です。有望分野だ、ということでiPS細胞の開発競争が世界中で起きたのですが、じつは京都大学iPS細胞研究所では高須直子さんという「知財のスペシャリスト」を雇い入れて基本特許を抑え、万全の体制で世界各国からのイチャモンを受けて立ったのだそうです。受けて立った、というとあちこちで裁判を起こして、なんて思われますが、後々の悪影響を考えて速やかに和解する、などという事例もあったのだそうです。それにしても、山中先生ってお医者さんらしくないとは思っていましたが、ものすごいビジネス・センス(とスキル)をお持ちなんですねえ。

本書では、特許に関連して、裁判のルールとして「弁論主義」を理解することの重要性を指摘しています。「弁論主義」とは、「判決の基礎となる事実の収集は、当時所の権能であり責任である」というものです。オレが正しい、というのであれば、その証拠を持ってきて、裁判官を納得させろ、ということです。ですから、いくらオレが正しいんだって威張っても、証拠がなければ泣きを見ることになります。お天道様は裁判所にはいません。どうもここら辺を分かっていただけない方が日本人には多いような気がします。繰り返しますが、お天道様は裁判所にはいないのです。

本書は新井さんが一般の方にも「知財」の重要性に気づき、より良く活用していただきたい、という使命感を以って書かれたようです。充分にその目的は果たされていると思います。きっとお仕事のお役に立ちますよ。是非ご一読を。

 

 

20175

 阿刀田 高楽しい古事記』角川文庫

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楽しい古事記 [ 阿刀田高 ]
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日本史の授業に絶対に登場する『古事記』ですが、まともに読んだことがある方というのは、国文学だか日本古代史だかなんだかを専攻された方以外、ほとんどいないのではないでしょうか。なんせ原文は変体の漢文で書かれています。普通は読めないですよね。

本書の最初の方で、イザナギとイザナミの物語の中の冥府へ行くお話とギリシア神話のオルフェウスとエウリディーチェのお話が大変類似しているとの指摘がされています。阿刀田さんは「古事記がギリシア神話の影響を受けているわけではない。それはありえない」と断ってはいますが、似てますよねー。正倉院の御物の中にもオリエント伝来の瑠璃があるとか言われていますし、そもそも人類ってアフリカ発祥の後、オリエント地方だとかあちこちを通って日本までやって来たわけですから、交流がなかったって思う方がおかしいんじゃないですかねえ。まあ阿刀田さんが断言しちゃうとそれが歴史上の真実として流通してしまうだけの影響力がありますから、慎重におっしゃってるのかもしれないですけど。阿刀田さんは「伝説として楽しんでください」ということみたいです。

ところで、古事記ってのは「まぐわって」「歌って」「殺す」物語なんだそうです。ハードボイルド仕立てのエロいミュージカルってことなんでしょうか。インド映画みたい。ま、ここから先は阿刀田さんの解説でお楽しみください。

 

 

阿刀田 高シェイクスピアを楽しむために』新潮文庫

シェイクスピアも有名ではありますが、実際に本を読んだ日本人はあまり多くないのではないかと思います。とは言え、映画になっている作品も多くありますし、その筋書きを生かして時代設定を変えた舞台や映画も数多く作られていますので、本書を読んでいると、「あれ、どっかで見たことがある」なんてお話も多く出てくるのではないでしょうか。

私も御多分に漏れず、シェイクスピアの作品をあまりまともに読んだことはないのですが、英国のクルマ雑誌なんぞを読んでいるといきなりシェイクスピアの名セリフかなんかが出てくることがあります。それがシェイクスピアであると分かれば良いのですが、下手をすると「なんでこんなへんてこりんな言い回しが出て来るんだ」「意味分かんなーい」なんて思っちゃうんです。英国ではこの手の人間は「教養がない」と思われるのでしょうが、こちとら日本人ですからねえ。

ところで、シェイクスピアには歴史上の事件を扱った物語が多いのですが、シェイクスピアにおいて歴史劇(あるいは史劇)と呼んでよろしいのは13世紀から16世紀のイギリス国家を取り扱った作品群だけで、いかに歴史を題材にした物語とは言え「ジュリアス・シーザー」などの外国物はシェイクスピアの歴史劇と呼んではいけないんだそうです。何でかって言うと、この歴史劇に描かれている歴史の結果として当時のエリザベス女王が誕生したからなのです。つまり別格。ですから、その物語も歴史的正確さよりは大分現政権に阿った内容になっている……みたいです。ここら辺は上にご紹介した古事記と変わりませんねえ。

ではありますが、いずれ何かの時に役立つかもしれませんので、ここはひとつ阿刀田さんの解説でシェイクスピアのサワリだけでも楽しむことにいたしましょう。

 

シェイクスピアの代表的作品として『ロミオとジュリエット』の映画をご紹介しておきましょう。

 

『ロミオとジュリエット』を翻案した作品として『ウェストサイド物語』もご紹介しておきましょう。

 

 

星 新一つぎはぎプラネット』新潮文庫

 

ショートショートの名人として知られる星さんが同人誌やPR誌に書かれ、文庫化などされぬままに忘れられようとしていた作品を再収録した作品集です。星さんの作品はほとんど読んだと思っていた私も初めて目にする作品ばかりでした。中には子供向けの「四年の学習」なんて雑誌に掲載された、学習ネタを織り込んだ作品まで掲載されています。昔の学習雑誌ってのは豪華な執筆陣だったんですね。

その中でも思わずニヤリとしたのは冒頭に収められたSF川柳・都々逸です。七五調で書かれているのですが、その内容はSFチック、しかも諧謔が利いてます(雅号は「笑兎」(ショート)ですって)。

「タイム・マシン 未来も遠く なりにけり」

「ブラック・ホール 白いペンキを 流しこみ」

星さんはこんな着想を短編に仕上げていったんだな、と思わせるような川柳・都々逸がずらりと並んでいます。面白そうでしょ。

星新一ファンなら何が何でも読まなくてはいけない一冊でした。

 

 

千船 翔子文豪失格』実業之日本社

1ページの登場するのは天国でも執筆活動をして暮らしている夏目漱石。そしてそこを訪ねてくる芥川龍之介。訪ねた目的は「ラノベ」の書き方を教えてほしい……。ムリだろ。ま、ギャグマンガですから。

話筋はギャグマンガらしくハチャメチャですが、文豪たちが話している内容は相当本人を研究して、その中から思いっ切り妙なところを抽出してしゃべらせているみたいです。横浜国立大学教授の一柳廣孝さんという方がちょっと真面目な人物の解説を付け加えていますが、確かにマンガに描かれているような人物であったことを物語っています。

本書に登場するのは「破滅型ナルシスト」、「乙女チックな酒乱」、「天然ボケの貴公子」、「気苦労の多い常識人」の皆さん。どれが誰だか分かりますか?

それにしても、文豪たちってのは相当屈折していて、その曲がり方も一ひねりではなく、右に左に、上に下に、前に後ろにと思いっ切り変な方向にこじらせていたみたいですねえ。

 

 

千船 翔子文豪失格(文豪の恥ずかしい手紙編)』実業之日本社

で、こちらが続編。

本書はいくつかのエピソードから成っていますので、全部が手紙編ではありませんが、手紙に関するエピソードも挟まっています。

普通手紙というのは個人から個人に宛てたものですし、他人が読むことを想定していません。じゃなきゃ、ラブレターなんて書けませんからね。恥ずかしい手紙を出版物に公開されてしまった文豪たち、天国(地獄か?)でどう思っているんでしょうか。死んでしまったとは言え、プライバシーを暴露してしまうのはかわいそうな気もしますが、笑えますねえ。

前書のハチャメチャ文豪たちに加え、「こじらせメルヘン童貞」、「リア充アイドル」、「堕落の申し子」の皆さんが登場します。皆さん漫画風イケメンとして登場しますよ。

  

 

関根 尚教科書では教えてくれない日本文学のススメ 』学研

 

こちらも文豪たちのエピソードをマンガにしたものです。千船さんの作品と併せてお読みください。千船作品には具体的なエピソードが登場しなかった女性文豪たちも登場しますよ。本書の中で「作品の素晴らしさと作家の人間性は別さ」というセリフが出てきますが、それを地で行くエピソードが満載です。

 

 

歴史系倉庫 世界史の問題児たちPHP

 

題名の「問題児」には「クズ」とルビがふってあります。確かに歴史上の有名人物ばかりではありますが、その実態は結構なクズばっかり。歴史上の人物として知る分にはかまわないのですが、実際には友達どころか仕事の上でのお付き合いさえ遠慮したいような面々ばっかり。まあ、だから歴史に名を残せたのかもしれませんがね。

著者の亀さんは「歴史系倉庫というサイトを運営されている方です。本書には収録しきれなかった人物が満載ですよ。

 

 

20174

Carl Johan Callman 『The Nine Waves of Creation: Quantum Physics, Holographic Evolution, and the Destiny of HumanityBear & Company

以前ご紹介したコールマンさんのThe Global Mind and the Rise of Civilization』の続編です。出版社が違いますが、何かあったんですかねえ。

ま、それはともかく、前作では私たち人類が自分の心とか意識を持つようになったBC3115年頃から始まる時代に重点が置かれていましたが、今作は私たちが生きている現在周辺に重点が置かれて書かれています。

現在はちょうど第9の波の時代にあたるそうです。で、この波と波の間隔は短くなっているらしく、その前の第7の波(始まったのは1755年)は産業革命に、第8の波(始まったのは199915日)はデジタル革命に当たるのだそうです。そしてこの期間には経済分配の不平等が拡大するとしています。さらに、20111028日に第9の波が始まったのだそうですが、この時代には社会の平等化が進む、としています。

ま、確かにアラブの春なんて運動がこのころ起こっていました。このような運動はイスラム圏に特有のものなのかな、とも思っていましたが、その後のBREXITとかトランプ大統領の当選なんてのも第9の波に呼応しているのかもしれません。確かに、これらの動きの背後にあるのは、持たざる者の持つ者に対する反感と言えるかもしれません。ただ、現在も続く中東の動乱などに鑑みると、これらの動きによって持たざる者の生活が改善されたのか、というといささかならず疑問を感じます。本当に平等化が進むんですかね。

本書で強調されているのは波動、というか周波数の重要性です。波動(バイブレーション)を感じる、なんてのはいわゆるスピリチュアル系の決まり文句なわけですが、良く考えてみれば、テレビだってスマホだってこの波動を使っているんですよ。ですから、波動には情報が乗っかる、情報を伝達する力があるんです。言われてみればその通りですね。で、コールマンさんはいわゆる生命の樹(Tree of Life)ってのも実際の樹ではなく、この波動(コールマンさんは波動によって伝えられるホログラムであると表現しています)ではないの、としています。他の作家のイメージで言えば、『2001年宇宙の旅』に出てくるもモノリスでしょうか。なかなか面白いですねえ。

ただ、コールマンさんは波の周期がどんどん短くなっており、さらに第9の波が最後である、としていました。そして、2012年には第9の波が終わり、世界も……、なんて話が広がっていました。ところが何事もなく2012年が終わり、コールマンさんの評判はがた落ちになった、なんて経緯もあります。

世の中終わらなかったわけですが、なぜそうなったのか、なんて話は本書に詳しく書かれています。そうじゃないと出版できないですもんね。ただ、第8や第9の波の周期は著しく短くなっていますので、例えば私は第7の波の時代に生まれ、第9の波の時代を生きていることになります。そう長くはない生涯のうちに、時代を規定する周波数が変わっちゃいますので、新しい高周波の波に乗れない人間も多数出てくるわけです。今までは、新しい波の時代になると全地球的な人類の新たな覚醒があると思われていたのですが、どうもそうではないようです。コールマンさんは我々個人々々が新しい波を受け入れるには、我々自身の努力も必要だろうとしています。何もしないでいると、正に時代の波に乗れない、なんてことが起きるわけです。特に第9の波の現在、未だに第7の波の時代に生まれた人間が社会を牛耳っています。だもんで、随分と大時代的な主張をする人間(個人だけでなく集団としても)もいることになるみたいです。

正しいと思うかどうかはあなた次第。ま、なかなか面白かったですよ。

 

 

ィーパック・チョプラ 渡邊愛子訳・解説『宇宙のパワーと自由にアクセスする方法』フォレスト出版

チョプラさんは「レディー・ガガ、マイケル・ジャクソン、ゴルバチョフ元ソ連大統領、クリントン元大統領らが大絶賛」した世界的メンターなんだそうです。最近、瞑想なんぞが流行っていますので、私も、ということで読んでみました。

実は、私は以前から瞑想などということに興味があり、CDだなんだって買ってはいたんですが、どうもうまくいかない。雑念の塊ですからねえ、私は。瞑想をしようと思っても、あーだこーだっていろいろなことが頭に浮かんできちゃうんですよねえ。さてさて本書を読んでうまく宇宙と繋がれるでしょうか。楽しみ。

チョプラさんの文章は医学や物理学、さらには哲学など様々な分野の話題をボンボン放り込んできますので、なじみがない方には分かりにくいかもしてません。昔の瞑想法だと神の恩寵がどうのこうのとか、ちょっと前だと怨念がどうのこうのとか言っていたわけですが、最近では量子論とか多元宇宙論とかなんとかを使った箔付けが所謂スピリチュアル系の世界では一般的みたいです。ま、そこら辺は流行り廃りの世界ですのでどうでもいいわけです。でも、瞑想法ってそれこそ人類が文字の世界を持ち始めていたころにはすでに存在していたみたいです。そう考えるとそうそう捨てたもんでもないですよね。

本書の著者はチョプラさんですが、翻訳者でもある渡邊さんが解説を付け加えています。渡邊さんは日本におけるチョプラさんの日本における窓口を務めている方ですので、日本の読者にも分かりやすい解説を付け加えています。

瞑想入門の第一歩としてお読みください。

 

ディーパック・チョプラ 渡邊愛子訳・解説『宇宙のパワーと自由にアクセスする方法(実践編)』フォレスト出版

でもってこちらが瞑想の実践方法を書いた本です。CD付ではありませんが、音声ファイルのダウンロードサービスが付録しています。私もそれを使って瞑想に励んでおります。でも、聴きながらリラックス、なんて言われると、ぐっすりと眠っちゃうんだよなあ。それじゃダメじゃん。

 

 

竹内 久美子、佐藤 優『佐佐藤優さん、神は本当に存在するのですか?』文藝春秋

ご存じのように佐藤さんは外務省の主任分析官という、世が世ならスパイ?の経歴をお持ちの方です。ではありますが、同志社大学で神学の修士号を持っておられる方です。一方の竹内さんは動物行動学で博士号を取った方だそうです。

佐藤さんがクリスチャンであることは前から知っていたのですが、プロテスタント(カルヴァン派)のクリスチャンであるのは初めて知りました。佐藤さんの言によれば、カトリックとプロテスタントでは、その神学の内容も随分と異なるのだそうです。

どうしてそうなったのか、なんて経緯は本書をお読みいただきたいと思いますが、本書の最初の方で、本書評でもご紹介したリチャード・ドーキンスの『神は妄想である』(が取り上げられています。、佐藤さんは「ドーキンスの扱っている問題は、二百年前にキリスト教神学がすでに問題にしていますよ。そして、百年前にはほぼ解決がついている」とこき下ろしています。はー、そうだったんすか。

本書の狙いは別なところにあるのかもしれませんが、本書に出てくる佐藤さんのアメリカ人の評価は、私が普段思っていることを見事に説明してくれていて、思わず笑ってしまいました。アメリカ人は歴史的に「ロマン主義を経ていないから、単純な白黒のキリスト教なんですね。物事を二分法でしか理解できない、複雑なことが理解できない」のだとしています。従って、アフガンやイラクでの失敗も、「なぜ失敗するのか、おそらく彼らには理解不能でしょう。なんで正しいことが通用しないんだって憤ってるかもしれない」ですって。アメリカ人と付き合うと、こういうすげー単純で押しつけがましい人がいっぱいいるもんね。

佐藤さんは博覧強記の人ですので、竹内さんの質問に実に的確な返答をしていることが伺えます。が、それで私がキリスト教に強く惹かれたか、というと、どうもそうではありません。なにしろ佐藤さんの奥さんだってクリスチャンになっていないそうですから。

本書は一応、キリスト教信者でありキリスト教学の専門家である佐藤さんにキリスト教信者ではない竹内さんがあれこれ聞く、という体裁をとってはいますが、対談のテーマは多岐にわたっています。キリスト教を学びたいとか、キリスト教の入門書としてはよろしくないと思いますが、学際的な対談として大変面白く読めました。

 

 

アトゥール・ガワンデ 原井宏明訳『死すべき定め』みすず書房


ガワンデさんはブリガムアンドウィメンズ病院勤務、ハーバード大学医学部・ハーバード大学公衆衛生大学院教授という、れっきとしたお医者さんであります。が、医学部の教育を通じて「死」について教えられたことはほとんどなかった、と記しています。これ、本当だと思います。私の父も医者でしたが、死について、恐らくほとんど考えたことはなかったのだろうと思います、自分自身がそういう立場になるまでは。

日本より老年期医学が進んでいると言われているアメリカにおいても、現在の日本の状態と大きな差があるわけではないようです。その原因の一つは、私が思うには、医学の進歩があると思います。何しろ、多くの病気が治るようになったわけですから、人類としてはやはり進歩したんだと思います。が、そのことが人間とは死ぬものだという当然の節理を忘れさせてしまっているようです。で、死ぬことは悪いことだとか、人生の敗北だと思われちゃってるんです。

私ぐらいの年齢になると、検査をすれば異常の一つや二つ、私の場合はもっと見つかります。で、医者はそれが当然と言わんばかりの態度で「これとこれのお薬を出します」なんて言い始めるんですね。で、あれをやれ、これをやれ、あれはやっちゃダメ、これもやっちゃダメ、なんて命令します。で、「私と一緒に病気に立ち向かいましょう」なんて恩着せがましく言うんです。誰もそんなこと頼んじゃいないって。

こういっては何ですが、老人の病気なんて治らないんです。が、生活におけるQOLは高めることが可能です。これはガワンデさんも本書で主張していらっしゃいます。内臓疾患をどうこうするより、歩けることの方が自立生活にははるかに大事だって。

本書にはハリー・トルーマン(元大統領じゃありません)という方が紹介されています。この方はセント・ヘレンズ山の近くでロッジを経営されていたそうですが、セント・ヘレンズ山に噴火の危機が迫り、一帯に避難勧告が出されたのですが、かたくなに避難を拒否、結局噴火で亡くなったのだそうです。「俺は80歳だ、80歳だから自分で決めてやりたいようにする権利があるんだ」避難しない馬鹿者だから亡くなったのでしょうか?私には自分らしく生きたように思えますがいかがでしょうか。

ガワンデさんは現職のお医者さんです。が、医者にありがちな家父長的な発想をする方ではないようです。私自身、最近父を看取りました。私もそろそろ準備をしておかなくてはならない年齢になってきました。娘も医学部に入りましたので、最後をどのようにしたいか、なんてことを言い置いておけばやってくれるでしょう。

そんな時に備えて是非読んでおきたい一冊でした。是非ご一読を。

 

 

20173

安田 寛バイエルの謎』新潮文庫

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バイエルの謎 [ 安田寛 ]
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バイエルのピアノ教則本は大変に有名で、わが国でも子供がピアノを習うときまず使うのがバイエルでした。これは諸外国でもかつてはそうであったようなのですが、最近ではバイエルなんて古式蒼然たる教科書を使っているのは日本だけだ、なんて言われるようになってしまったそうです。

ところが、このバイエル教則本の著者フェルディナンド・バイエルってどんな人なのか、はよく分かっていなかったそうです。ドイツ人だとか生没年は一応分かっているのですが、知られている自作曲はバイエル・ピアノ教則本だけで、しかもその初版本も行方不明、と分からないことだらけなのだそうです。

なんで忘れられちゃったのか、というと、存命の当時からバイエルは「この時代に日々開花するダンスやオペラの旋律に基いた、独創性も価値もないピアノ音楽を最も精力的に描いた作曲家の一人」だと思われていたようなんです。つまり、流行りの曲を客の要望でピアノで弾いて見せる飲み屋の芸人、って思われていたらしいんです。芸術家じゃない、って。でも、結構お金持ちだった(楽譜がガンガン売れたんだそうです。古手の楽譜出版社のカタログでは、同時代のワーグナーを抑えて堂々のナンバーワン収録数を誇っていたそうです)みたいですから、それはそれで良かったんじゃないですかね。

ところで、バイエルが日本で広く使われている理由の一つに、羽仁もと子さんが、主宰した自由学園で使うための音楽教材として著名な音楽教育者である園田清秀さんに編纂を依頼した、といういきさつがあるんだそうです。羽仁もと子さんの自由学園って、私も幼稚園に通いましたよ。親の意向で。何しろ、「音楽のおけいこは、「三才半が適期で、お稽古を始めると自然に絶対音感のついたお子様は、修学してから音楽はもちろん、他の学科、(算数・国語・絵等)に大変良い成績を上げて居り話題になりました」」って言われてたんですって。でも、私みたいにそうならないお子様も居たんですよ、フン。

ですから、私も多分バイエルをやったんでしょう。忘れたけど。小学校に上がるころにはピアノなんて嫌いになっちゃって止めちゃいましたからねえ。ま、今ではバッハからエリック・サティまで弾ける(弾けるのはバッハの平均律のCのプレリュードとサティのジムノペディだけってのは秘密です)私としては、黒歴史ですねえ。

本書はバイエルという作曲家の由来を探すノンフィクションではあるのですが、安田さんが実際にバイエル探しのために行った探索行の記録でもあり、バイエルの教則本のその他の謎を解明していくミステリー作品でもあります。バイエルなんて悪い思い出しかない作曲家だと思っていましたが、個人として豊かなバックグラウンドを受け継いだ音楽家だったということが分かりました。意外なほど面白く読了しました。ぜひご一読を。

 

 

原田 マハ暗幕のゲルニカ』新潮社

以前『楽園のキャンバスをご紹介したことがある原田さんの新作です。今作のテーマはピカソのゲルニカ。本書は史実を基にしたフィクションなのだそうです。ですから、ネタバレになりそうな内容の紹介は控えておきましょう。

「ゲルニカ」はピカソがドイツ空軍によるゲルニカ爆撃に衝撃を受けて描かれたとされています。ピカソはフランコ政権樹立に怒り、「スペインが真の民主主義国家となるまで」スペインに返還されることはありませんでした。

本書ではそんなピカソをめぐって史実かどうかは知りませんが、こんなエピソードが紹介されています。

パリ万国博覧会の開会後しばらくたって公開された「ゲルニカ」をナチスの将校が眺めていました。そのとき、

「将校は、軍靴の音を響かせてピカソに近づくと、言った。

「この画を描いたのは、貴様か」

ピカソは黒々と輝く目で将校を見据えた。この世の闇と光、すべての真実を見抜く智の結晶のような瞳で。そして、言った。

「いいや、この絵の作者は―――あんたたちだ」」

また、ピカソはこうも言っていたそうです。「芸術は、決して飾りではない。それは、戦争やテロリズムや暴力と闘う武器なのだ」

さすが原田さんですねえ。「ゲルニカ」ってのはこういう絵だったんだっていうことがイヤってほど分かります。

絵画をテーマにした本ではありましたが、絵画を通して様々なことを考えさせられる本でした。しかも、小説としてもとても面白く書かれています。是非ご一読を。

 

 

ギィ・リブ 鳥取絹子訳『ピカソになりきった男』キノブックス

本書はギィ・リブという画家の手記です。そんな画家、聞いたことがないと思われるかもしれませんが、もしかしたら彼の作品を見たことがあるかもしれませんよ。ただし、その画には別の名前が書かれていたかもしれません……。そう、リブさんは贋作作家だったのです。

贋作作家としての腕前は天才的であったようで、カバーした画家はピカソ、シャガール、フェルナン・レジェ、ダリ、マティス、ヴラマンクといった近現代の作家からフラゴナール、ルーベンス、ゲインズバラ、テニールスといったより古い時代の作家までなんでもござれだったようです(もっとも、自分にはできないと思った注文は断ったそうですが)。裁判では美術専門家が「ピカソが生きていたら、彼を雇っていただろう」って言われたなんて自慢しています。後に逮捕されていますので、彼の作品は処分されたことになっていますが、画家本人が本物だって認めちゃった作品もあるといささか自慢気に書いています。画家は分かっていたみたいなのですが、出来が良いからOKしちゃったらしいです。そんなこともあるんですねえ。

ルーベンスが若いときにイタリアへ修業に行き、多くの作品を模写したものが、その元の作品より高い値段で流通している、なんて例もあるそうです。リトグラフの契約書を拡大解釈して元々意図されていたより多く刷る、といったグレーゾーン(契約違反かもしれませんが、版は本物ですので、刷った数が多いかどうかの証明は非常に困難)から、リブさんが得意としていた、ピカソのことを徹底的に研究してピカソ“風”の画を描き、カタログ・レゾネに漏れた逸品だとか言って売りつける、れっきとした贋作商売まで、贋作といってもその出来も含めてピンからキリまであるようです。

贋作業界の裏の裏まで知り尽くしたリブさんが贋作業界(贋作ではないアート業界も含めて)のあれこれを生々しく語っている本書、面白くない訳がありません。まともな美術書に飽きちゃったあなた、是非ご一読を。

 

 

恩田陸蜜蜂と遠雷』幻冬舎

最近、直木賞を受賞した恩田陸さんの作品です。恩田さんの作品を読むのは初めてですが、資料を当ってみると、ファンタジー、推理小説、エッセイや紀行文など、実に多彩な作品を書かれているようです。本書は音楽を、それもピアノ・コンクールという相当マニアックな場面設定の小説です。

ピアノ・コンクールは毎年世界各地で数多く開かれています。が、ここで注目を浴びて音楽の表舞台で活躍するような演奏家はごく一握りでしょう。ではありますが、ピアノ・コンクールに出場している、というそのこと自体がその演奏者はすでに長期間にわたる、しかもかなりのお金を掛けた音楽教育を受けてきているということを意味しています。まあ、どの一人を取っても私ごとき音楽のドシロートからするととんでもない技巧の持ち主ということになります。それだけではなく、彼らが育ってきたピアノ教室とか、あるいは音楽大学などにおいても、こいつは神童だとか天才かもしれないなんて言われてきたか、ま、そこまで行かなくても、入学そのものが既に難関である音楽大学の、ピアノ専門の学生しかいないピアノ科で少なくとも才能はあると認められてきた人たちばかりなのでしょう。じゃないと、そもそもコンクールに出してもらえません。でも、いくら神童だ天才だ、なんて言われていたとしても、コンクールの勝者は一人ですし、その一人ですら以後の活躍が保障されているわけではありません。いやあ、厳しい世界ですねえ。「全身緊張の塊でやってきて、一世一代の演奏を繰り広げている若者には申し訳ないが、彼らが求めているのは「スター」であって、「ピアノの上手な若者」ではないのだ」という文章が出てきますが、その通りなのでしょう。

本書はあるピアノ・コンクールに経歴や性格、音楽の志向性もバラバラの若者たちが挑戦するという物語です。誰が優勝するのでしょうか、そして本当のスターになれるのでしょうか……。

どんなストーリーかは読んでのお楽しみ。本書に出てくる作品はオンラインで簡単に検索して聴くことができます。で、聴きながら読んだのですが、いやあ、面白かった。皆様も実際の音を聴きながらご一読を。

 

 

20172

カビール・セガール 小坂恵理訳『貨幣の「新」世界史』早川書房

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貨幣の「新」世界史 [ カビール・セガール ]
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貨幣の歴史を扱っているわけですから、歴史上確認されている最古の貨幣、なんてところから始まるのが普通でしょう。ところが本書はガラパゴス諸島を訪れるところから始まります。「生物はどのようなプロセスを経て進化を遂げたのか、そして地球上の生命が進化するうえで、交換行為がいかに欠かせないものだったのか」を確かめたのだそうです。歴史については生物の進化、なんて所に立ち返ったわけですから、なぜ私たちはお金に強い影響を受けるのか、なんてことを心理学や脳生理学まで動員して説明しています。もちろん、流行りのビットコインなんかの話題も取り上げられているのですが、最後の方の第8章ではコレクションの対象(歴史・美術的な価値が値段には含まれます)としてのコインなんてのも出てきます。いやあ、学際的な本ですねえ。

貨幣の歴史を前後左右、さらには上下から眺めるような本書、なかなか読みごたえがありました。

 

 

日経FinTechFinTech革命 【増補改訂版】』日経BPムック

 

FinTechなどという言葉もよく耳にするようになりました。マウントゴックスの破綻により思いっ切りケチのついたビットコイン業界にも復調の足音が聞こえてくるようになり、新しい技術に対しては腰が重い日本の金融機関も、この分野への投資を積極的に始めたようです。ゼロどころかマイナス金利の昨今、銀行って普通に商売やってるだけじゃ儲からない商売になっちゃいましたからねえ。日本の金融庁だって「FinTechサポートデスク」なんてのをすでに開設したそうですよ。

FinTechというと、ビットコインなどがすぐに思い浮かびますが、ビットコインはFinTechの送金や決済分野で使われる「仮想通貨」のひとつに過ぎません。FinTechはそれ以外の金融分野、例えば与信取引、資本調達あるいは国際送金システムなどにも応用される可能性が大いにあります。一口にFinTechといっても、様々な内容を含み、結構応用範囲は広いようです。本書でも数多くのFinTech企業(ほとんどは聞いたこともないスタートアップ企業ですが)のCEOのインタビューが掲載されています。いやあ、皆さん色々と考えていらっしゃる、ホントにエライ。

FinTechの記事にはブロックチェーンだ、コンセンサス・アルゴリズムだ何だかんだってよく分からない単語がガンガン出てくるわけですが、それもこれもコンピュータ本体と記憶媒体が安く利用できるようになったから実現したみたいです。そんな難しいこと知らなくてもスマホで色々なお買い物とかお支払いをしたことがある方は沢山いるんじゃないですか。私たちはあまり意識していませんが、あれって思いっ切りFinTech技術の粋らしいですよ。スマホって技術的には結構高度なものが詰まっているのですが、インターフェイスが向上したおかげでじーさん、ばーさんにも使えるようになりました。FinTechってのはそんな技術をさらに応用しようってことみたいです。ま、そんな感じってことで。

本書はいわゆるムックですので、本書評で取り上げているいわゆる「本」とは異なり、様々な分野の専門家の意見やインタビューが掲載されており、FinTechって何だ、なんて思っている私のような素人が最初に読むには適当な教科書であったようです。

本書の中で、元FRB議長のポール・ボルカーさんの発言が引用されていました。「金融のイノベーションの中で役に立つと思ったのはATMだけだ」って。さてさてFinTechは本当に役に立つイノベーションになるのでしょうか。私は、なる、と信じます。

 

 

大村 大次郎お金の流れでわかる世界の歴史 KADOKAWA

 

著者の大村さんは元国税調査官という、ライターとしてはやや異色の経歴を持っておられます。そんな経歴から、本書では世界史に現れる国歌とお金の関係、それも徴税が関係するエピソードが数多く描かれています。そういう観点で見ると、なるほど徴税システムがきちんと機能しておらず、従って民衆の生活が安定しない、なんて国は亡んじゃうんだ、なんて共通項が見えてくるわけです。逆に、長く繁栄を謳歌したエジプト王朝とかローマ帝国、あるいはオスマン・トルコなんてのは、こう言った仕組みがうまく機能していたのです。そして、その仕組みが壊れると(一部の人間だけが富裕化するとか官僚の腐敗とか、あるいはむやみに高い税金を課すとか)結構あっけなく亡んじゃうんです。一部の人間だけが富裕化するとか官僚が腐敗するって、最近どっかの国でも聞いたことがありますねえ。大丈夫でしょうか。

また、近現代史にも大村さん流のお金(経済その他諸々)に着目した観点から分析を加えています(例えば、「ソ連は平等だったから崩壊したのではない。むしろ、自由主義国よりも不平等だったから崩壊したのである」)。そうすると、従来の政治やイデオロギー的な観点からの歴史とは異なった側面が見えてくるようです。なるほど、そう言うことだったのか、って。

大村さんの分析が絶対的に正しい、とは思いませんが、私には大変面白い歴史の見方であると思えました。是非ご一読を。

 

大村 大次郎お金の流れで読む日本の歴史 KADOKAWA

 

で、こちらが日本の歴史版。

日本人は日本の歴史を考えるとき、人物を念頭にものを考える癖があるようであります。ですから、未だに戦国時代を舞台にした国盗り物語がゲームになり人気を博しています。さらには「どの戦国武将が一番好きか」なんてアンケートが実施され、それに答える回答が山のように集まるわけです。

それに対して、大村さんは例によってお金に着目して日本の歴史を紐解いて行きます。日本版も面白く読ませていただきました。

 

 

出口 治明『「「全世界史」講義(1(古代・中世編))「全世界史」講義(2(近世・近現代編))』新潮社

出口さんは本国内では大変珍しい保険会社を親会社としないで設立されたライフネット生命保険の会長です。従って歴史学の専門家という訳ではないのですが、大変歴史への造詣が深い方なのだそうです。出口さんが本書を書いた理由は、本書ではヘロドトスの言葉(の意訳)として紹介されている、「人間はどうしようもないアホな動物で、同じ失敗を繰り返している。自分は世界中を回って、人間について見たり聞いたり調べたりしたことを書いておくから、これを学んで少しは賢くなってくれ」ということに尽きるようです。

本書は「全世界史」なんてタイトルが付いている通り、ある時代とか国や地方とかにこだわらず、文字による記録が残っている過去五千年を千年ごとに輪切りにして記述されています。今までの歴史書とは違う視点から見ることにより、今までにはなかった気づきがあるようです。なかなか面白いエピソードがあちこちにちりばめられています。

ただし、さすがに五千年の暦書を2冊にまとめるのは相当無理があったようです。出口さんは大変歴史にお詳しいようですので、どうしてもあれも書きたい、これも伝えたい、ということで、ストーリー性に欠ける事跡の羅列になってしまった記述が各所に見られます。細かいところは年表とか地図とかを参照するようにでもして、近現代史の部分で書かれている出口さん流の解釈をもっと伺いたいところですが、今回はお預け、なのでしょう。

 

20171

橘 玲言ってはいけない』新潮新書

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言ってはいけない [ 橘玲 ]
価格:842円(税込、送料無料) (2016/11/25時点)

 

橘さんの著作は、だいぶ前に『マネーロンダリング入門をご紹介させていただきましたが、本書はそれとは大分毛色の異なる作品です。

本書で述べられている「言ってはいけない」には、

l  l  統合失調症の遺伝率は82%、双極性障害の遺伝率は83

l  犯罪心理学でサイコパスに分類されるような子供の遺伝率は81

l  一般知能の8割、論理的推論能力の7割が遺伝で説明できる

その他、刺激的な説が並んでいます。パッと見にはヘイト・スピーチであるように感じられるかもしれませんが、橘さんは「本書で述べたことにはすべてエビデンスがある」と書かれています。

橘さんは何もヘイト感情を煽るために本書を書いた訳ではないと思います。そうではなく、ともすれば“不都合な真実には”は見なかったか知らなかったことにしてしまう我々に対する警鐘なのでしょう。

本書評でも何度も「失敗の本質」的な本を採り上げてきました。経営学では成功した企業を採り上げ、成功するための共通項は何だ、なんて分析をすることが流行っていました。昨今もそんな本を多く見かけます。が、私の感触では、失敗した企業にこそ似たような間違いが多くあるような気がします。私は旧日本軍の悪癖として「何か失敗しても誰も責任を取らないし責任の追及もしない。責任を取らなければならないときは下っ端に押し付ける。現実は直視せず何でも気合いで解決できると信じ込む。不都合な事実には目を向けず、誇大な希望的観測のみを信じ込む。一度決まったことは不都合があってもそのまま続ける。失敗は糊塗して知らなかったことにするか忘れたことにして、絶対に反省なんかしない。思いっきりセクショナリズムで部外者のことなんか考えない。そもそも誰も人の意見なんか聞かないので、議論が成り立たない。上には媚びる、下には威張る」なんて書いてきましたが、これって多くの破綻企業に共通する要素なんじゃないでしょうか。箴言は耳に痛いものでしょう。でも、大人ならちゃんと聞かなくちゃ。

人間にまつわる事実を事実としてとらえ、より良く生きていくために知らなくてはいけない真実。実に不愉快な読後感を覚える本書ですが、読む価値はあると思います。是非ご一読を。

 

 

中室 牧子「学力」の経済学ディスカヴァー・トゥエンティワン

中室さんは慶応大学の総合政策学部准教授で、専門は教育経済学だそうです。教育経済学なんてあまり聞いたことがない専門分野ですが、「教育経済学は、教育を経済学の理論や手法を用いて分析することを目的としている応用経済学の一分野」なのだそうです。

では、中室さんの提唱する教育方針とはどんなものなのでしょうか。本書冒頭で書かれているのは

l  ご褒美で釣っても「よい」

l  ほめ育てしては「いけない」

l  ゲームをしても「暴力的にはならない」

というものなのだそうです。いささか驚かされますが、これらの主張にはエビデンスが存在するのです。「私は、経済学がデータを用いて明らかにしている教育や子育てに関する発見は、教育評論家や子育て専門家の指南やノウハウよりも、よっぽど価値がある―むしろ、知っておかないともったいない」と主張されています。げ、スゲー自信。

本書では、「「悪友は貧乏神」からどう逃れるか」というセクションで、「子どもや若者は、飲酒・喫煙・暴力行為・ドラッグ・カンニングなどの反社会的な行為について、友人からの影響を受けやすい」と書かれています。これは、橘さんの著書でも触れられていることですが、サイコパスのような子供を除くと、子供たちにとって非行に走る原因は遺伝的要素より環境要素の方が強い場合があるということです。で、何と貧困世帯へ家賃補助券を提供して高級住宅地への引っ越しを促し、結果として引っ越した家庭の子供が非行に走る確率が優位に低くなった、なんて実験が行われてことが書かれていました。いや、ものすごい社会実験をしてるんですねえ。すごいわ。

ところが、日本では教育の議論においてエビデンスを用いた議論がされていないのが現状だそうです。先ごろも35人学級で行くのか費用節約のため40人学級に戻すのか、などという議論が文部科学省と財務省の間でありましたが、教育をめぐる神学論争が行われただけで、きちんと統計学を用いた議論などはなされませんでした。日本で行われた少人数学級や子ども手当については、「これまで日本で実施されてきた「少人数学級」や「子ども手当」は、学力を上げるという政策目標について、費用対効果が低いということが、海外のデータを用いた政策評価の中ですでに明らかになってる政策である」のだそうです。もちろん海外のデータですので、そのまま使えるか、などの議論はありますが、そのようなことを含めて議論されるべきであったのではないでしょうか。どうも日本人はPDCAサイクルを回すのが下手ですねえ。何か政策を実行すると、不都合があろうがなんだろうが“一度決まったことだから”って言って絶対に変えない。変えるにはつぶすしかなくて、次はまた一からやり直し。それもこれもエビデンス基づいた議論が行われていないから、なのではないでしょうか。

本書では以前本書評でご紹介したその問題、経済学で解決できます』とか統計学が最強の学問である』などの事例も掲載されていました。本書と併せてご一読を。

 

 

バーバラ・オークレイ 酒井武志訳『悪の遺伝子』イーストプレス

本書は、身近に「邪悪な成功者」(他人を操ることに長けた欺瞞的なリーダーのこと。本書では毛沢東が例として詳しく取り上げられています)ともいうべき姉が暮らしていたオークレイさんの半自伝的物語でもあり、なおかつ残りの半分は学問的ノンフィクションでもある作品です。オークレイさんはバイオエンジニアリングやシステム工学の専門家であり、現在はミシガン州オークランド大工学部の准教授だそうです。ま、そこらのトンデモ本ではないってことです。

橘さんの本でも取り上げられていましたが、私たちの人格や性格、能力といったものは深く遺伝子の影響を受けているようです。ってことは、生まれつきの〇カは治らないってことか今のところその可能性は強いようです。

ただし、そのような遺伝子を持っていたからいって必ずそうなる、というものではないようです。逆に、大変恵まれた遺伝子を持って生まれたからといってバラ色の人生が送れるかというとそうでもないのだそうです。頭が良くなる遺伝子型ってのもあるそうなんですが、それを持っていると「統合失調症を発症したり、反社会的で落ち着きのない行動を起こしやすくなる」のだそうです。「たとえるならウディ・アレンのようなもので、頭は良くなるが重度の神経症をもたらすのである」ですって。書いて良いんか、こんなこと。

特定の遺伝子が圧倒的に優れているのであれば、そのような遺伝子型を持った人類が圧倒的多数を占めそうなものですが、そのような単一的傾向を持った種族とか種は、外的環境の変化とかにはすごく弱そうですよね。経営学でもよく取り上げますが、こういうのを過剰適応なんて言います。会社や国などの組織が生き延びるための柔軟性を確保するためには多様性も必要、ってことでしょう。金太郎飴みたいに皆がマニュアル通りの受け答えをしているだけじゃダメだってことです。

本書の後半では毛沢東の人生を詳しく調べ、どのような傾向(というか精神の異常)であったのかを詳しく検討しています。確かに毛沢東には魅力的な部分があり、企業においても、あるいは聖職者としてもトップに立てたかもしれないとしています。しかし、民主主義の政治家としてはどうでしょうか。オークレイさんは「毛沢東がアメリカに生まれていれば、完全には支配できない司法制度を警戒せねばならず、オープンな社会は、完全とは言えないにせよ、ある程度の開示と説明の責任を要求している」としています。マスコミとかが黙ってないよ、という訳です。ではありますが、ヒットラー登場の経緯を見ても分かる通り、民主主義社会だって、共産中国と比べて際立って優れているとは言い難いものがあります。特に、権力者が思い上がって国を、国民をコントロールしよう、コントロールできる、コントロールすべきだ、なんて思っているときは特に危険です。いつ、どこで、とは言いませんが、私たちはこのような危険性には常に敏感でなくてはならないと思います。

あのとき、ああしていれば、こうすべきだった、では手遅れになりますよ。

 

 

石井 光太『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』新潮社

本書で取り上げられている事件は、5歳の子供をアパートに放置、死に至らしめた「厚木市幼児餓死白骨化事件」、何人もの生まれたばかりの赤ん坊を殺し、遺体を天井裏や押し入れに隠していた「下田市嬰児連続殺人事件」、3歳児をウサギ用のケージに監禁、死亡させた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」の3件です。

いずれもマスコミをにぎわせた事件でした。いずれの親も鬼畜として糾弾されたわけですが、取り上げた3件の親たちは法廷で異口同音に「愛していたけど、殺してしまいました」と証言したそうです。それは、単なる裁判用の反省の言葉なのでしょうか、それとももっと深い意味があったのでしょうか。

「厚木市幼児餓死白骨化事件」の被告Aの母はAが子供の頃重度の統合失調症を発症、それ以来本人は「子供の時に母が大変なことになって、それから嫌なことをすべて忘れる性格になった」と証言しているそうです。遺伝的な要因にも、生育環境にも問題はあったのでしょう。Aの妻も裕福ではあったものの家庭環境は崩壊していたたようです。知人の女性はこう言っていたそうです。「あの二人は子供がクワガタの飼育を止めるみたいに投げ出しちゃったんです」

生まれた赤ん坊を次々と殺してしまったB。ただしBは実家に6人の家族と暮らしていました。妊娠と出産、そして嬰児殺しを繰り返していたにもかかわらず、誰も気づかなかったようです。Bの母親は「いったん口を開けば、まったく人の言うことを聞かず、機関銃のように自分の意見だけを吐きつづける」ような人だったようです。Bはその結果、「さんざん罵倒されてきた経験から、どんなことを言われても右から左に聞き流して何も感じない性格になった」ようです。親族や恋人を含めた家庭環境にも相当問題があったようです。

子供をウサギ用ケージに監禁して死亡させたCCについては、知人が「IQは百以上あって高い」ものの、「理性がしっかりしていないから、その時々の衝動を行動に移し」てしまうような性格だったそうです。「何をすればどうなるという思考が一切なくて、その時の感情の赴くままに何かをして、しかもすべてやりっぱなし」なんだそうです。母親も似たような性格で、何と生んだ5人の子供全員を乳児院・児童養護施設に次々と入れてしまったような人物であったそうです。Cの妻もすさんだ家庭環境で育ったようです。

著者の石井さんが悪いわけではありませんが、不愉快な読後感しか残らない本書でした。では読まないほうが良いのか、というとそうではないと思います。現実にこのような事件が起きているわけですから、知らないふりをし続けることはできません。少しでも問題解決に常げるためにも是非ご一読を。

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